【藪医者放浪記~死拾睦~】

文字数 1,128文字

 まるで大きな岩が落ちて砕けるようだった。

 それくらいに茂作は驚き、勢いよく腰を抜かし尻餅をついてしまっていた。まさか敵方の一番の従者に今の様子を見られてしまったとは。これではお咲の君が話せないーーフリをしているーーのがバレてしまう。そうなれば、切り餅財宝は全部パァになってしまう。いや、それどころか身分がバレてしまい、打ち首も免れないだろう。

 揺れる暖簾ように死がちらつく。

「あぁ、これはかたじけない。でも、そんなに驚かなくとも大丈夫ですよ。さぁ、身体を起こして下さい」

 そういって寅三郎は茂作に手を差し伸べた。だが、茂作は全身をわななかせた。おまけに軽く脂汗が出ていた。寅三郎は軽い身のこなしでその場にしゃがみこみ、

「大丈夫ですか? とても調子が悪そうですが」と朗らかにいった。

「いえいえ! 大丈夫ですとも! ちょっと診察のほうで疲れが......」

「診察......?」寅三郎のことばで茂作はビクッとしたが、寅三郎は顔を朗らかに緩めると続けた。「あぁ、お医者様でございましたね。で、松平様はそんなにお身体が悪いのでしょうか?」

「え......?」茂作は一瞬固まったが、急に勢いを取り戻したように饒舌に話し始めた。「え、えぇ、そりゃあもう酷いなんてモンじゃありませんよ! もう心の臓がバクバクでして!」

「バクバク?」

「えぇ、もう本当に! ドカドカしてるんでございますよ!」

「ドカドカ?」

「兎に角大変なのは、今はちょっと触っただけでも心の臓が突然止まってしまうような、そんな状態なのでございます! 本当だったら、こんなお咲の君のご縁談などという非常に緊張なさるような場は本当はよろしくないのでございます! まったく大丈夫なんでしょうか......ッ!?」

 まったく呆れるほどのデマカセをペチャクチャといい続けるモノだと思うのだが、まぁ、その必死な様子もただ取り繕っているというよりは、本当にそういう事情なのだと思わせるには充分だったのか、寅三郎は顔を青くして、

「それは本当でございますか!? いやぁ、だとしたら本当にかたじけない限りでございます。そんな事情がありましたら藤十郎様も......。いや、無理でございましょうね」

 しっかりと謝罪の姿勢を見せる寅三郎に茂作は一瞬ばかりニヤリと笑って見せたが、とが唐突に残念そうにすると、今度は逆に寅三郎の気持ちを伺うようにして、

「どうなされたのですか?」と訊ね返した。 

 寅三郎はすぐには返事せず、黙りの姿勢だった。それに対して茂作は、

「いや、変なことをお訊きしてしまったようで申しワケございません」

 と謝罪したが、寅三郎は、

「いえ。ですが、お医者様は藤十郎様についてどう思われますか?」

 と訊ねた。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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