【ナナフシギ~拾死~】
文字数 2,201文字
蜘蛛の糸は、その太さが鉛筆ほどになると、空を飛ぶジェット機ですら絡め取ってしまうほどの強度になってしまうという。
祐太朗たち三人に緊張が走る。あまりにもおぞましき光景。何時間か前まで普通に教室で悪態をついていた森永が、今、あの世とこの世の狭間と化した理科実験準備室にて蜘蛛の糸で絡め取られて眠りについている。
祐太朗は眠る森永の様子を伺う。
「大丈夫、なの……?」とエミリ。
祐太朗は弓永のほうを向く。
「おい、適当な定規みたいなのねぇか?」
「あ?」弓永は呆気に取られたようにいう。「あぁ、確かに理科室の黒板に磁石で張り付いてたな。持ってきたほうがいいか?」
祐太朗が頼むと弓永は準備室を出ていく。取り残されるは、祐太朗とエミリ。エミリは尚も涙を目に貯めて泣きそうになってはいるが、逆にそれを必死に堪えて毅然とした態度を取ろうとしているようにも見える。
「どうして、こんな……」
「わからない。だけど、おれが理科室で感じた弱々しい霊力は間違いなくこの糸から出てる」
「っていうと、これも霊の仕業……?」
「って思うのが自然だけど、正直おれにも良くわかんないんだよな」
「わからないって……?」
「そのまんまの意味だよ。確かに動物霊ってのはいるけど、それは所詮元の動物の姿なのは変わりはない。もし、この糸を張ったのが蜘蛛の霊だとして、こんな大掛かりな糸の張り方は出来るモンじゃない。エネルギーがマイナスで、生きた人間はその影響を受けやすいってだけで、悪霊自体がここまでのことを出来るかっていったら、それはウソになる」
「じゃあ、これは……」
「少なくとも、蜘蛛の霊じゃない。でも、糸に霊力が宿っていることを考えると霊の仕業であることに疑いはない。だからわかんないんだ」
「……こんなこといったら、バカだなとか思われるかもしれないけど」エミリはそう前置きして続ける。「妖怪、の仕業とかは……?」
「妖怪……」祐太朗はそう繰り返して、「いや、違うと思う。少なくとも、おれは妖怪の話なんて聞いたことがないし、そういったモノを見たこともない。アレはあくまで伝承やマンガの世界の話でしかない」
「……そう」
「おい」弓永が大きな定規を片手に現れる。「持ってきたぜ」
「あぁ、ありがとう」
祐太朗は弓永から定規を受け取ると、それで蜘蛛の糸を引っ掻き回す。糸は若干普通の蜘蛛の糸よりもしつこい粘りけを見せたが、その幕は少年の力でも普通に破れる程度だった。
「で、この糸は何なんだよ」
弓永が至極当たり前の疑問を口にする。祐太朗は蜘蛛の糸を力ずくで凪ぎ払いながら、先ほどエミリに話したことを、やや内容をはしょりつつ話した。弓永はその話を聞いて、右手をアゴに当てて考える素振りをする。
「どうしたんだよ」唸る弓永に、祐太朗は訊ねる。
「いや、何ていうか……」
弓永はことばを詰まらせる。祐太朗は弓永の普段見せないような素振りに思わず振り向く。
「……何だよ」
「いや、これ確かに蜘蛛の糸にも見えるんだけどさ。何ていうか……、繭っていうか、蚕っていうか、サナギみたいだなって」
「……サナギ、か」
「それとお前、さっきいってたけどさ、霊の集合体ってのがあるんならさ。そういった蜘蛛だったり、虫の霊の集合体がそういった糸を作るってことは考えられないのか?」
弓永の疑問に対して、今度は祐太朗が思考を巡らす番となった。
「……なるほどな。虫や何かの集合霊か。おれは見たことないけど、そういうのがないともいい切れねぇのかもしれねぇな。だとしたら」
祐太朗がことばを切る。
「どうしたの、祐太朗くん」
「いや、そんなのがいたら、ちょっとヤバイことになりそうだなって」
祐太朗は止めていた手を再び動かして森永の身体を覆っている糸を払い始める。
「ヤバイこと?」
「そのままの意味だ。仮にそんなのがいたとしたら、それこそ、さっきの妖怪の話みたいなことが起こるかもしれないってことだ」
そうこういっている内に蜘蛛の糸に閉じ込められていた森永の姿が完全に露になる。森永の髪も衣服も、糸にまみれている。
「弓永、実験用のビニールの手袋か何かないか?」と祐太朗は訊ねる。
弓永は準備室の適当な棚を開けに開けて探し回り、実験用のビニールの手袋を見つけ出し、祐太朗に渡す。祐太朗はそれを手に取ると両手に手袋をはめ、森永の身体に触れる。
糸がべたつく。だが、そこまで強い粘着力は持っていないようだ。祐太朗は乱暴に森永の身体を覆っている糸を引っ剥がすと、手袋を新しいモノに変え、森永の頬を少し強めに叩く。
森永が目を覚ます。虚ろな目付き。まるで、意識が混濁しているよう。
「……ん? 鈴木?」森永はいう。「どうしてここにいんだよ」
「それはこっちが聞きてぇな。お前、夜の学校で何してんだよ」
「いや、いったじゃん。肝試しするって。お前はビビったか知らねえけど。でも、結局来たのかよ。何つうか……」
「んなことはどうでもいい。肝試しってことは鮫島と清水も一緒ってことか?」
「ん……?」森永はハッとする。「そうだ。あいつらに会わなかったか?」
やや不乱したように森永は問う。だが、三人の内、誰ひとりとしてそのふたりの姿は見ていない。森永は落胆する。
「何があったんだよ」
「……いや」森永は伏し目がちになって続ける。「……信じて貰えないかもしれないけど、知らない男に追い掛けられて」
三人の表情が引き吊る。
【続く】
祐太朗たち三人に緊張が走る。あまりにもおぞましき光景。何時間か前まで普通に教室で悪態をついていた森永が、今、あの世とこの世の狭間と化した理科実験準備室にて蜘蛛の糸で絡め取られて眠りについている。
祐太朗は眠る森永の様子を伺う。
「大丈夫、なの……?」とエミリ。
祐太朗は弓永のほうを向く。
「おい、適当な定規みたいなのねぇか?」
「あ?」弓永は呆気に取られたようにいう。「あぁ、確かに理科室の黒板に磁石で張り付いてたな。持ってきたほうがいいか?」
祐太朗が頼むと弓永は準備室を出ていく。取り残されるは、祐太朗とエミリ。エミリは尚も涙を目に貯めて泣きそうになってはいるが、逆にそれを必死に堪えて毅然とした態度を取ろうとしているようにも見える。
「どうして、こんな……」
「わからない。だけど、おれが理科室で感じた弱々しい霊力は間違いなくこの糸から出てる」
「っていうと、これも霊の仕業……?」
「って思うのが自然だけど、正直おれにも良くわかんないんだよな」
「わからないって……?」
「そのまんまの意味だよ。確かに動物霊ってのはいるけど、それは所詮元の動物の姿なのは変わりはない。もし、この糸を張ったのが蜘蛛の霊だとして、こんな大掛かりな糸の張り方は出来るモンじゃない。エネルギーがマイナスで、生きた人間はその影響を受けやすいってだけで、悪霊自体がここまでのことを出来るかっていったら、それはウソになる」
「じゃあ、これは……」
「少なくとも、蜘蛛の霊じゃない。でも、糸に霊力が宿っていることを考えると霊の仕業であることに疑いはない。だからわかんないんだ」
「……こんなこといったら、バカだなとか思われるかもしれないけど」エミリはそう前置きして続ける。「妖怪、の仕業とかは……?」
「妖怪……」祐太朗はそう繰り返して、「いや、違うと思う。少なくとも、おれは妖怪の話なんて聞いたことがないし、そういったモノを見たこともない。アレはあくまで伝承やマンガの世界の話でしかない」
「……そう」
「おい」弓永が大きな定規を片手に現れる。「持ってきたぜ」
「あぁ、ありがとう」
祐太朗は弓永から定規を受け取ると、それで蜘蛛の糸を引っ掻き回す。糸は若干普通の蜘蛛の糸よりもしつこい粘りけを見せたが、その幕は少年の力でも普通に破れる程度だった。
「で、この糸は何なんだよ」
弓永が至極当たり前の疑問を口にする。祐太朗は蜘蛛の糸を力ずくで凪ぎ払いながら、先ほどエミリに話したことを、やや内容をはしょりつつ話した。弓永はその話を聞いて、右手をアゴに当てて考える素振りをする。
「どうしたんだよ」唸る弓永に、祐太朗は訊ねる。
「いや、何ていうか……」
弓永はことばを詰まらせる。祐太朗は弓永の普段見せないような素振りに思わず振り向く。
「……何だよ」
「いや、これ確かに蜘蛛の糸にも見えるんだけどさ。何ていうか……、繭っていうか、蚕っていうか、サナギみたいだなって」
「……サナギ、か」
「それとお前、さっきいってたけどさ、霊の集合体ってのがあるんならさ。そういった蜘蛛だったり、虫の霊の集合体がそういった糸を作るってことは考えられないのか?」
弓永の疑問に対して、今度は祐太朗が思考を巡らす番となった。
「……なるほどな。虫や何かの集合霊か。おれは見たことないけど、そういうのがないともいい切れねぇのかもしれねぇな。だとしたら」
祐太朗がことばを切る。
「どうしたの、祐太朗くん」
「いや、そんなのがいたら、ちょっとヤバイことになりそうだなって」
祐太朗は止めていた手を再び動かして森永の身体を覆っている糸を払い始める。
「ヤバイこと?」
「そのままの意味だ。仮にそんなのがいたとしたら、それこそ、さっきの妖怪の話みたいなことが起こるかもしれないってことだ」
そうこういっている内に蜘蛛の糸に閉じ込められていた森永の姿が完全に露になる。森永の髪も衣服も、糸にまみれている。
「弓永、実験用のビニールの手袋か何かないか?」と祐太朗は訊ねる。
弓永は準備室の適当な棚を開けに開けて探し回り、実験用のビニールの手袋を見つけ出し、祐太朗に渡す。祐太朗はそれを手に取ると両手に手袋をはめ、森永の身体に触れる。
糸がべたつく。だが、そこまで強い粘着力は持っていないようだ。祐太朗は乱暴に森永の身体を覆っている糸を引っ剥がすと、手袋を新しいモノに変え、森永の頬を少し強めに叩く。
森永が目を覚ます。虚ろな目付き。まるで、意識が混濁しているよう。
「……ん? 鈴木?」森永はいう。「どうしてここにいんだよ」
「それはこっちが聞きてぇな。お前、夜の学校で何してんだよ」
「いや、いったじゃん。肝試しするって。お前はビビったか知らねえけど。でも、結局来たのかよ。何つうか……」
「んなことはどうでもいい。肝試しってことは鮫島と清水も一緒ってことか?」
「ん……?」森永はハッとする。「そうだ。あいつらに会わなかったか?」
やや不乱したように森永は問う。だが、三人の内、誰ひとりとしてそのふたりの姿は見ていない。森永は落胆する。
「何があったんだよ」
「……いや」森永は伏し目がちになって続ける。「……信じて貰えないかもしれないけど、知らない男に追い掛けられて」
三人の表情が引き吊る。
【続く】