【和雅、マチネに死す】
文字数 2,521文字
今日も枕なしで始めてくぜ。
あらすじーー「本番初日、場当たりにて最後の閃きを見せ、自分の芝居の改善点を見出だした五条氏。しかし、場当たりが伸び、ゲネプロの時間は消えた。ぶっつけ本番となってしまった五条氏はーー」
とこんな感じだな。珍しくまともなあらすじだな。そう、昨日は本番前で終わったのよな。さて、今日はいきなり二日目から始めるわ。一日目がどうなったか、それは要約して書くわ。
じゃ、始めてくーー
「あのくらいなら全然大丈夫だよ」ヨシエさんがいった。「ダメ出しは後でするから。でも、気にしなくていいと思うよ」
ヨシエさんにそういわれたのは、初日の芝居でおれがセリフをトチったからだった。
おれのメインのシーン、もう何度となく諳じたセリフが唐突に出てこなくなり、追い詰められたおれはアドリブで何とか凌いだのだ。
他の芝居は問題はなかった。だが、そこだけが駄目だった。それがネックで二日目の朝にヨシエさんに謝りにいったのだ。
とはいえ、アドリブで自然に繋げたので問題なかった上に、芝居の中で泣いてくれといわれていた中で、初めて涙を流せたのは大きかったらしく、ヨシエさんは大丈夫といったのだ。
さて、そんなやり取りの後、おれは控え室に戻って衣装に着替え、会場へと向かった。
会場にてメンツが集まると、まずは協力者たちに挨拶をし、準備運動と発声練習を行う。それが終わると舞台にて本当に最後の稽古を行った。まずはおれがセリフをトチったシーンだ。
ヨシエさんの要求は、逆に涙を流すのを止めようということだった。どうしてこうなったかというと、ゆーきさんの芝居とおれの芝居が地味に噛み合ってなかったからだった。
何で今さらという感じだけど、ここが芝居の難しいところで、稽古では気づかないことも、本番になってオーディエンスの反応を見て初めて気づくことがあるのだ。
いわれたことを踏まえて稽古開始。が、流石に慣れたものか、いわれたことも難なくこなすことができ、おれの出演シーンの稽古は終了。
ただ、おれは自信がなかった。というのは、芝居中に泣かないでいられるか自信がなかったのだ。前日の芝居もまったく意識せずに涙が出てきたのだ。そう考えると、泣かずにいられるかわからなかった。
稽古が終了したのは昼時で、昼食を取ってすぐに開場になる。昼食後、メイクをし、裏から袖へ向かおうとした。
そこで、ヨシエさんと鉢合わせた。
おれは、いわれた通りできるか自信がないと伝えた。ヨシエさんはそれに対し、
「もう最後だし、思うようにやってみなよ」
役者が演出に「できません」とかいったら、普通は張っ倒されて終わりだろうが、おれの場合は別だった。おれは経験が浅く、かつ山田和雅という青年に入れ込み過ぎていた。もはや、涙を流すかどうかは、和雅次第だったのだ。
おれは、最後の舞台へと向かった。袖にて最終確認をして、呼吸を整える。前日同様にキャスト、スタッフと握手を交わして本番が始まるまで待機する。そして、ヒロキさんがインカムの向こうに向かっていうーー
「それでは開演します」
客入れの音楽が大きくなりすぐにフェイドアウト。すぐに最初の音楽がフェイドインする。
本番が始まった。
大きく深呼吸して、気持ちを整えようとする。不思議と二日目はそこまで緊張しなかった。恐らく、前日の本番で少しだけ度胸がついたのかもしれなかった。
みな、素晴らしい芝居をしていた。あおい、大野さん、ゆーきさん、ショージさん、尚ちゃん。おれは表情を引き締めてスタンバイした。
前のシーンが終わり、中割幕が開く。さて、昨日失敗したパートだ。おれはこれまでの稽古で得たものをすべてを出し切るように自分の芝居をした。発声も芝居もバッチリだった。セリフもトチらなかった。
だが、涙は出てしまった。
我慢できなかった。多分、自分の役を客観的に捉えるには、まだ未熟だったのだろう。あの時のおれは間違いなく和雅だった。
役目を終えて袖に戻ると、共演者、スタッフの人に褒め称えられた。嬉しかった。おれは舞台に立ててた。立ててたのだ。
人のいる場所にいると、呼吸が荒くなり、吐き気がし、粘り気のある汗を掻き、視界が回転するような恐怖に全身が震え上がる。そんな自分は、どこにもいなかった。いなかったのだ。
二度目の出番もパーフェクトだった。一二〇パーセントの力で、すべてを順調に終えることができた。三度目も同様だった。おれはすべての柵を振りほどいたようにフリーだった。
ラス前、余裕があったこともあって控え室で着替え、袖に戻った。何やら慌ただしい雰囲気。あおいが悔しげに唇を噛み締めていた。
何があったか訊ねると、特殊な衣装が壊れてしまったらしい。それを何とかみんなで修理しようとしていたのだ。何かできることはないかと訊ねるも、夏美さんに、
「大丈夫だよ。ジョーは自分の芝居に集中して。ここは何とかするから」
そういわれ、少し申し訳なく思いつつも反対側の袖へ向かった。
舞台上ではゆーきさんとショージさんがアドリブで何とか時間を引き延ばしていた。
少ししてあおいが舞台に現れた。衣装が何とかなったのだ。ホッとした。遠目に見た感じでは、特に可笑しなところは何もなかった。芝居も難なく進み、最終シーンとなった。
おれも一瞬だけ登場し、最後の最後、あおいと大野さん、正さんの三人のシルエットをバックに、すべての幕は閉じた。
カーテンコール。おれは名前を呼ばれると、センターで留まり、次に名前を呼ばれてセンターまでくる尚ちゃんと一緒にお辞儀をした。
すべてが輝いていた。降り注ぐ拍手のシャワーが内耳にて反響した。
おれはやりきったのだ。
たくさんの人の前で、山田和雅という青年を演じ切れたのだ。感激で胸がいっぱいだった。
こうしておれの初舞台は幕を閉じたのだーー
とこんな感じ。後は、その後の話、エピローグだな。次回には書き終わると思うわ。
アスタラビスタ。
あらすじーー「本番初日、場当たりにて最後の閃きを見せ、自分の芝居の改善点を見出だした五条氏。しかし、場当たりが伸び、ゲネプロの時間は消えた。ぶっつけ本番となってしまった五条氏はーー」
とこんな感じだな。珍しくまともなあらすじだな。そう、昨日は本番前で終わったのよな。さて、今日はいきなり二日目から始めるわ。一日目がどうなったか、それは要約して書くわ。
じゃ、始めてくーー
「あのくらいなら全然大丈夫だよ」ヨシエさんがいった。「ダメ出しは後でするから。でも、気にしなくていいと思うよ」
ヨシエさんにそういわれたのは、初日の芝居でおれがセリフをトチったからだった。
おれのメインのシーン、もう何度となく諳じたセリフが唐突に出てこなくなり、追い詰められたおれはアドリブで何とか凌いだのだ。
他の芝居は問題はなかった。だが、そこだけが駄目だった。それがネックで二日目の朝にヨシエさんに謝りにいったのだ。
とはいえ、アドリブで自然に繋げたので問題なかった上に、芝居の中で泣いてくれといわれていた中で、初めて涙を流せたのは大きかったらしく、ヨシエさんは大丈夫といったのだ。
さて、そんなやり取りの後、おれは控え室に戻って衣装に着替え、会場へと向かった。
会場にてメンツが集まると、まずは協力者たちに挨拶をし、準備運動と発声練習を行う。それが終わると舞台にて本当に最後の稽古を行った。まずはおれがセリフをトチったシーンだ。
ヨシエさんの要求は、逆に涙を流すのを止めようということだった。どうしてこうなったかというと、ゆーきさんの芝居とおれの芝居が地味に噛み合ってなかったからだった。
何で今さらという感じだけど、ここが芝居の難しいところで、稽古では気づかないことも、本番になってオーディエンスの反応を見て初めて気づくことがあるのだ。
いわれたことを踏まえて稽古開始。が、流石に慣れたものか、いわれたことも難なくこなすことができ、おれの出演シーンの稽古は終了。
ただ、おれは自信がなかった。というのは、芝居中に泣かないでいられるか自信がなかったのだ。前日の芝居もまったく意識せずに涙が出てきたのだ。そう考えると、泣かずにいられるかわからなかった。
稽古が終了したのは昼時で、昼食を取ってすぐに開場になる。昼食後、メイクをし、裏から袖へ向かおうとした。
そこで、ヨシエさんと鉢合わせた。
おれは、いわれた通りできるか自信がないと伝えた。ヨシエさんはそれに対し、
「もう最後だし、思うようにやってみなよ」
役者が演出に「できません」とかいったら、普通は張っ倒されて終わりだろうが、おれの場合は別だった。おれは経験が浅く、かつ山田和雅という青年に入れ込み過ぎていた。もはや、涙を流すかどうかは、和雅次第だったのだ。
おれは、最後の舞台へと向かった。袖にて最終確認をして、呼吸を整える。前日同様にキャスト、スタッフと握手を交わして本番が始まるまで待機する。そして、ヒロキさんがインカムの向こうに向かっていうーー
「それでは開演します」
客入れの音楽が大きくなりすぐにフェイドアウト。すぐに最初の音楽がフェイドインする。
本番が始まった。
大きく深呼吸して、気持ちを整えようとする。不思議と二日目はそこまで緊張しなかった。恐らく、前日の本番で少しだけ度胸がついたのかもしれなかった。
みな、素晴らしい芝居をしていた。あおい、大野さん、ゆーきさん、ショージさん、尚ちゃん。おれは表情を引き締めてスタンバイした。
前のシーンが終わり、中割幕が開く。さて、昨日失敗したパートだ。おれはこれまでの稽古で得たものをすべてを出し切るように自分の芝居をした。発声も芝居もバッチリだった。セリフもトチらなかった。
だが、涙は出てしまった。
我慢できなかった。多分、自分の役を客観的に捉えるには、まだ未熟だったのだろう。あの時のおれは間違いなく和雅だった。
役目を終えて袖に戻ると、共演者、スタッフの人に褒め称えられた。嬉しかった。おれは舞台に立ててた。立ててたのだ。
人のいる場所にいると、呼吸が荒くなり、吐き気がし、粘り気のある汗を掻き、視界が回転するような恐怖に全身が震え上がる。そんな自分は、どこにもいなかった。いなかったのだ。
二度目の出番もパーフェクトだった。一二〇パーセントの力で、すべてを順調に終えることができた。三度目も同様だった。おれはすべての柵を振りほどいたようにフリーだった。
ラス前、余裕があったこともあって控え室で着替え、袖に戻った。何やら慌ただしい雰囲気。あおいが悔しげに唇を噛み締めていた。
何があったか訊ねると、特殊な衣装が壊れてしまったらしい。それを何とかみんなで修理しようとしていたのだ。何かできることはないかと訊ねるも、夏美さんに、
「大丈夫だよ。ジョーは自分の芝居に集中して。ここは何とかするから」
そういわれ、少し申し訳なく思いつつも反対側の袖へ向かった。
舞台上ではゆーきさんとショージさんがアドリブで何とか時間を引き延ばしていた。
少ししてあおいが舞台に現れた。衣装が何とかなったのだ。ホッとした。遠目に見た感じでは、特に可笑しなところは何もなかった。芝居も難なく進み、最終シーンとなった。
おれも一瞬だけ登場し、最後の最後、あおいと大野さん、正さんの三人のシルエットをバックに、すべての幕は閉じた。
カーテンコール。おれは名前を呼ばれると、センターで留まり、次に名前を呼ばれてセンターまでくる尚ちゃんと一緒にお辞儀をした。
すべてが輝いていた。降り注ぐ拍手のシャワーが内耳にて反響した。
おれはやりきったのだ。
たくさんの人の前で、山田和雅という青年を演じ切れたのだ。感激で胸がいっぱいだった。
こうしておれの初舞台は幕を閉じたのだーー
とこんな感じ。後は、その後の話、エピローグだな。次回には書き終わると思うわ。
アスタラビスタ。