【明日、白夜になる前に~弐拾玖~】
文字数 2,508文字
ボンヤリと浮かぶ雲の上には、紙飛行機が飛んでいた。
ぼくは頬杖をついて壁際の席から外の景色ーーといっても見えるのは大空だけだけどーーを眺めていた。
まったく騒がしい。小学五年生になったぼくは、この時、アニメやマンガの影響で常に気だるそうにしていることがカッコイイと勘違いしていた痛いガキだったこともあって、それまでは無難に、真面目そうにしていた生徒だったにも関わらず、ある日を境に気だるそうにする頭の悪い生徒に成り下がったワケだ。
今考えると顔からマグマが出るほど恥ずかしいが、この当時はこれが本気でカッコイイと思っていた。プラス、これでぼくも女子からモテモテにーー
なるはずだった。
だが、現実は全然違った。
というより、異常なのは当時のぼくで、現実こそが正常だったのだけど。
まぁ、当たり前の話、モテなかった。
モテるワケがなかった。
そもそも回りは気だるそうにしているぼくに目を向けるどころか、男子は頭の悪いーーぼくもだけどーー遊びに講じ、女子は大人ぶりたいのか化粧や前日放送したテレビドラマや音楽番組、ヒットチャートにファッションの話をしていて、外界など存在しないとでもいいたげな完全無欠の姿勢を貫いていた。
ぼくはそんな同級生を尻目に大きくアクビをした。アクビをするという気だるい仕草がこころからカッコイイと信じていたからだ。
ひとつ忠告しておくと、こういう気だるそうにしていてカッコよくなるのは、実はメチャクチャ凄い能力を持っているとか、そういった特殊な技能がなければならない。
だが、ぼくには何もなかった。勉強はできない。運動もできない。ユーモアなんかあるワケもない。楽器もできなければ、絵や工作も犬がぶちまけたゲロのように酷い。こんなぼくにカッコよさがあるワケがなかった。
「どうしたの、斎藤くん。体調悪いのぉ?」
そう訊ねるのは、赤池たまきだ。当たり前だが、この時はまだぼくと付き合うなんてことは想像もつかないし、彼女が犯罪者として収監される運命にあるなどと誰も思わなかっただろう。それにノーメイクで、牛乳瓶の底みたいなレンズのダサいメガネを掛けている所為で可愛いらしさもなければ、色気もない。
辛辣ではあるが、そう考えると、人はやはり変わるモノなのだろう。
「んん?……いや、眠くてさぁ」
ぼくはダルそうに答える。本当はメチャクチャ元気だったのだけど。
「そうなのぉ? もしかして寝てないとか?」
「うん、昨日色々と忙しくてね。まったく自己嫌アクだよ」
ウソである。前日は夜の十時に寝て、朝の七時に起きたのだ。寝不足どころか充分すぎる程に寝、かつ快眠だったワケだ。しかも、字面だけで覚えたことばを意味もわからずに使っている所為で「自己嫌アク」とかいっている。まったく恥ずかしい間違えで、穴があったら今すぐ入りたい。「アク」じゃない。「お」だよ、「お」ッ! 自己嫌悪ッ!
「ふぅん。何してたの?」
たまきの質問に、ぼくは困ってしまった。快眠してました、なんていえるワケもない。そこでぼくはーー
「まぁ、ちょっと色々と」
口から出任せにもほどがある。だが、たまきはそんなことを疑う様子も見せずに、
「そうなんだぁ! 斎藤くんってすごいね!」
という。改めて考えると、たまきはこの時点でぼくのことが好きだったのだろう。だが、ぼくはそんなことも知らずに、
「まぁね」
と得意げになる。何が「まぁね」だーーとまぁ、現実は大人になってから知るのだけど。
ぼくはふとたまきから視線を外す。その先でぼくの目に映ったのはひとりの女子ーー
自分の席につき、前の席の机にだらしなく寄りかかっているショートカットのスポーツ女子と談笑しているその子は、肩よりちょっと長いくらいの髪を両サイドから引っ張って来てうしろで纏めている。顔はいうまでもなく可愛い。メイクなどしていなかったが、その顔はまるで天使のようにキレイだった。服は白のワンピース。まるで可憐な花。
「もしかして、白鳥さんのこと好きなの?」
たまきの突然の不意打ちに、ぼくの心臓は大きく鼓動を打った。ぼくはしどろもどろになりながら、たまきに向かって、
「んなワケ、ないじゃん」
といった。たまきはーー
「ふぅん、そっかぁ……」
と何処か寂しげにいっていた。いうまでもなく、たまきは見抜いていた。そう、ぼくが白鳥さんのことを好きだということを。
白鳥春香ーーそれが彼女の名前だった。白鳥さんは、名前の可憐さに似合う清楚で品のある女子だった。目の前でバカ笑いしながら話しているスポーティ女子とは天と地の差である。
白鳥さんは教員たちからも信頼される優等生で、勉強も運動も何のその。クラス委員も務めるパーフェクトな女子だった。
ぼくが白鳥さんのことを好きになった切っ掛けは、至って単純、五年生になって同じクラスになって最初のことだ。
ぼくと白鳥さんは、名前の関係もあって席が近く、その時に親切にして貰い、それでぼくは彼女にノックアウトされてしまったというワケだ。優しくされたら好きになるーーモテない男にありがちな話なのはいうまでもない。
それからというもの、ぼくは白鳥さんを遠目で見ていた、見ていたーー見続けた。そして、この日もいつもと同様だった。
だが、彼女がぼくの視線に気づくことはない。それは残念ながら、いつものことだ。そう、彼女がーー
その時、不意に彼女と目が合った。
ぼくはドキッとしてすぐさま目を逸らした。多分、彼女も。それからというもの、その日は彼女のことを直視出来なかった。
そして、放課後の掃除の時間。その日、ぼくは教室掃除の担当で、ほうきを持ちながらダラダラと床を掃いていた。と、突然ーー
「斎藤くん」
天使のような声が聴こえ、ぼくは思わずビクッとした。振り返るとそこには白鳥さん。
「え、あ、し、白鳥さん?」
気だるいがカッコイイは何処へ行ったのか、ぼくの声は緊張していた。だが、白鳥さんはそんなぼくとは裏腹に笑みを浮かべていった。
「放課後、時間あるかな?」
ぼくの努力ーー気だるいはカッコイイとかいう下らない勘違いーーが実を結んだと思った。
【続く】
ぼくは頬杖をついて壁際の席から外の景色ーーといっても見えるのは大空だけだけどーーを眺めていた。
まったく騒がしい。小学五年生になったぼくは、この時、アニメやマンガの影響で常に気だるそうにしていることがカッコイイと勘違いしていた痛いガキだったこともあって、それまでは無難に、真面目そうにしていた生徒だったにも関わらず、ある日を境に気だるそうにする頭の悪い生徒に成り下がったワケだ。
今考えると顔からマグマが出るほど恥ずかしいが、この当時はこれが本気でカッコイイと思っていた。プラス、これでぼくも女子からモテモテにーー
なるはずだった。
だが、現実は全然違った。
というより、異常なのは当時のぼくで、現実こそが正常だったのだけど。
まぁ、当たり前の話、モテなかった。
モテるワケがなかった。
そもそも回りは気だるそうにしているぼくに目を向けるどころか、男子は頭の悪いーーぼくもだけどーー遊びに講じ、女子は大人ぶりたいのか化粧や前日放送したテレビドラマや音楽番組、ヒットチャートにファッションの話をしていて、外界など存在しないとでもいいたげな完全無欠の姿勢を貫いていた。
ぼくはそんな同級生を尻目に大きくアクビをした。アクビをするという気だるい仕草がこころからカッコイイと信じていたからだ。
ひとつ忠告しておくと、こういう気だるそうにしていてカッコよくなるのは、実はメチャクチャ凄い能力を持っているとか、そういった特殊な技能がなければならない。
だが、ぼくには何もなかった。勉強はできない。運動もできない。ユーモアなんかあるワケもない。楽器もできなければ、絵や工作も犬がぶちまけたゲロのように酷い。こんなぼくにカッコよさがあるワケがなかった。
「どうしたの、斎藤くん。体調悪いのぉ?」
そう訊ねるのは、赤池たまきだ。当たり前だが、この時はまだぼくと付き合うなんてことは想像もつかないし、彼女が犯罪者として収監される運命にあるなどと誰も思わなかっただろう。それにノーメイクで、牛乳瓶の底みたいなレンズのダサいメガネを掛けている所為で可愛いらしさもなければ、色気もない。
辛辣ではあるが、そう考えると、人はやはり変わるモノなのだろう。
「んん?……いや、眠くてさぁ」
ぼくはダルそうに答える。本当はメチャクチャ元気だったのだけど。
「そうなのぉ? もしかして寝てないとか?」
「うん、昨日色々と忙しくてね。まったく自己嫌アクだよ」
ウソである。前日は夜の十時に寝て、朝の七時に起きたのだ。寝不足どころか充分すぎる程に寝、かつ快眠だったワケだ。しかも、字面だけで覚えたことばを意味もわからずに使っている所為で「自己嫌アク」とかいっている。まったく恥ずかしい間違えで、穴があったら今すぐ入りたい。「アク」じゃない。「お」だよ、「お」ッ! 自己嫌悪ッ!
「ふぅん。何してたの?」
たまきの質問に、ぼくは困ってしまった。快眠してました、なんていえるワケもない。そこでぼくはーー
「まぁ、ちょっと色々と」
口から出任せにもほどがある。だが、たまきはそんなことを疑う様子も見せずに、
「そうなんだぁ! 斎藤くんってすごいね!」
という。改めて考えると、たまきはこの時点でぼくのことが好きだったのだろう。だが、ぼくはそんなことも知らずに、
「まぁね」
と得意げになる。何が「まぁね」だーーとまぁ、現実は大人になってから知るのだけど。
ぼくはふとたまきから視線を外す。その先でぼくの目に映ったのはひとりの女子ーー
自分の席につき、前の席の机にだらしなく寄りかかっているショートカットのスポーツ女子と談笑しているその子は、肩よりちょっと長いくらいの髪を両サイドから引っ張って来てうしろで纏めている。顔はいうまでもなく可愛い。メイクなどしていなかったが、その顔はまるで天使のようにキレイだった。服は白のワンピース。まるで可憐な花。
「もしかして、白鳥さんのこと好きなの?」
たまきの突然の不意打ちに、ぼくの心臓は大きく鼓動を打った。ぼくはしどろもどろになりながら、たまきに向かって、
「んなワケ、ないじゃん」
といった。たまきはーー
「ふぅん、そっかぁ……」
と何処か寂しげにいっていた。いうまでもなく、たまきは見抜いていた。そう、ぼくが白鳥さんのことを好きだということを。
白鳥春香ーーそれが彼女の名前だった。白鳥さんは、名前の可憐さに似合う清楚で品のある女子だった。目の前でバカ笑いしながら話しているスポーティ女子とは天と地の差である。
白鳥さんは教員たちからも信頼される優等生で、勉強も運動も何のその。クラス委員も務めるパーフェクトな女子だった。
ぼくが白鳥さんのことを好きになった切っ掛けは、至って単純、五年生になって同じクラスになって最初のことだ。
ぼくと白鳥さんは、名前の関係もあって席が近く、その時に親切にして貰い、それでぼくは彼女にノックアウトされてしまったというワケだ。優しくされたら好きになるーーモテない男にありがちな話なのはいうまでもない。
それからというもの、ぼくは白鳥さんを遠目で見ていた、見ていたーー見続けた。そして、この日もいつもと同様だった。
だが、彼女がぼくの視線に気づくことはない。それは残念ながら、いつものことだ。そう、彼女がーー
その時、不意に彼女と目が合った。
ぼくはドキッとしてすぐさま目を逸らした。多分、彼女も。それからというもの、その日は彼女のことを直視出来なかった。
そして、放課後の掃除の時間。その日、ぼくは教室掃除の担当で、ほうきを持ちながらダラダラと床を掃いていた。と、突然ーー
「斎藤くん」
天使のような声が聴こえ、ぼくは思わずビクッとした。振り返るとそこには白鳥さん。
「え、あ、し、白鳥さん?」
気だるいがカッコイイは何処へ行ったのか、ぼくの声は緊張していた。だが、白鳥さんはそんなぼくとは裏腹に笑みを浮かべていった。
「放課後、時間あるかな?」
ぼくの努力ーー気だるいはカッコイイとかいう下らない勘違いーーが実を結んだと思った。
【続く】