【マキャベリスト~静寂~】
文字数 1,947文字
銃声ーーまるで花火のよう。
たくさんの衣服と肉体が鋼鉄の銃弾によって引き裂かれ、たくさんの死が転がった。
鮮血が地面にレッドカーペットを敷いていた。まるで死神の栄誉を讃えるような真っ赤な、真っ赤なカーペットだった。
空の薬莢はそんなステージを豪奢に演出する装飾品のようだった。
命のバーゲンセール。ここでは人の命などヤギのゲロよりも価値がなかった。
埠頭にあるコンテナの密集地、必死の形相で駆けずり回るひとりの男ーー高級なスーツは血と汗で汚れ、シワだらけになっていた。
男は開いていたコンテナのひとつに身を隠した。すぐさま扉を閉めて自分の殻に閉じ籠った。荒い息づかい。肺の酸素が欠乏したよう。胃の中身どころか、今にも胃そのものを吐き出してしまいそうだった。
男の呼吸が落ち着いて来る。ひとまず安心というワケではないが、息を潜めなければ敵に見つかってしまう。吐く息を懸命に飲み込み、荒ぶる呼吸を収めようとした。
呼吸が落ち着いて来た。後はこの惨劇が自然と収まるのを待つばかりだ。
銃声は聴こえない。みな殺されてしまったか。心臓の鼓動がコンテナ内部に響いた。気のせいか。気のせいにしても大きすぎる。
男は一度大きく息をついた。
金属が擦れる音がした。
男の目が暗闇の中で大きく見開かれた。瞳孔が広がり、闇の中で音を立てる何者かを捉えようとする。
無音ーー
男は息をついた。気のせい。身の危険がすぐそこまで迫っていると、人間はどうも幻聴を耳にするらしい。が、
今度は火花が散った。
小さくて、まるで線香花火のようだった。
何かが擦れる音がした。男の顔が歪んだ。
火が灯ったーー
表の港湾では、惨劇が息を潜めてそこに座っていた。いくつもの死体が血を流してそれぞれの寝相で永遠の眠りについていた。
死神はその真ん中に立っていた。
一見すると冴えない文系の女子学生のような風貌のその死神は刀身に血がベットリとついたナイフを握りながら、死体と死体の間を滑るように滑らかに歩いていた。
その目は人間の生気を失っており、人の死には無関心、感情的にも虚無に見えた。
スライドがバックしたままのオートマチック拳銃がそこら辺に転がっていた。すべてを出し尽くして死んだ亡骸のようだった。バレルを露出して投げ出された古臭い密輸拳銃はアウトローの死に様のように情けなかった。
轟音ーー何かが弾けた。
佐野の太腿に大きな風穴が空いた。
倒れる佐野ーー倒れ様に背後へ目を向けた。
硝煙を吐き出す銃口がそこにあった。
照星のその向こうで見開かれた淀んだ眼は、暗黒の中でも鈍く輝く星のよう。
弓永。トリガーに掛かった指は一切の震えを見せず、全身からも硬直は見られなかった。
佐野は右手のナイフを振りかざした。
佐野の右肩が炸裂した。
握られていたナイフは勢いよく飛び、海の中へ虚しい音を立てて飲み込まれていった。
弓永の撃ったガバメント45口径の銃弾は佐野の肩口を貫通したようだった。
佐野は右肩を庇いながら微笑した。
「ずっとこれを狙ってたんだ。とんだ悪だね」
弓永は無表情だった。いつも見せる不敵な笑みは闇に葬られ、そこにあるのは絶対零度のエモーションと底知れぬ思考だけだった。
「どうしたの? 何もいえなくなっちゃった?」
佐野の挑発に対し、弓永は何の反応も示さず、半ば銃口と同一化したふたつの目で、佐野という標的をただ見つめているだけだった。
弓永と佐野の距離は数メートル。薄暗い中では命中率も大幅に下がる。弓永はトリガーを絞った、絞った。そしてーー
石をドリルで抉るような鈍い音がした。
銃弾が地面にめり込んだ。佐野の姿はなくなっていた。転がっていた。湾のほうへ。弓永は更にトリガーを絞り、撃った、撃ったーー
が、命中することはなかった。
佐野はそのまま海のほうへと転がり、黒い海の中へ自ら吸い込まれていった。
佐野が水に飛び込んだ音を最後に、その場の音は殆ど消え去った。残ったのは波の奏でる水音のオーケストラだけだった。
血と銃弾と殺戮の夜が、そこにはあった。が、今そこに立っているのは弓永ただひとりだけだった。
弓永はガバメントを海に向かって投げ捨てると、佐野が倒れていた位置までゆっくり歩いた。佐野の脚から、肩から出た血液が地面に沼を作っていた。弓永はシャツの袖口を破り、破った袖口に佐野の血液を染み込ませると、それをくるんでポケットに仕舞った。
携帯電話を取り出し、電話を掛ける弓永。
「何だ?」大鳩だった。
弓永は必要な情報だけを大鳩に伝えた。かと思いきや、弓永は目の前で閃光が横切ったようにハッとした。その表情には何か気づきが浮かんでいるようだった。
「どうした?」大鳩の声に低音が混じった。
衝撃。
【続く】
たくさんの衣服と肉体が鋼鉄の銃弾によって引き裂かれ、たくさんの死が転がった。
鮮血が地面にレッドカーペットを敷いていた。まるで死神の栄誉を讃えるような真っ赤な、真っ赤なカーペットだった。
空の薬莢はそんなステージを豪奢に演出する装飾品のようだった。
命のバーゲンセール。ここでは人の命などヤギのゲロよりも価値がなかった。
埠頭にあるコンテナの密集地、必死の形相で駆けずり回るひとりの男ーー高級なスーツは血と汗で汚れ、シワだらけになっていた。
男は開いていたコンテナのひとつに身を隠した。すぐさま扉を閉めて自分の殻に閉じ籠った。荒い息づかい。肺の酸素が欠乏したよう。胃の中身どころか、今にも胃そのものを吐き出してしまいそうだった。
男の呼吸が落ち着いて来る。ひとまず安心というワケではないが、息を潜めなければ敵に見つかってしまう。吐く息を懸命に飲み込み、荒ぶる呼吸を収めようとした。
呼吸が落ち着いて来た。後はこの惨劇が自然と収まるのを待つばかりだ。
銃声は聴こえない。みな殺されてしまったか。心臓の鼓動がコンテナ内部に響いた。気のせいか。気のせいにしても大きすぎる。
男は一度大きく息をついた。
金属が擦れる音がした。
男の目が暗闇の中で大きく見開かれた。瞳孔が広がり、闇の中で音を立てる何者かを捉えようとする。
無音ーー
男は息をついた。気のせい。身の危険がすぐそこまで迫っていると、人間はどうも幻聴を耳にするらしい。が、
今度は火花が散った。
小さくて、まるで線香花火のようだった。
何かが擦れる音がした。男の顔が歪んだ。
火が灯ったーー
表の港湾では、惨劇が息を潜めてそこに座っていた。いくつもの死体が血を流してそれぞれの寝相で永遠の眠りについていた。
死神はその真ん中に立っていた。
一見すると冴えない文系の女子学生のような風貌のその死神は刀身に血がベットリとついたナイフを握りながら、死体と死体の間を滑るように滑らかに歩いていた。
その目は人間の生気を失っており、人の死には無関心、感情的にも虚無に見えた。
スライドがバックしたままのオートマチック拳銃がそこら辺に転がっていた。すべてを出し尽くして死んだ亡骸のようだった。バレルを露出して投げ出された古臭い密輸拳銃はアウトローの死に様のように情けなかった。
轟音ーー何かが弾けた。
佐野の太腿に大きな風穴が空いた。
倒れる佐野ーー倒れ様に背後へ目を向けた。
硝煙を吐き出す銃口がそこにあった。
照星のその向こうで見開かれた淀んだ眼は、暗黒の中でも鈍く輝く星のよう。
弓永。トリガーに掛かった指は一切の震えを見せず、全身からも硬直は見られなかった。
佐野は右手のナイフを振りかざした。
佐野の右肩が炸裂した。
握られていたナイフは勢いよく飛び、海の中へ虚しい音を立てて飲み込まれていった。
弓永の撃ったガバメント45口径の銃弾は佐野の肩口を貫通したようだった。
佐野は右肩を庇いながら微笑した。
「ずっとこれを狙ってたんだ。とんだ悪だね」
弓永は無表情だった。いつも見せる不敵な笑みは闇に葬られ、そこにあるのは絶対零度のエモーションと底知れぬ思考だけだった。
「どうしたの? 何もいえなくなっちゃった?」
佐野の挑発に対し、弓永は何の反応も示さず、半ば銃口と同一化したふたつの目で、佐野という標的をただ見つめているだけだった。
弓永と佐野の距離は数メートル。薄暗い中では命中率も大幅に下がる。弓永はトリガーを絞った、絞った。そしてーー
石をドリルで抉るような鈍い音がした。
銃弾が地面にめり込んだ。佐野の姿はなくなっていた。転がっていた。湾のほうへ。弓永は更にトリガーを絞り、撃った、撃ったーー
が、命中することはなかった。
佐野はそのまま海のほうへと転がり、黒い海の中へ自ら吸い込まれていった。
佐野が水に飛び込んだ音を最後に、その場の音は殆ど消え去った。残ったのは波の奏でる水音のオーケストラだけだった。
血と銃弾と殺戮の夜が、そこにはあった。が、今そこに立っているのは弓永ただひとりだけだった。
弓永はガバメントを海に向かって投げ捨てると、佐野が倒れていた位置までゆっくり歩いた。佐野の脚から、肩から出た血液が地面に沼を作っていた。弓永はシャツの袖口を破り、破った袖口に佐野の血液を染み込ませると、それをくるんでポケットに仕舞った。
携帯電話を取り出し、電話を掛ける弓永。
「何だ?」大鳩だった。
弓永は必要な情報だけを大鳩に伝えた。かと思いきや、弓永は目の前で閃光が横切ったようにハッとした。その表情には何か気づきが浮かんでいるようだった。
「どうした?」大鳩の声に低音が混じった。
衝撃。
【続く】