【ナナフシギ~拾壱~】
文字数 2,136文字
真っ暗な廊下、まるでモヤが掛かっているのが見えるようだ。
特にそれは今そこにある理科室、そのドアに嵌められたガラスの向こうには白いガスのようなモノが掛かっている。
「何だこれ……?」弓永がいった。
「まさか、ガス漏れ……」エミリ。
「そんなワケねえだろ」祐太朗はピシャリといい放った。「ここは学校だけど、学校じゃないんだ。おれたちがいるのはあっちとこっちの間。現実の学校とは違う」
「だけど、さ……」エミリが口を挟んだ。「ナナフシギのふたつ目……」
「あ?」と弓永。「ふたつ目って何なんだ?」
祐太朗は説明する。
五村西小学校のナナフシギふたつ目、それは『理科室を覆う謎のガスと人影』である。普通の学校の怪談でいえば、そこで出て来るのは「動く人体模型」に「動く骸骨」といったところがポピュラーだろう。
だが、五村西小学校ではそういったモノが動くといったウワサはなく、むしろ気体。ガスが充満していて、その中に正体不明の人影が見えるといわれていた。骸骨や人体模型も不気味ではあったが、その正体不明さが、逆にこの五村西小ナナフシギを不気味なモノとしていた。
「ガスに誰だかわからないヤツ?」弓永もワケがわからないといった様子だった。「てことは、さっきの人影とかいうのは……」
「多分、その正体不明の人影だろうな」祐太朗はピシャリといった。
弓永の顔が僅かながら引き吊っていた。
「……何だよ。でもよ、おれたちの目的はあくまで石川先生を助けることなんだから、ここに入る理由は、ないよな……?」
「じゃあ訊くけど、ここに石川先生がいたとしたら、どうするんだよ?」
祐太朗のことばに、弓永は何もいえなくなってしまった。実際、石川先生の生き霊がことばにしたのは「タスケテ……」というひとことのみだった。そこに具体的なヒントのようなモノは皆無で、それ故になるべく手際よく怪しい場所を探って行くのがベストともいえた。
「じゃあ、決まりだな」祐太朗はそういって理科室の扉に手を掛けた。
「待てよ!」弓永が扉に掛かった祐太朗の手を掴んだ。「お前、マジでいってんのか?」
「マジじゃなかったら何なんだよ。冗談か?そんなワケねえだろ。手、離せよ」
弓永は渋々といった様子で祐太朗の手を放した。祐太朗はそのままドアを引かずに、今度はエミリのほうを見た。
「お前はどうする?」祐太朗は暗闇の中で微かに目を涙で光らせているエミリにいった。「帰るなら、今の内かもしれないぞ?」
そうはいっても、エミリは口を硬く結んで下を向いてしまった。祐太朗はそんなエミリに軽く手を差し出した。
「一緒に来るなら、おれの手を取って立てよ。帰るなら、弓永と一緒に帰りな」
「おい、おれは帰るとはひとこともいってないぞ」
「何だ、帰らないのか」
「いっただろ!」弓永は顔を叛けた。「……石川先生を助けるまで帰らない、って」
「田中はどうする?」
祐太朗の問い掛けに、エミリは一度表情をクシャッとしたかと思うと祐太朗の手を掴んで一挙に立ち上がった。立ち上がったエミリは目に涙を溜めながらも祐太朗を真っ直ぐに見た。
「わたし……、怖いけど一緒に行くよ! 祐太朗くんが一緒なら大丈夫だと思うから……」
「……そうか、わかった」
「田中」弓永が声を掛けた。「お前、急にコイツのことを『祐太朗』とか呼ぶようになったけど、もしかして……」
「弓永くんは黙ってて!」
先程までしくしくと泣いていたエミリが声を上げた。それはまるで一種の決意表明のようだった。目は恐れながらもしっかりと前を見据えていた。突然のことに弓永もタジタジのようだった。
「いや、そんな大声出すなよ……」
エミリはハッとした。
「あ、ゴメン……。ちょっとムキになっちゃった……」エミリは祐太朗のほうを向き、「『祐太朗くん』って呼んでもいい、かな……?」
「ん? 別にいいけど」
「え……、あ、ありがとうッ!」
「それより、中へ入ろうぜ」そういうのと殆ど同時に祐太朗は理科室のドアを開けた。
室内はやはりガスのような、モヤのような何かが漂っていた。祐太朗は室内に入って少し咳き込み、手で鼻と口を覆った。
「……これは」
そのモヤのようなモノはガスではなかった。有害ともいえないが、無害ともいい切れない。
「……何なんだよ」弓永も手で鼻と口を押さえて、祐太朗に訊ねた。
「これは、霊道が通じている時に発生する霊障のひとつだよ。有害、ってほどでもないけどあまり吸い込まないほうがいい」
「そもそもこんな煙みたいなモン、吸い込もうってほうがどうかしてんだろ」
「それもそうだな……」
と、突然に弓永は肩を叩かれて振り返った。が、そこには誰もいない。エミリは祐太朗のすぐ傍だから叩けるワケがない。無論、祐太朗もそうだ。弓永はいった。
「お前ら、おれの肩叩いてないよな?」
祐太朗は振り返っていった。
「おれと田中がどうやってお前の肩を叩くんだよ」
「……それもそうだよな」
違和感が弓永の頭を混乱させる。確かにそこには肩を叩かれた感触があった。しかし、肩を叩ける何者かはいなかった。では……。
また叩かれた。
弓永はパッとうしろを振り返った。と、弓永は声を上げて思い切り尻餅をついた。
モヤの中に歪んだ透明な人影が佇んでいた。
【続く】
特にそれは今そこにある理科室、そのドアに嵌められたガラスの向こうには白いガスのようなモノが掛かっている。
「何だこれ……?」弓永がいった。
「まさか、ガス漏れ……」エミリ。
「そんなワケねえだろ」祐太朗はピシャリといい放った。「ここは学校だけど、学校じゃないんだ。おれたちがいるのはあっちとこっちの間。現実の学校とは違う」
「だけど、さ……」エミリが口を挟んだ。「ナナフシギのふたつ目……」
「あ?」と弓永。「ふたつ目って何なんだ?」
祐太朗は説明する。
五村西小学校のナナフシギふたつ目、それは『理科室を覆う謎のガスと人影』である。普通の学校の怪談でいえば、そこで出て来るのは「動く人体模型」に「動く骸骨」といったところがポピュラーだろう。
だが、五村西小学校ではそういったモノが動くといったウワサはなく、むしろ気体。ガスが充満していて、その中に正体不明の人影が見えるといわれていた。骸骨や人体模型も不気味ではあったが、その正体不明さが、逆にこの五村西小ナナフシギを不気味なモノとしていた。
「ガスに誰だかわからないヤツ?」弓永もワケがわからないといった様子だった。「てことは、さっきの人影とかいうのは……」
「多分、その正体不明の人影だろうな」祐太朗はピシャリといった。
弓永の顔が僅かながら引き吊っていた。
「……何だよ。でもよ、おれたちの目的はあくまで石川先生を助けることなんだから、ここに入る理由は、ないよな……?」
「じゃあ訊くけど、ここに石川先生がいたとしたら、どうするんだよ?」
祐太朗のことばに、弓永は何もいえなくなってしまった。実際、石川先生の生き霊がことばにしたのは「タスケテ……」というひとことのみだった。そこに具体的なヒントのようなモノは皆無で、それ故になるべく手際よく怪しい場所を探って行くのがベストともいえた。
「じゃあ、決まりだな」祐太朗はそういって理科室の扉に手を掛けた。
「待てよ!」弓永が扉に掛かった祐太朗の手を掴んだ。「お前、マジでいってんのか?」
「マジじゃなかったら何なんだよ。冗談か?そんなワケねえだろ。手、離せよ」
弓永は渋々といった様子で祐太朗の手を放した。祐太朗はそのままドアを引かずに、今度はエミリのほうを見た。
「お前はどうする?」祐太朗は暗闇の中で微かに目を涙で光らせているエミリにいった。「帰るなら、今の内かもしれないぞ?」
そうはいっても、エミリは口を硬く結んで下を向いてしまった。祐太朗はそんなエミリに軽く手を差し出した。
「一緒に来るなら、おれの手を取って立てよ。帰るなら、弓永と一緒に帰りな」
「おい、おれは帰るとはひとこともいってないぞ」
「何だ、帰らないのか」
「いっただろ!」弓永は顔を叛けた。「……石川先生を助けるまで帰らない、って」
「田中はどうする?」
祐太朗の問い掛けに、エミリは一度表情をクシャッとしたかと思うと祐太朗の手を掴んで一挙に立ち上がった。立ち上がったエミリは目に涙を溜めながらも祐太朗を真っ直ぐに見た。
「わたし……、怖いけど一緒に行くよ! 祐太朗くんが一緒なら大丈夫だと思うから……」
「……そうか、わかった」
「田中」弓永が声を掛けた。「お前、急にコイツのことを『祐太朗』とか呼ぶようになったけど、もしかして……」
「弓永くんは黙ってて!」
先程までしくしくと泣いていたエミリが声を上げた。それはまるで一種の決意表明のようだった。目は恐れながらもしっかりと前を見据えていた。突然のことに弓永もタジタジのようだった。
「いや、そんな大声出すなよ……」
エミリはハッとした。
「あ、ゴメン……。ちょっとムキになっちゃった……」エミリは祐太朗のほうを向き、「『祐太朗くん』って呼んでもいい、かな……?」
「ん? 別にいいけど」
「え……、あ、ありがとうッ!」
「それより、中へ入ろうぜ」そういうのと殆ど同時に祐太朗は理科室のドアを開けた。
室内はやはりガスのような、モヤのような何かが漂っていた。祐太朗は室内に入って少し咳き込み、手で鼻と口を覆った。
「……これは」
そのモヤのようなモノはガスではなかった。有害ともいえないが、無害ともいい切れない。
「……何なんだよ」弓永も手で鼻と口を押さえて、祐太朗に訊ねた。
「これは、霊道が通じている時に発生する霊障のひとつだよ。有害、ってほどでもないけどあまり吸い込まないほうがいい」
「そもそもこんな煙みたいなモン、吸い込もうってほうがどうかしてんだろ」
「それもそうだな……」
と、突然に弓永は肩を叩かれて振り返った。が、そこには誰もいない。エミリは祐太朗のすぐ傍だから叩けるワケがない。無論、祐太朗もそうだ。弓永はいった。
「お前ら、おれの肩叩いてないよな?」
祐太朗は振り返っていった。
「おれと田中がどうやってお前の肩を叩くんだよ」
「……それもそうだよな」
違和感が弓永の頭を混乱させる。確かにそこには肩を叩かれた感触があった。しかし、肩を叩ける何者かはいなかった。では……。
また叩かれた。
弓永はパッとうしろを振り返った。と、弓永は声を上げて思い切り尻餅をついた。
モヤの中に歪んだ透明な人影が佇んでいた。
【続く】