【帝王霊~伍拾漆~】
文字数 1,473文字
いても立ってもいられなかった。
ヤエちゃんからは危険だから絶対に外に出てはいけないといわれていたけれど、そんなことはどうでも良かった。
どうなろうと、どうでも良かった。
そんなことよりも心配でならなかった。ぼくは無意識の内に目から涙を溢れさせ、クロスバイクをこぎ続けていた。
春奈ーーこころの中で何度も名前を呼んだ。だが、返答はなかった。ヤエちゃんから聞いた話では、春奈がいなくなったのは一時間ほど前とのことだった。そう、ぼくと川澄通り商店街の中央広場にて会ってからあまり時間は経っていない、ということになる。
だが、逆にいえば、もしこれが誘拐であって、誘拐に車が使われていたとしたら、一時間、いや十分もあればぼくの行動可能な範囲を大きく逸れるということになる。そして、それはぼくだけでなく警察への捜査網に対しても大きな脅威となるのはいうまでもない。
大した当てがないのはわかっている。だけど、じっとしてもいられない。
思わず山田先輩に電話をした。山田先輩がいうには、すぐに行くからじっとしていろとのこと。父さんにも電話を掛けた。父さんは自分はもちろん、地域課、交通課にも声を掛けて注意深く調べてみるとのことだった。
春奈ーー春奈がひとりで何処かに行くはずなんてないのだ。あの時ぼくと会った春奈は、そんな何処かへフラリと消えてしまうような、そんな表情はしていなかった。
ぼくは春奈の家のあるルートから一番街の裏ルートを下り続けていた。まず、表通りにいるとは思えなかった。表ならすぐに見つかるだろうし、そもそも、誘拐されていたら犯人は表には出てこないだろう。
父さんに電話で聞いたところでは、川澄通り商店街から一番街の裏ルートに行く途中で春奈が随分と冴えないヨレヨレの格好をした男と立ち止まって話をしていたところが街中の監視カメラに映っていたということだった。
男は背中にリュックを背負っていたという。ということは、恐らくは車ではないだろう。女性ならまだしも、男性で車ならば、荷物はそこまで多くはならず、軽装になるはずだ。小太りでガッシリはしていない印象からして、そこまで遠くまでは行っていないはず。これはぼくの推論に過ぎない。だが、今はこれを信じる以外に道はなかった。
電話が震えた。辻からだった。通話。
「中山がいなくなったんだってな。おれ、今、山路と海野と一緒に一番街の辺りを探してるよ。シンちゃんはどうしてる?」
ぼくは辻に現状を話した。辻はいつもの感情的な感じを出さずに相槌を打ちながらぼくの話を聴いてくれた。
「......わかった。ひとりなら気を付けて探せよ。田宮と和田も氷室町の辺りを探してくれるってさ。だから、踏ん張れよな......」
ぼくは涙声を漏らさないように礼をいって電話を切った。それから、岩浪先輩からメッセージがあった。
『中山さんがいなくなったってことは、どうせ探してるんだろ。雀町の辺りはわたしが受け持つからお前はお前の思うとこを探せ』
ぼくは先輩にありがとうございますと送信してすぐにスマホをしまおうとした。
「シンゴ」名前を呼ぶ声ーー声の主はいずみだった。「岩浪先輩から話は聞いたよ。どうせお前のことだから、こうするだろうとはあたしも思ってたけどさ。でも、これでふたり。安心しなよ、あたしがいるから」
ぼくは涙を堪えきれなくなった。
「泣くなよ。無理もないけどさ。でも、そんな顔見せるの、あたしだけにしときなよ......。みっともないからさ......」
いずみの朗らかな笑顔は希望そのもののようだった。
【続く】
ヤエちゃんからは危険だから絶対に外に出てはいけないといわれていたけれど、そんなことはどうでも良かった。
どうなろうと、どうでも良かった。
そんなことよりも心配でならなかった。ぼくは無意識の内に目から涙を溢れさせ、クロスバイクをこぎ続けていた。
春奈ーーこころの中で何度も名前を呼んだ。だが、返答はなかった。ヤエちゃんから聞いた話では、春奈がいなくなったのは一時間ほど前とのことだった。そう、ぼくと川澄通り商店街の中央広場にて会ってからあまり時間は経っていない、ということになる。
だが、逆にいえば、もしこれが誘拐であって、誘拐に車が使われていたとしたら、一時間、いや十分もあればぼくの行動可能な範囲を大きく逸れるということになる。そして、それはぼくだけでなく警察への捜査網に対しても大きな脅威となるのはいうまでもない。
大した当てがないのはわかっている。だけど、じっとしてもいられない。
思わず山田先輩に電話をした。山田先輩がいうには、すぐに行くからじっとしていろとのこと。父さんにも電話を掛けた。父さんは自分はもちろん、地域課、交通課にも声を掛けて注意深く調べてみるとのことだった。
春奈ーー春奈がひとりで何処かに行くはずなんてないのだ。あの時ぼくと会った春奈は、そんな何処かへフラリと消えてしまうような、そんな表情はしていなかった。
ぼくは春奈の家のあるルートから一番街の裏ルートを下り続けていた。まず、表通りにいるとは思えなかった。表ならすぐに見つかるだろうし、そもそも、誘拐されていたら犯人は表には出てこないだろう。
父さんに電話で聞いたところでは、川澄通り商店街から一番街の裏ルートに行く途中で春奈が随分と冴えないヨレヨレの格好をした男と立ち止まって話をしていたところが街中の監視カメラに映っていたということだった。
男は背中にリュックを背負っていたという。ということは、恐らくは車ではないだろう。女性ならまだしも、男性で車ならば、荷物はそこまで多くはならず、軽装になるはずだ。小太りでガッシリはしていない印象からして、そこまで遠くまでは行っていないはず。これはぼくの推論に過ぎない。だが、今はこれを信じる以外に道はなかった。
電話が震えた。辻からだった。通話。
「中山がいなくなったんだってな。おれ、今、山路と海野と一緒に一番街の辺りを探してるよ。シンちゃんはどうしてる?」
ぼくは辻に現状を話した。辻はいつもの感情的な感じを出さずに相槌を打ちながらぼくの話を聴いてくれた。
「......わかった。ひとりなら気を付けて探せよ。田宮と和田も氷室町の辺りを探してくれるってさ。だから、踏ん張れよな......」
ぼくは涙声を漏らさないように礼をいって電話を切った。それから、岩浪先輩からメッセージがあった。
『中山さんがいなくなったってことは、どうせ探してるんだろ。雀町の辺りはわたしが受け持つからお前はお前の思うとこを探せ』
ぼくは先輩にありがとうございますと送信してすぐにスマホをしまおうとした。
「シンゴ」名前を呼ぶ声ーー声の主はいずみだった。「岩浪先輩から話は聞いたよ。どうせお前のことだから、こうするだろうとはあたしも思ってたけどさ。でも、これでふたり。安心しなよ、あたしがいるから」
ぼくは涙を堪えきれなくなった。
「泣くなよ。無理もないけどさ。でも、そんな顔見せるの、あたしだけにしときなよ......。みっともないからさ......」
いずみの朗らかな笑顔は希望そのもののようだった。
【続く】