【帝王霊~拾伍~】
文字数 2,436文字
優等生の背中は何処か冷えている。
多分、すべての優等生がそういうワケではないだろう。ひねくれて性格の悪いヤツなら、その背は丸まって陰鬱とした雰囲気を纏っているだろうし、寛容で性格のいい人なら、その背中は堂々とし、太陽の光を真っ向から受けているように明るいに違いない。
だが、関口の背中は違う。
成績がいいのはいうまでもなく、運動神経もいい。見た目も良いし、統率力もあれば弁も達つ。その背中には威風堂々とした自信もあるし、背筋もピンと伸びている。
だが、関口の背中からは陰鬱さも性格の良さも漂って来ない。そこにあるのは、理解不能な性質ばかり。サイコパスのような計算高さと、マキャベリストのような他人をコントロールしようとする悪辣さ。そして、得体の知れない親切心。何もかもが不気味だった。
ぼくはそんな関口に続いて廊下を歩いている。教室を出て外廊下へ出ると、屋上へと続く階段を登り、屋上のドアまで来ると関口は階段の一番上の段に腰掛ける。
「座りなよ」
関口が自分のとなりを二、三回叩く。ぼくは手摺にもたれ掛かって、関口の横に立つ。
「これでいいよ。で、何の用?」
自分の声色が強ばっているのがわかる。得体の知れない同級生。彼にとっては同級生もあのクラスも、中学自体も通過点に過ぎない。そこには如何なる情も感じられない。
ただ、自分が上手に湖を泳ぎ切る方法を熟知し、実践している。そして、それにクラスメイトたちは気づかない。
人のこころを掴むのが上手い学級委員。殆どの人は彼を疑わない。ただ、ぼくと辻、田宮に和田、海野に山路、そして春奈は知っている。関口はあのクラスをただ纏めようとしているんじゃない。支配しようとしている、と。
「そんな急がなくてもいいのに」
「おれも昼休みはゆっくりしたいんだけどな。昨日、あまり寝てないんだよ」
「寝てないのは、寝れなかったからなんだろ?」関口は横目でぼくを見ていう。
眉尻の辺りがピクリと痙攣する。
「やっぱりね。で、他人の不幸っていうのはウソなんでしょ?」
コイツ、相変わらず勘が鋭い。ぼくは敢えて何もいわなかった。だが、関口はすべてを見通したようにいう。
「でも、キミのことだから、他人のことを心配してのことなんだろうけどね」
「だったら何だよ?」
関口は意味深に笑う。
「キミは本当にわかりやすいね。だからこそ面白いんだけど。でも、時期からして不審者に襲われたことは関係なさそうだね。考えてみると、キミの動きが可笑しくなったのは月曜の朝からだ。となると、土日に何かあったってことだけど。……居合のことかな?」
関口は確信しているようだった。ぼくはもう逃げられないと思った。だが、打ち明けるワケにもいかない。関係ない、そう吐き捨てる。だが、関口はただ笑うばかり。
「うん、関係ないね。学外のことだし。でも、辻くんじゃないけどさ、ぼくだってキミのことを心配してるんだよ?」
不敵な笑みを浮かべる関口。こんな他人をコントロールしてやろうというヤツを安易に信用していいのだろうか。
「まぁ、キミがどうするかは、結局キミ次第。ぼくを頼るもひとりでやるも、それはキミがそうすると決めてすること。でもさ、ぼくは辻くんよりも役に立つよ?」
「こんなとこで何してんの?」
階段の踊り場の陰からそんな声が聴こえて来る。聴かれた。ヤバイ。血が逆流し、沸騰しそうだった。ぼくは、誰だと訊ねる。スカートとズボンが見える。ぼくは目を凝らす。
長野いずみと和田だった。
長野いずみは同じ部活の友人だ。身長は女子としてはちょっと大きめ。最近変えたばかりの黒いショートヘアーが印象的。容姿はキレイだが、鋭い目付きのせいか、何処かキツイ感じがある。ぼくはいずみの名前を呼ぶ。
「それは……」ぼくはことばを飲み込む。「……それより、何だよ。和田も一緒で」
「ぼくはただ長野さんに、林崎くんが何処へ行ったかって訊かれて一緒に探してただけだよ」和田が説明する。
「シンゴ、今日の昼休み、部会だったのに、どうして来なかったんだよ」
しまった。完全に忘れていた。しかし、いいワケも出来ない。ぼくは素直に謝った。いずみはため息をつく。
「……まぁ、いいよ。でも、お前、最近変だぞ? 何かあったの?」
「ふふ、そう思う?」
関口が笑う。いずみは関口を一瞥したが、すぐに視線をぼくに戻して話を進める。
「でも、部会サボってそんなヤツと話してたって、それくらい大事な話だったのか?」
ぼくは尚も謝るしかなかった。
「……まぁ、でもいいや。今日の部活のでもいわれるだろうけど、後で話してやるから、部活後、ちょっと付き合えよ」
いずみの提案を、ぼくは承認した。
「まぁ、そういうことだよ」関口はいう。「キミをサポートしたいって人はキミが思っているよりもずっと多い。和田くんにしろ、そこにいる長野さんにしろ、ぼくにしろ、みんなが出来ることを寄せ集めれば、大きな力になるからね。……じゃ、ここまでだね。戻ろうか」
関口はサッと立ち上がり、そのまま階段を降りて行ってしまった。
「……何なんだよ、アイツ」いずみ。
「わからんねぇ」
「でも、関口くんのいう通りだよ」和田がいう。「キミが困っている時、サポートしてくれる人はキミが思っているよりもずっと多いと思う。……ぼくも林崎くんのためなら、出来ることをするよ。といっても、パソコンで出来ることが殆どになっちゃうけどね」
和田はギコチなく笑う。だが、いずみは依然としてぼくに厳しい視線を向ける。
「……何なんだよ。まぁ……、あたしもお前さえよけりゃ相談ぐらいには乗るからさ。今日のことは気にすんなよな。岩浪先輩も話せばわかってくれるだろうしさ」
いずみはさっきまでの口振りを詫びるように控え目にいう。
ぼくは礼をいう。いずみなら話していいかもしれない。ふとそう思った。そして、和田も。ぼくもひとりで背負い込むには、この話は重すぎる。ぼくはポカリと口を開ける。
チャイムが鳴った。
【続く】
多分、すべての優等生がそういうワケではないだろう。ひねくれて性格の悪いヤツなら、その背は丸まって陰鬱とした雰囲気を纏っているだろうし、寛容で性格のいい人なら、その背中は堂々とし、太陽の光を真っ向から受けているように明るいに違いない。
だが、関口の背中は違う。
成績がいいのはいうまでもなく、運動神経もいい。見た目も良いし、統率力もあれば弁も達つ。その背中には威風堂々とした自信もあるし、背筋もピンと伸びている。
だが、関口の背中からは陰鬱さも性格の良さも漂って来ない。そこにあるのは、理解不能な性質ばかり。サイコパスのような計算高さと、マキャベリストのような他人をコントロールしようとする悪辣さ。そして、得体の知れない親切心。何もかもが不気味だった。
ぼくはそんな関口に続いて廊下を歩いている。教室を出て外廊下へ出ると、屋上へと続く階段を登り、屋上のドアまで来ると関口は階段の一番上の段に腰掛ける。
「座りなよ」
関口が自分のとなりを二、三回叩く。ぼくは手摺にもたれ掛かって、関口の横に立つ。
「これでいいよ。で、何の用?」
自分の声色が強ばっているのがわかる。得体の知れない同級生。彼にとっては同級生もあのクラスも、中学自体も通過点に過ぎない。そこには如何なる情も感じられない。
ただ、自分が上手に湖を泳ぎ切る方法を熟知し、実践している。そして、それにクラスメイトたちは気づかない。
人のこころを掴むのが上手い学級委員。殆どの人は彼を疑わない。ただ、ぼくと辻、田宮に和田、海野に山路、そして春奈は知っている。関口はあのクラスをただ纏めようとしているんじゃない。支配しようとしている、と。
「そんな急がなくてもいいのに」
「おれも昼休みはゆっくりしたいんだけどな。昨日、あまり寝てないんだよ」
「寝てないのは、寝れなかったからなんだろ?」関口は横目でぼくを見ていう。
眉尻の辺りがピクリと痙攣する。
「やっぱりね。で、他人の不幸っていうのはウソなんでしょ?」
コイツ、相変わらず勘が鋭い。ぼくは敢えて何もいわなかった。だが、関口はすべてを見通したようにいう。
「でも、キミのことだから、他人のことを心配してのことなんだろうけどね」
「だったら何だよ?」
関口は意味深に笑う。
「キミは本当にわかりやすいね。だからこそ面白いんだけど。でも、時期からして不審者に襲われたことは関係なさそうだね。考えてみると、キミの動きが可笑しくなったのは月曜の朝からだ。となると、土日に何かあったってことだけど。……居合のことかな?」
関口は確信しているようだった。ぼくはもう逃げられないと思った。だが、打ち明けるワケにもいかない。関係ない、そう吐き捨てる。だが、関口はただ笑うばかり。
「うん、関係ないね。学外のことだし。でも、辻くんじゃないけどさ、ぼくだってキミのことを心配してるんだよ?」
不敵な笑みを浮かべる関口。こんな他人をコントロールしてやろうというヤツを安易に信用していいのだろうか。
「まぁ、キミがどうするかは、結局キミ次第。ぼくを頼るもひとりでやるも、それはキミがそうすると決めてすること。でもさ、ぼくは辻くんよりも役に立つよ?」
「こんなとこで何してんの?」
階段の踊り場の陰からそんな声が聴こえて来る。聴かれた。ヤバイ。血が逆流し、沸騰しそうだった。ぼくは、誰だと訊ねる。スカートとズボンが見える。ぼくは目を凝らす。
長野いずみと和田だった。
長野いずみは同じ部活の友人だ。身長は女子としてはちょっと大きめ。最近変えたばかりの黒いショートヘアーが印象的。容姿はキレイだが、鋭い目付きのせいか、何処かキツイ感じがある。ぼくはいずみの名前を呼ぶ。
「それは……」ぼくはことばを飲み込む。「……それより、何だよ。和田も一緒で」
「ぼくはただ長野さんに、林崎くんが何処へ行ったかって訊かれて一緒に探してただけだよ」和田が説明する。
「シンゴ、今日の昼休み、部会だったのに、どうして来なかったんだよ」
しまった。完全に忘れていた。しかし、いいワケも出来ない。ぼくは素直に謝った。いずみはため息をつく。
「……まぁ、いいよ。でも、お前、最近変だぞ? 何かあったの?」
「ふふ、そう思う?」
関口が笑う。いずみは関口を一瞥したが、すぐに視線をぼくに戻して話を進める。
「でも、部会サボってそんなヤツと話してたって、それくらい大事な話だったのか?」
ぼくは尚も謝るしかなかった。
「……まぁ、でもいいや。今日の部活のでもいわれるだろうけど、後で話してやるから、部活後、ちょっと付き合えよ」
いずみの提案を、ぼくは承認した。
「まぁ、そういうことだよ」関口はいう。「キミをサポートしたいって人はキミが思っているよりもずっと多い。和田くんにしろ、そこにいる長野さんにしろ、ぼくにしろ、みんなが出来ることを寄せ集めれば、大きな力になるからね。……じゃ、ここまでだね。戻ろうか」
関口はサッと立ち上がり、そのまま階段を降りて行ってしまった。
「……何なんだよ、アイツ」いずみ。
「わからんねぇ」
「でも、関口くんのいう通りだよ」和田がいう。「キミが困っている時、サポートしてくれる人はキミが思っているよりもずっと多いと思う。……ぼくも林崎くんのためなら、出来ることをするよ。といっても、パソコンで出来ることが殆どになっちゃうけどね」
和田はギコチなく笑う。だが、いずみは依然としてぼくに厳しい視線を向ける。
「……何なんだよ。まぁ……、あたしもお前さえよけりゃ相談ぐらいには乗るからさ。今日のことは気にすんなよな。岩浪先輩も話せばわかってくれるだろうしさ」
いずみはさっきまでの口振りを詫びるように控え目にいう。
ぼくは礼をいう。いずみなら話していいかもしれない。ふとそう思った。そして、和田も。ぼくもひとりで背負い込むには、この話は重すぎる。ぼくはポカリと口を開ける。
チャイムが鳴った。
【続く】