【藪医者放浪記~伍拾弐~】
文字数 1,098文字
人間には心地よく安心出来る音というのがあるらしい。
それはまったくの迷信でも何でもなく、実際にそういったモノがあると現代の科学では証明されていることだ。だが、この時代に関してはそういった証明はまったくない。とはいえ、そんなことは人間の性質の問題であって、解明されてなくとも事実としてそういうことがあるということだ。
この声を聴いて安心した者はきっと多かったに違いない。そして、それが諸に表情に表れていたのが、松平天馬その人であった。
「おぉ、源之助か! 入りたまえ!」
松平天馬のひと声の後、失礼しますと断りをいれつつ猿田源之助は室内に顔を出した。その奥には犬吉とお雉の姿はなかった。まぁ、表向きには松平天馬と何の関係もない遊び人と夜鷹でしかないので、いたらいたで逆に不自然になってしまうワケだが。
だが、そのふたり以上に不自然な存在がそこにいたというのは、誰も予想しなかったことなのかもしれなかった。
「......その方は誰だい?」天馬は訊ねた。
猿田も流石にその質問には困ってしまったようで、ことばに詰まっていた。かと思いきや、そこで声を上げたのが藤十郎だった。あっ、と声をあげて『その者』を指差すと、
「そなたは!」
と驚きを隠さなかった。それもそうだろう。何故ならそこにいたのはーー
「いやぁ、広いおうちだねー」
そういってズカズカと室内に上がり込んで来たのは、清の国からやって来た男、リューだった。守山勘十郎はそんなリューに、無礼者と怒鳴ったが、リューはそんなことはお構いなしといった様子だった。
「この人は、どちら様だい......?」
改めて天馬は訊ねた。と猿田が口を開こうとした。が、それを遮るように、
「貴様、あの街道にいた男だな!」 藤十郎が怒りを露にし、咎めるように猿田を見た。「何故このような者を連れて来た!」
「いやぁ、それが......」困惑しつつも猿田は答えた。「どうやらあそこでヤクザの世話になっていたのは騙されていたからとかで。何でもこの国に来て何も知らない中でアレに出会ってしまって、食わせて貰える代わりに仕えていたとのことで」
猿田がいうと、リューは頷いた。
「そっそ! わたし、あのヤクゥザに食わせて貰ってたのね。でも、悪いことしてるとは知らなかったよ。だから、ごめんね」
片言ではあるとはいえ、何とも真剣味に欠ける謝罪のことばだったのはいうまでもなかった。そして、それが藤十郎の怒りの炎に油を注いだのはいうまでもなかった。
「貴様!」
「まぁまぁ」天馬が藤十郎を制し、そしてリューに訊ねた。「で、リューさん、でしたか。あなたの用は何ですか?」
リューは笑った。
【続く】
それはまったくの迷信でも何でもなく、実際にそういったモノがあると現代の科学では証明されていることだ。だが、この時代に関してはそういった証明はまったくない。とはいえ、そんなことは人間の性質の問題であって、解明されてなくとも事実としてそういうことがあるということだ。
この声を聴いて安心した者はきっと多かったに違いない。そして、それが諸に表情に表れていたのが、松平天馬その人であった。
「おぉ、源之助か! 入りたまえ!」
松平天馬のひと声の後、失礼しますと断りをいれつつ猿田源之助は室内に顔を出した。その奥には犬吉とお雉の姿はなかった。まぁ、表向きには松平天馬と何の関係もない遊び人と夜鷹でしかないので、いたらいたで逆に不自然になってしまうワケだが。
だが、そのふたり以上に不自然な存在がそこにいたというのは、誰も予想しなかったことなのかもしれなかった。
「......その方は誰だい?」天馬は訊ねた。
猿田も流石にその質問には困ってしまったようで、ことばに詰まっていた。かと思いきや、そこで声を上げたのが藤十郎だった。あっ、と声をあげて『その者』を指差すと、
「そなたは!」
と驚きを隠さなかった。それもそうだろう。何故ならそこにいたのはーー
「いやぁ、広いおうちだねー」
そういってズカズカと室内に上がり込んで来たのは、清の国からやって来た男、リューだった。守山勘十郎はそんなリューに、無礼者と怒鳴ったが、リューはそんなことはお構いなしといった様子だった。
「この人は、どちら様だい......?」
改めて天馬は訊ねた。と猿田が口を開こうとした。が、それを遮るように、
「貴様、あの街道にいた男だな!」 藤十郎が怒りを露にし、咎めるように猿田を見た。「何故このような者を連れて来た!」
「いやぁ、それが......」困惑しつつも猿田は答えた。「どうやらあそこでヤクザの世話になっていたのは騙されていたからとかで。何でもこの国に来て何も知らない中でアレに出会ってしまって、食わせて貰える代わりに仕えていたとのことで」
猿田がいうと、リューは頷いた。
「そっそ! わたし、あのヤクゥザに食わせて貰ってたのね。でも、悪いことしてるとは知らなかったよ。だから、ごめんね」
片言ではあるとはいえ、何とも真剣味に欠ける謝罪のことばだったのはいうまでもなかった。そして、それが藤十郎の怒りの炎に油を注いだのはいうまでもなかった。
「貴様!」
「まぁまぁ」天馬が藤十郎を制し、そしてリューに訊ねた。「で、リューさん、でしたか。あなたの用は何ですか?」
リューは笑った。
【続く】