【冷たい墓石で鬼は泣く~睦拾漆~】

文字数 1,112文字

 悔しさなど微塵もなかった。

 負けたーー藤十郎様に負けた。このような何の技術も実力も持たない者が、自分の身を守るためにその瞬間、確かに真剣になってこちらと向き合おうとした。

 逆にわたしといえば、加減はしないといっておきながら、確かに加減をし、寸前で手が伸びなかった。わたしに人を斬る力などない。恐らく、真剣にはなれるが、非情になることは出来ない。真剣と竹光では切れ味はいうまでもない。わたしは見た目ばかりは立派な竹光でしかなかった。

 わたしは力を緩め、ゆっくりと藤十郎様の握っている手から木刀を外すと、逆手に持ち変えて藤十郎様に頭を下げた。それからゆっくりと藤乃助様の元へと向かった。従者たちはみな刀に手を掛けようとしていた。そう、わたしはもはや狼藉者のひとりとなっていた。だが、その果てにどうなろうと、今のわたしにはどうでも良かった。

 藤乃助様はわたしが向かって来てもたじろぐ様子はなかった。ただ、呆然とわたしのことを見ていた。わたしは片ひざをつき、木刀を右側に置くと、そのまま頭を下げた。

「わたしの負けです。わたしはここを去ります。もし、謀反としてわたしを斬られるというのならば、喜んで斬られます」

「寅......」藤乃助様は静かにいった。「出て行くことなどない。もちろん、斬ろうなどとは微塵も思ってはいない。ただ、ここにいてはくれぬか」

「それは、出来ませぬ。わたしは敗北した身、自分でいったことを自分でねじ曲げては、武士の名が廃ります」

「しかし、これは木刀での勝負。真剣ならばーー」

「真剣でないとはいえ、わたしの手が伸びなかったのは事実です。それに対して藤十郎様は必死になってわたしの手を防いだ。今そこにある現実から見れば、敗北したのはわたしでしかないと誰もが思われるかと思います」

 みな、わたしのことばを撥ねつけようという姿勢を見せながらも、何処となく納得しているような雰囲気だった。これ以上、ここにいてはわたしもみなも苦しいだろう。わたしは今一度頭を大きく下げた。

「わたしはこのまま門前へと向かいます。わたしの得物は誰かに持たせて門前まで届けさせて下さい。ではーー」

「寅......」藤乃助様は悔しそうにいった。「行くな、とわたしが命令しても行くか?」

「......それで残るのは構いませぬ。ですが、自分で決めたことを平気でねじ曲げた者を下に置いて、それでわたしを信用できますでしょうか? そんな簡単にこころが移り変わる者など、何かあれば平気で裏切るでしょう。違いますか?」

 藤乃助様はもはや何もいわなかった。わたしは今一度頭を大きく下げた。

「お世話になりました」

 陽が背後から肩を叩いているようだった。

 【続く】

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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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