【聖夜に浮遊霊は何を思う~弐幕~】
文字数 5,045文字
その霊は名前を『村山充』といった。
年齢は二八、生きていれば二九になる年だった。つまり、村山が亡くなったのは昨年のことで、亡くなったのもちょうど昨年のクリスマスイブのことだった。
原因は服装から想像できるように交通事故。クロスバイクで五村市駅に向かって走っていたところ、車に弾ねられて即死とのことだった。
「しかし、何だってそんな急いでたんだよ」
五村自然公園のベンチに掛けた祐太朗が訊ねた。村山は、
「彼女とのデートに遅れそうでして……」
村山は五村市内のIT企業でプログラマーをやっていた。本人がいうには、そこまで仕事ができるワケではなかったが、まったくの窓際族というワケでもなかったらしい。
が、その日は運が悪く、後輩のミスのフォローをしていたところ、退社時間を大幅に遅れてしまったということだった。それで急いでクロスバイクを走らせた結果ーー
「有りがちな理由だな。で、おれにして欲しいのは、お前を弾いた相手をーー」
「いや、相手のことはいいんです。わたしとしても悪いことをしてしまったというか……」
村山がいうにはこういうことだった。村山を弾いたドライバーは、村山を弾いた後、逃走。数十分後、パトカーにより追跡され焦ったのかパニックに陥って二次的な事故によって命を落としてしまったのだそうだった。
「別に申し訳なく思う必要なんかない。運転を誤った向こうも悪いんだ。それより、おれにどうして欲しいんだ?」
「たった……、たったひとことでいいんです。彼女に……、『美香』に最後の別れをいいたくて……」
「それだけでいいのか?」村山は呆気に取られつつも静かに頷いた。「……わかった。ここ最近、コロナで仕事がなくて暇してたところだ。やってやるさ。で、その彼女ーー『美香』だっけか?ーーの家はどこだ?」
村山の彼女だった『中森美香』は、五村の西に住んでいるとのことだった。
「五村西ねぇ……。とりあえずいってみるか。何か近くに目印になる店か何かあるか?」
「ありがとうございます! 確か、『オカベ』って喫茶店がありました。美香もそこをよく利用していたと思います」
祐太朗は理解を示し、スマホで詩織に急用が出来たから遅くなるとメッセージを送り、弓永に電話を掛けた。
「何だよ、今取り調べ中……」
「悪い、今日は帰れそうにない。詩織と仲良くパーティでもやっててくれ」
「は?……ちょっと待ってろ」ドアの開く音ーー少しして、「どういうことか説明しろ」
祐太朗は今ある状況を弓永に説明した。
「あぁ、あの事故か。あの調査はすぐに打ち切ったはずだ。まぁ、知り合いに暇そうな女がいるから、ソイツにその彼女の居場所でも調べさせてみるか」
「いや、別に引っ越したと決まったワケじゃーー」
「わからねぇぜ。彼氏が死んだ街にいつまでも住んでいたい彼女なんか、金目当てか、愛が冷めてたか、イカレ女って相場は決まってんだ。一応、その住所教えろよ」
「具体的な住所はわからねぇんだ。でも、『オカベ』って喫茶店の近くで、そこの常連だったらしい」
「……ほぉ、『オカベ』か。なら、美沙が知ってるはずだが、今どこにいるかもわかんねぇしな。ま、店にいって適当に話を訊くのもありだと思うぜ」
「なるほどな。でも、何で美沙がその喫茶店のこと知ってるってわかるんだよ?」
「色々あってな。兎に角今忙しいんだ。後で連絡する。じゃ」
そういって弓永は電話を切ってしまった。
「誰と電話してたんですか?」村山が訊く。
「さっきの悪徳警官だ。そんなことより、いくぞ。彼女の家まで案内しろよ」
祐太朗は公園の出口へ向け歩き出した。
五村のセントラルエリアから西までは歩くと三〇分以上掛かる。だが、贅沢をいっている余裕はなかった。財布に入っているのは、クシャクシャになった野口英世ただ一枚なのだから。
四〇分ほどして、ふたりは五村西にある村山の彼女が住んでいると思われるアパート近くまでやって来た。が、時間もウィークデーの昼過ぎだ。家にいないことは充分にあり得る。
そこで祐太朗は、アパートの近くにある喫茶店、『オカベ』に赴いた。
入り口のドアを開けると、古風な鈴の音がカランコロンと響いた。
店内は古風な造りで、甘いコーヒーの薫りが漂っていた。客の数は平日の昼過ぎということもあって疎らで、テーブル席がふたつほど、カウンター席がひと席埋まっている程度だった。
カウンターの奥には人の良さそうな小太りのマスターのオカベが、カウンターの客と談笑していた。オカベは祐太朗に気づくと、
「いらっしゃい」
と声を掛けた。祐太朗はオカベの挨拶を他所に入り口側一番端のカウンター席にドカッと腰掛けた。オカベの表情が一瞬歪む。が、すぐに朗らかな笑顔を作り、
「何になさいましょう」
と注文を取った。祐太朗は適当にコーヒーをブラックで注文した。祐太朗自身、コーヒーは殆ど飲まないこともあって、たまに飲む機会があると煩わしさを嫌い、ブラックで飲むことにしている。
「アンタが、オカベさんだな」
祐太朗が訊ねると、オカベはポカンとした表情で、そうですがと答えた。
「訊きたいことがあるーー」
そういって祐太朗は中森美香について訊ねた。が、残念なことに弓永が電話で語った予想は当たってしまっていた。
オカベがいうには、美香は今年の初めになって急に引っ越してしまったという。
「恋人が亡くなってショックだったんでしょう。何でも今は埼玉の川澄にいるとのことなんですが、それ以上具体的なことはわかりませんね。ですが、どうしてそんなことを?」
「知人にここに来て中森のことを訊いて欲しいって頼まれたんだ」
祐太朗が適当な出任せをいうと、オカベは静かに頷いた。
「そうなんですね。そのお知り合いは中森さんとはどういう関係で?」
口調と表情は朗らかではあったが、その不自然な朗らかさが逆に祐太朗に不信感を抱いていることを明白にしていた。祐太朗は、
「五村署の警官で弓永ってヤツだ」
祐太朗が弓永の名前を出すと、途端にオカベの表情が引き吊り、手に持っていたカップを落として割ってしまった。
「弓永……、ということは……」
オカベの声は震えていた。祐太朗はエクスキューズをいうように、
「いや、ソイツは昔の同級生でね。捜査は終了しているけど、亡くなった恋人の件で気になったことがあるから話がしたいらしい」
オカベの顔には血は通っていないように青くなっていた。
「そ、そうですか……。なら、わたしより……、いえ。ただ、弓永さんの昔の同僚で、今は探偵をやっている女性がいるから、その人に……。確か、お姉さんが川澄市在住とかいってたかな……、その人に訊ねてみればいいんじゃないかな? 連絡先、お教えしましょうか?」
「あぁ、頼む」
祐太朗がそういうと、オカベは一度店の奥に引っ込み、数分して一枚の紙切れを渡した。そこには無作法に殴り書きされた携帯電話の番号が乱暴に鎮座していた。
すまない、と祐太朗が礼をいうと、
「申し訳ないですが、それを飲んだらお帰り頂けますか? 別にお客様がどうとは思わないのですが、弓永さんの使いでっていうのがどうも……。もし、プライベートで来られる時はよろしくお願いします。ですが、弓永さんの関係で来るのは今後ーー」
祐太朗は風船が割れるように笑いだした。
「あいつ、よっぽど嫌われてるらしいな。安心しな。おれはアイツのスパイでも何でもない。むしろアンタと同じ側の人間だ」
そういうと祐太朗はコーヒーを一気に飲み干し、カウンターに置くと、懐から取り出した財布から千円を取り出し渡した。
「釣はいらない。少ないけど迷惑料として取っといてくれ。今持ち合わせがそれしかなくて払えねえけど、カップの代金、また今度弁償させてくれ。悪かったな」
そういって祐太朗は、店を後にした。
「大した収穫はなしでしたね。でも、話を訊くだけなら電話でよかったんじゃないですか?」
「あ?……んん、まぁ……」祐太朗はどこか決まり悪そうだった。「いや、ただ自粛だったり、ウイルスで仕事がなくなったりで、たまには気分転換に遠出するのもいいかなと思ってな。特に急ぎじゃないんだし、電話で唐突にあぁいう話を訊くのもどうかと思ってな。人は顔の見えない相手にはどこまでも強気になれる」
「それはそうですけど……。でも、そんなに酷いんですか? そのウイルスってのは」
例のウイルスが猛威を奮い始めたのは、村山が亡くなってから約二ヶ月後のことだった。が、いくら感染力の強いウイルスでも幽霊には感染できないのはいうまでもなかった。
「まぁ……、死人もたくさん出てるしな。お前の彼女も今頃マスクを着けながら働いてることだろうよ」
「そうなんですね……」
「それより、例の探偵とやらに電話してみるか」
そういって祐太朗は例の探偵に電話を掛けた。電話はすぐに繋がった。
「はい、武井探偵事務所、武井です」女の声。
「ちょっと訊きたいことがあるんだ」
「はい。どのようなご用件でしょうか?」祐太朗は人探しのことだと答えた。「承知致しました。もっと詳しいお話をお訊きしたいので、面談の時間を設けたいのですが、現在、感染防止のためリモートでの面談も可能ですが、如何しましょうか?」
「あー、いや。……てか、リモートだと情報漏洩の心配があるんじゃないか?」
「そうですね。とはいえ、このご時世ですから。ですが、その点はお任せ下さい。我々の会話は決して外部に漏らすことはしません」
「そうか。わかった。って、いっても仕事を依頼するには距離が遠いし、その人が住んでる場所の当てもあるんだ」
「というと?」
「アンタのお姉さんが住んでるっていう川澄市なんだ」
女は数秒の沈黙の後にいった。
「……どこからその情報を?」
「『オカベ』って喫茶店のマスターだ。この仕事もアンタの上司だった弓永の依頼で動いてる。といっても、おれはアイツの同級生で警察関係者じゃないけどな」
「そうですか。なら納得」
「どういうことだ?」
「だって、弓永くんと一緒に行動しようなんて考える警察関係者は、事情を知らないか、よっぽどのマゾヒストくらいだから」
「はは、アンタもアイツのことで苦労したんだな」
「お互い様。とりあえず、川澄だったら知り合いの探偵もいるし、姉貴にも話を訊いてみる。他には何か?」
「あぁ、料金は弓永に全額請求してくれ」
「いわれなくてもそうする。あ、ごめんなさいね。弓永くんの被害者ってことでつい親近感があって。で、アナタお名前は?」
「祐太朗、鈴木祐太朗だ」
「祐太朗さんね。了解。あたしは、武井愛。悪徳警官のお守りをしてた探偵だよ」
それから二、三の会話を交わし、祐太朗は電話を切った。それから祐太朗は五村のセントラルに戻り、適当に時間を潰した。
気づけば陽は落ち、辺りは暗くなっていた。時刻は18時30分を回っていた。ウイルスの影響で自粛を呼び掛けられているとはいえ、イルミネーションで七色に光る五村市駅近辺では、恋人たちがそこら中で愛を育んでいた。
「クリスマスイブに男とふたりとは、何とも」率直な気持ちを吐くように村山はいった。
「ま、たまにはこういうのもいいだろ。それより、やっぱたまの仕事は面白い」
「訊きたかったんですけど、祐太朗さんって何されてる方なんですか?」
「え?」祐太朗は答えに窮した。「……まぁ、お前みたいな行き場を失った霊の無念を晴らしたり、お前に会いたいって生きた人間の願いを叶える仕事、かな」
「何ですか、それ。そんな仕事がーー」
スマホが振動した。見たことのない番号だった。祐太朗は気を引き締めて電話に出た。
「誰だ?」
「まさにご挨拶だね。やっぱ弓永くんと仲良くやれてるだけあるのかな」
「あぁ、武井か。すまなかった」
「いいよ、慣れてるから。それより、中森美香だけど、確かに川澄に住んでるみたいーーてか、住んでるアパートもうちの姉貴の住まいのすぐ近くだった」
加湿器の発する蒸気のような声で祐太朗は笑った。「そんなことあるんだな」
「あたしも驚き。それと美香さんは現在、川澄市内の設備会社で事務をやってるって。で、今、帰社後の美香さんを知り合いの調査員が追跡してるんだけどーーちょっと待って」
電話のスピーカーから、画面をタップする音が聴こえる。かと思いきや、武井の驚く声が聴こえーー
「どうした?」
「ううん。……そういえば、祐太朗さんも五村の人だよね?」
「そうだけど、それが?」
「実は……」
【続く】
年齢は二八、生きていれば二九になる年だった。つまり、村山が亡くなったのは昨年のことで、亡くなったのもちょうど昨年のクリスマスイブのことだった。
原因は服装から想像できるように交通事故。クロスバイクで五村市駅に向かって走っていたところ、車に弾ねられて即死とのことだった。
「しかし、何だってそんな急いでたんだよ」
五村自然公園のベンチに掛けた祐太朗が訊ねた。村山は、
「彼女とのデートに遅れそうでして……」
村山は五村市内のIT企業でプログラマーをやっていた。本人がいうには、そこまで仕事ができるワケではなかったが、まったくの窓際族というワケでもなかったらしい。
が、その日は運が悪く、後輩のミスのフォローをしていたところ、退社時間を大幅に遅れてしまったということだった。それで急いでクロスバイクを走らせた結果ーー
「有りがちな理由だな。で、おれにして欲しいのは、お前を弾いた相手をーー」
「いや、相手のことはいいんです。わたしとしても悪いことをしてしまったというか……」
村山がいうにはこういうことだった。村山を弾いたドライバーは、村山を弾いた後、逃走。数十分後、パトカーにより追跡され焦ったのかパニックに陥って二次的な事故によって命を落としてしまったのだそうだった。
「別に申し訳なく思う必要なんかない。運転を誤った向こうも悪いんだ。それより、おれにどうして欲しいんだ?」
「たった……、たったひとことでいいんです。彼女に……、『美香』に最後の別れをいいたくて……」
「それだけでいいのか?」村山は呆気に取られつつも静かに頷いた。「……わかった。ここ最近、コロナで仕事がなくて暇してたところだ。やってやるさ。で、その彼女ーー『美香』だっけか?ーーの家はどこだ?」
村山の彼女だった『中森美香』は、五村の西に住んでいるとのことだった。
「五村西ねぇ……。とりあえずいってみるか。何か近くに目印になる店か何かあるか?」
「ありがとうございます! 確か、『オカベ』って喫茶店がありました。美香もそこをよく利用していたと思います」
祐太朗は理解を示し、スマホで詩織に急用が出来たから遅くなるとメッセージを送り、弓永に電話を掛けた。
「何だよ、今取り調べ中……」
「悪い、今日は帰れそうにない。詩織と仲良くパーティでもやっててくれ」
「は?……ちょっと待ってろ」ドアの開く音ーー少しして、「どういうことか説明しろ」
祐太朗は今ある状況を弓永に説明した。
「あぁ、あの事故か。あの調査はすぐに打ち切ったはずだ。まぁ、知り合いに暇そうな女がいるから、ソイツにその彼女の居場所でも調べさせてみるか」
「いや、別に引っ越したと決まったワケじゃーー」
「わからねぇぜ。彼氏が死んだ街にいつまでも住んでいたい彼女なんか、金目当てか、愛が冷めてたか、イカレ女って相場は決まってんだ。一応、その住所教えろよ」
「具体的な住所はわからねぇんだ。でも、『オカベ』って喫茶店の近くで、そこの常連だったらしい」
「……ほぉ、『オカベ』か。なら、美沙が知ってるはずだが、今どこにいるかもわかんねぇしな。ま、店にいって適当に話を訊くのもありだと思うぜ」
「なるほどな。でも、何で美沙がその喫茶店のこと知ってるってわかるんだよ?」
「色々あってな。兎に角今忙しいんだ。後で連絡する。じゃ」
そういって弓永は電話を切ってしまった。
「誰と電話してたんですか?」村山が訊く。
「さっきの悪徳警官だ。そんなことより、いくぞ。彼女の家まで案内しろよ」
祐太朗は公園の出口へ向け歩き出した。
五村のセントラルエリアから西までは歩くと三〇分以上掛かる。だが、贅沢をいっている余裕はなかった。財布に入っているのは、クシャクシャになった野口英世ただ一枚なのだから。
四〇分ほどして、ふたりは五村西にある村山の彼女が住んでいると思われるアパート近くまでやって来た。が、時間もウィークデーの昼過ぎだ。家にいないことは充分にあり得る。
そこで祐太朗は、アパートの近くにある喫茶店、『オカベ』に赴いた。
入り口のドアを開けると、古風な鈴の音がカランコロンと響いた。
店内は古風な造りで、甘いコーヒーの薫りが漂っていた。客の数は平日の昼過ぎということもあって疎らで、テーブル席がふたつほど、カウンター席がひと席埋まっている程度だった。
カウンターの奥には人の良さそうな小太りのマスターのオカベが、カウンターの客と談笑していた。オカベは祐太朗に気づくと、
「いらっしゃい」
と声を掛けた。祐太朗はオカベの挨拶を他所に入り口側一番端のカウンター席にドカッと腰掛けた。オカベの表情が一瞬歪む。が、すぐに朗らかな笑顔を作り、
「何になさいましょう」
と注文を取った。祐太朗は適当にコーヒーをブラックで注文した。祐太朗自身、コーヒーは殆ど飲まないこともあって、たまに飲む機会があると煩わしさを嫌い、ブラックで飲むことにしている。
「アンタが、オカベさんだな」
祐太朗が訊ねると、オカベはポカンとした表情で、そうですがと答えた。
「訊きたいことがあるーー」
そういって祐太朗は中森美香について訊ねた。が、残念なことに弓永が電話で語った予想は当たってしまっていた。
オカベがいうには、美香は今年の初めになって急に引っ越してしまったという。
「恋人が亡くなってショックだったんでしょう。何でも今は埼玉の川澄にいるとのことなんですが、それ以上具体的なことはわかりませんね。ですが、どうしてそんなことを?」
「知人にここに来て中森のことを訊いて欲しいって頼まれたんだ」
祐太朗が適当な出任せをいうと、オカベは静かに頷いた。
「そうなんですね。そのお知り合いは中森さんとはどういう関係で?」
口調と表情は朗らかではあったが、その不自然な朗らかさが逆に祐太朗に不信感を抱いていることを明白にしていた。祐太朗は、
「五村署の警官で弓永ってヤツだ」
祐太朗が弓永の名前を出すと、途端にオカベの表情が引き吊り、手に持っていたカップを落として割ってしまった。
「弓永……、ということは……」
オカベの声は震えていた。祐太朗はエクスキューズをいうように、
「いや、ソイツは昔の同級生でね。捜査は終了しているけど、亡くなった恋人の件で気になったことがあるから話がしたいらしい」
オカベの顔には血は通っていないように青くなっていた。
「そ、そうですか……。なら、わたしより……、いえ。ただ、弓永さんの昔の同僚で、今は探偵をやっている女性がいるから、その人に……。確か、お姉さんが川澄市在住とかいってたかな……、その人に訊ねてみればいいんじゃないかな? 連絡先、お教えしましょうか?」
「あぁ、頼む」
祐太朗がそういうと、オカベは一度店の奥に引っ込み、数分して一枚の紙切れを渡した。そこには無作法に殴り書きされた携帯電話の番号が乱暴に鎮座していた。
すまない、と祐太朗が礼をいうと、
「申し訳ないですが、それを飲んだらお帰り頂けますか? 別にお客様がどうとは思わないのですが、弓永さんの使いでっていうのがどうも……。もし、プライベートで来られる時はよろしくお願いします。ですが、弓永さんの関係で来るのは今後ーー」
祐太朗は風船が割れるように笑いだした。
「あいつ、よっぽど嫌われてるらしいな。安心しな。おれはアイツのスパイでも何でもない。むしろアンタと同じ側の人間だ」
そういうと祐太朗はコーヒーを一気に飲み干し、カウンターに置くと、懐から取り出した財布から千円を取り出し渡した。
「釣はいらない。少ないけど迷惑料として取っといてくれ。今持ち合わせがそれしかなくて払えねえけど、カップの代金、また今度弁償させてくれ。悪かったな」
そういって祐太朗は、店を後にした。
「大した収穫はなしでしたね。でも、話を訊くだけなら電話でよかったんじゃないですか?」
「あ?……んん、まぁ……」祐太朗はどこか決まり悪そうだった。「いや、ただ自粛だったり、ウイルスで仕事がなくなったりで、たまには気分転換に遠出するのもいいかなと思ってな。特に急ぎじゃないんだし、電話で唐突にあぁいう話を訊くのもどうかと思ってな。人は顔の見えない相手にはどこまでも強気になれる」
「それはそうですけど……。でも、そんなに酷いんですか? そのウイルスってのは」
例のウイルスが猛威を奮い始めたのは、村山が亡くなってから約二ヶ月後のことだった。が、いくら感染力の強いウイルスでも幽霊には感染できないのはいうまでもなかった。
「まぁ……、死人もたくさん出てるしな。お前の彼女も今頃マスクを着けながら働いてることだろうよ」
「そうなんですね……」
「それより、例の探偵とやらに電話してみるか」
そういって祐太朗は例の探偵に電話を掛けた。電話はすぐに繋がった。
「はい、武井探偵事務所、武井です」女の声。
「ちょっと訊きたいことがあるんだ」
「はい。どのようなご用件でしょうか?」祐太朗は人探しのことだと答えた。「承知致しました。もっと詳しいお話をお訊きしたいので、面談の時間を設けたいのですが、現在、感染防止のためリモートでの面談も可能ですが、如何しましょうか?」
「あー、いや。……てか、リモートだと情報漏洩の心配があるんじゃないか?」
「そうですね。とはいえ、このご時世ですから。ですが、その点はお任せ下さい。我々の会話は決して外部に漏らすことはしません」
「そうか。わかった。って、いっても仕事を依頼するには距離が遠いし、その人が住んでる場所の当てもあるんだ」
「というと?」
「アンタのお姉さんが住んでるっていう川澄市なんだ」
女は数秒の沈黙の後にいった。
「……どこからその情報を?」
「『オカベ』って喫茶店のマスターだ。この仕事もアンタの上司だった弓永の依頼で動いてる。といっても、おれはアイツの同級生で警察関係者じゃないけどな」
「そうですか。なら納得」
「どういうことだ?」
「だって、弓永くんと一緒に行動しようなんて考える警察関係者は、事情を知らないか、よっぽどのマゾヒストくらいだから」
「はは、アンタもアイツのことで苦労したんだな」
「お互い様。とりあえず、川澄だったら知り合いの探偵もいるし、姉貴にも話を訊いてみる。他には何か?」
「あぁ、料金は弓永に全額請求してくれ」
「いわれなくてもそうする。あ、ごめんなさいね。弓永くんの被害者ってことでつい親近感があって。で、アナタお名前は?」
「祐太朗、鈴木祐太朗だ」
「祐太朗さんね。了解。あたしは、武井愛。悪徳警官のお守りをしてた探偵だよ」
それから二、三の会話を交わし、祐太朗は電話を切った。それから祐太朗は五村のセントラルに戻り、適当に時間を潰した。
気づけば陽は落ち、辺りは暗くなっていた。時刻は18時30分を回っていた。ウイルスの影響で自粛を呼び掛けられているとはいえ、イルミネーションで七色に光る五村市駅近辺では、恋人たちがそこら中で愛を育んでいた。
「クリスマスイブに男とふたりとは、何とも」率直な気持ちを吐くように村山はいった。
「ま、たまにはこういうのもいいだろ。それより、やっぱたまの仕事は面白い」
「訊きたかったんですけど、祐太朗さんって何されてる方なんですか?」
「え?」祐太朗は答えに窮した。「……まぁ、お前みたいな行き場を失った霊の無念を晴らしたり、お前に会いたいって生きた人間の願いを叶える仕事、かな」
「何ですか、それ。そんな仕事がーー」
スマホが振動した。見たことのない番号だった。祐太朗は気を引き締めて電話に出た。
「誰だ?」
「まさにご挨拶だね。やっぱ弓永くんと仲良くやれてるだけあるのかな」
「あぁ、武井か。すまなかった」
「いいよ、慣れてるから。それより、中森美香だけど、確かに川澄に住んでるみたいーーてか、住んでるアパートもうちの姉貴の住まいのすぐ近くだった」
加湿器の発する蒸気のような声で祐太朗は笑った。「そんなことあるんだな」
「あたしも驚き。それと美香さんは現在、川澄市内の設備会社で事務をやってるって。で、今、帰社後の美香さんを知り合いの調査員が追跡してるんだけどーーちょっと待って」
電話のスピーカーから、画面をタップする音が聴こえる。かと思いきや、武井の驚く声が聴こえーー
「どうした?」
「ううん。……そういえば、祐太朗さんも五村の人だよね?」
「そうだけど、それが?」
「実は……」
【続く】