【西陽の当たる地獄花~四~】
文字数 2,665文字
地獄の奉行所に拍子木を打ちつける音が響く。
屋敷の縁側、口元に溢れんばかりの髭を蓄えた大男が立て膝座りで座っている。恰幅よく、頭にはその威厳を喧伝するような被り物をし、服は赤、黒、深緑、紫と先鋭的な色合いで、その作りも普通の着物とは比べ物にならないほどに派手だ。下顎の八重歯は発達しすぎて口から飛び出、眉毛は毛虫のように無作法に生えている。
大男の前ーー屋敷の庭先には縛られた水色の襦袢姿のみすぼらしい男がござの上に座らされたまま俯いている。襦袢の男の両脇には派手な装飾のなされた杖を持った男がふたり控えている。また、襦袢の男のいる庭先には数人の鬼が正座の状態で控えている。大男は、
「上州無宿銀平。そのほうは人の世において、たくさんの人と動物を殺生し、米および金品を盗み、不義密通を犯し、何人もの女を手込めにした。よってそのほうを地獄送りに処す!」
大男が手を打ち鳴らす。その判決を聴いた襦袢の男は、俯いていた顔を持ち上げ、
「そんな! ワシは、生きるために仕方なくそうしたんじゃ! 閻魔様、どうか、どうか寛大なおこころを!」
「断る。そのほうのしたことは、生きるためのやむなきとがと己が欲望が招いた罪を混在した紛れもない許されざる悪行である。よって、地獄送りは免れられぬ」
「そんな……! そこを、そこを何とか!」
「ダメだ。この者を連れて行け!」
大男がいうと、襦袢の男の脇に控えていた杖の男が襦袢の男を立たせ、その場から無理矢理退場させようとする。襦袢の男は必死に抵抗しようとするも、杖の男ふたりに制され、その場から退場を余儀なくされてしまう。
襦袢の男がいなくなると、大男は軽くため息をつく。その庭先に突然ひとりの鬼が入り込んで来、大男の正中を外すようにして大男の向かいに立て膝で座る。
「何事だ」大男がいう。
「はっ。大王様に是非お会いしたいという浪人者がおりまして。如何いたしましょうか?」
「ワシに会いたいと、なーー待たれ、ワシはまだ死者の選別が終わっておらぬのだ。待たせてーー」
大王と呼ばれた大男がことばを紡ごうとし終えるその直前、何かが大男の前に座る男の脇に投げ込まれる。一堂、何事かと警戒する姿勢を見せ、脇に控える者たちはみな腰元の刀剣に手を掛けたり、持っている杖を立てたりする。
が、それも悲鳴により崩れる。
最初に悲鳴を上げたのは、大男の前に座する男。男は腰を抜かして尻餅をつき、ことばを紡げないほどに驚愕ーーというよりはむしろ、恐怖しているよう。大男の前に座する男に続き、脇に控えている男たちも次々に悲鳴を上げる。
生首ーー庭先に転がる鬼の切断された首。目と口は見開かれているが、目の色は完全に濁り、口からは血の混じったよだれが垂れていて、もはやそこに生がないことは一目瞭然だ。
大男は生首を苦虫を噛み潰したような顔つきで眺め、混乱する目の前の者たちに向かって、
「何を騒いでおる! 早く下手人をーー」
「その必要はねぇぜ」
大男のことばを遮る低い声がその場に響く。血だらけの袴に着物。顔には大きな切り傷。草履を履いたその右足の爪先から甲に掛けては、紫色の血がベットリと着いている。
牛馬ーーその顔には清々しいまでの笑みが浮かんでいる。そのまま不遜な足取りで庭先へと入っていくと、生首の落ちている庭の真ん中まで一直線に進む。牛馬の侵入に合わせるように、控えの者たちは牽制の意味を兼ねてか、武器に手を掛けるも、その腰は引け、完全に戦意を喪失しているのがわかる有り様。
牛馬は大男の真正面に立ち、
「テメェが閻魔か?」
その牛馬の無礼な態度に、脇に控える者たちは、「無礼者!」や「この御方をどなたと心得る?」と萎縮した声を上げる。が、牛馬はまったく揺らぐこともなく、脇に控える者のことなど見ようともしない。
「良い。客人だ」大男は脇に控える者たちを制して、牛馬にいう。「如何にも、ワシが大王の閻魔だ。そのほう、もしやーー」
「悩顕からいわれて来た。これはーー」牛馬は転がる生首を大きな手のひらで引き寄せ、「テメェへの土産だ」
といって閻魔に向かって生首を蹴りつける。
閻魔は飛んで来た生首を受け止め、その首をまじまじと眺める。
「……鬼寅」
生首は鬼寅のモノだった。首の切り口は非常に粗く雑で、技術皆無の力任せに切り落としたのが明白だった。
「何故、鬼寅を切った? こやつはそのほうの案内役を勤めていたはずだが」
「冥土への土産ってところだな」
そういって牛馬は大笑いする。が、場の空気は完全に凍り付き、まるで葬式のよう。
「……そんな理由で鬼寅を殺したのか?」
「いやぁ、それだけじゃない。ここに来る前の森でのことだ。野犬や妖怪、餓鬼どもに襲われてな。役に立たないから、ここに着いて用済みになったから首を落とした」
庭先に緊張とどよめき。閻魔は「静粛に」と脇に控える者たちを黙らせつつ苦い顔をして、
「……だとしても、殺すことはなかったのではないか? そのほうとはここまで行きずりの旅をしてきたのだろう?」
「役立たずと無用者に死ぬ以外何ができる?」
平然といい放つ牛馬。まるで生をーーいや、それだけでなく地獄そのものをも嘲るように、牛馬は笑って見せる。
「役立たずも無用者もない。どんな者にも、その者に合った場所や職が必ずある」
「閻魔のクセに綺麗事並べやがって……」
牛馬の無礼なものいいに、脇に控える者たちが控えるよういう。が、牛馬は、
「黙りな。テメェら、文句があんなら相手をしてやる。……七人、か。まぁ十数える内で充分ってとこだな」
と左手の親指で刀の鯉口を切る。その動きに控えの者たちはうしろじさる。
「止めろ」閻魔。「そのほうが悩顕の遣いというのはわかった。悩顕は元気でやっておるか?」
「ジジイなら死んだ」
「死んだ……?」
息を飲む閻魔。周りの者たちもざわめく。それとは裏腹に牛馬は軽薄な笑みを浮かべ、
「あぁ。おれがーー」
牛馬が寺を去ろうとするその時だった。牛馬は悩顕に礼をいい頭を下げたかと思うと、突然、刀を抜き、一直線に首を突いたのだ。
悩顕は自分の喉を突いた刀の刀身を反射的に掴んだ。悩顕の手のひらから血が滲み、滲んだ血が刀身を赤く染めた。
悩顕の抵抗は長くは続かなかった。
刀身を掴んだ手はそのままに全身が硬直し、悩顕は立ったまま絶命したーー
「というワケさ」
辺りから悲鳴が飛び交う。閻魔はただ黙って険しく牛馬を見詰めている。高笑いする牛馬ーーその様はまるで、悪魔のようだった。
【続く】
屋敷の縁側、口元に溢れんばかりの髭を蓄えた大男が立て膝座りで座っている。恰幅よく、頭にはその威厳を喧伝するような被り物をし、服は赤、黒、深緑、紫と先鋭的な色合いで、その作りも普通の着物とは比べ物にならないほどに派手だ。下顎の八重歯は発達しすぎて口から飛び出、眉毛は毛虫のように無作法に生えている。
大男の前ーー屋敷の庭先には縛られた水色の襦袢姿のみすぼらしい男がござの上に座らされたまま俯いている。襦袢の男の両脇には派手な装飾のなされた杖を持った男がふたり控えている。また、襦袢の男のいる庭先には数人の鬼が正座の状態で控えている。大男は、
「上州無宿銀平。そのほうは人の世において、たくさんの人と動物を殺生し、米および金品を盗み、不義密通を犯し、何人もの女を手込めにした。よってそのほうを地獄送りに処す!」
大男が手を打ち鳴らす。その判決を聴いた襦袢の男は、俯いていた顔を持ち上げ、
「そんな! ワシは、生きるために仕方なくそうしたんじゃ! 閻魔様、どうか、どうか寛大なおこころを!」
「断る。そのほうのしたことは、生きるためのやむなきとがと己が欲望が招いた罪を混在した紛れもない許されざる悪行である。よって、地獄送りは免れられぬ」
「そんな……! そこを、そこを何とか!」
「ダメだ。この者を連れて行け!」
大男がいうと、襦袢の男の脇に控えていた杖の男が襦袢の男を立たせ、その場から無理矢理退場させようとする。襦袢の男は必死に抵抗しようとするも、杖の男ふたりに制され、その場から退場を余儀なくされてしまう。
襦袢の男がいなくなると、大男は軽くため息をつく。その庭先に突然ひとりの鬼が入り込んで来、大男の正中を外すようにして大男の向かいに立て膝で座る。
「何事だ」大男がいう。
「はっ。大王様に是非お会いしたいという浪人者がおりまして。如何いたしましょうか?」
「ワシに会いたいと、なーー待たれ、ワシはまだ死者の選別が終わっておらぬのだ。待たせてーー」
大王と呼ばれた大男がことばを紡ごうとし終えるその直前、何かが大男の前に座る男の脇に投げ込まれる。一堂、何事かと警戒する姿勢を見せ、脇に控える者たちはみな腰元の刀剣に手を掛けたり、持っている杖を立てたりする。
が、それも悲鳴により崩れる。
最初に悲鳴を上げたのは、大男の前に座する男。男は腰を抜かして尻餅をつき、ことばを紡げないほどに驚愕ーーというよりはむしろ、恐怖しているよう。大男の前に座する男に続き、脇に控えている男たちも次々に悲鳴を上げる。
生首ーー庭先に転がる鬼の切断された首。目と口は見開かれているが、目の色は完全に濁り、口からは血の混じったよだれが垂れていて、もはやそこに生がないことは一目瞭然だ。
大男は生首を苦虫を噛み潰したような顔つきで眺め、混乱する目の前の者たちに向かって、
「何を騒いでおる! 早く下手人をーー」
「その必要はねぇぜ」
大男のことばを遮る低い声がその場に響く。血だらけの袴に着物。顔には大きな切り傷。草履を履いたその右足の爪先から甲に掛けては、紫色の血がベットリと着いている。
牛馬ーーその顔には清々しいまでの笑みが浮かんでいる。そのまま不遜な足取りで庭先へと入っていくと、生首の落ちている庭の真ん中まで一直線に進む。牛馬の侵入に合わせるように、控えの者たちは牽制の意味を兼ねてか、武器に手を掛けるも、その腰は引け、完全に戦意を喪失しているのがわかる有り様。
牛馬は大男の真正面に立ち、
「テメェが閻魔か?」
その牛馬の無礼な態度に、脇に控える者たちは、「無礼者!」や「この御方をどなたと心得る?」と萎縮した声を上げる。が、牛馬はまったく揺らぐこともなく、脇に控える者のことなど見ようともしない。
「良い。客人だ」大男は脇に控える者たちを制して、牛馬にいう。「如何にも、ワシが大王の閻魔だ。そのほう、もしやーー」
「悩顕からいわれて来た。これはーー」牛馬は転がる生首を大きな手のひらで引き寄せ、「テメェへの土産だ」
といって閻魔に向かって生首を蹴りつける。
閻魔は飛んで来た生首を受け止め、その首をまじまじと眺める。
「……鬼寅」
生首は鬼寅のモノだった。首の切り口は非常に粗く雑で、技術皆無の力任せに切り落としたのが明白だった。
「何故、鬼寅を切った? こやつはそのほうの案内役を勤めていたはずだが」
「冥土への土産ってところだな」
そういって牛馬は大笑いする。が、場の空気は完全に凍り付き、まるで葬式のよう。
「……そんな理由で鬼寅を殺したのか?」
「いやぁ、それだけじゃない。ここに来る前の森でのことだ。野犬や妖怪、餓鬼どもに襲われてな。役に立たないから、ここに着いて用済みになったから首を落とした」
庭先に緊張とどよめき。閻魔は「静粛に」と脇に控える者たちを黙らせつつ苦い顔をして、
「……だとしても、殺すことはなかったのではないか? そのほうとはここまで行きずりの旅をしてきたのだろう?」
「役立たずと無用者に死ぬ以外何ができる?」
平然といい放つ牛馬。まるで生をーーいや、それだけでなく地獄そのものをも嘲るように、牛馬は笑って見せる。
「役立たずも無用者もない。どんな者にも、その者に合った場所や職が必ずある」
「閻魔のクセに綺麗事並べやがって……」
牛馬の無礼なものいいに、脇に控える者たちが控えるよういう。が、牛馬は、
「黙りな。テメェら、文句があんなら相手をしてやる。……七人、か。まぁ十数える内で充分ってとこだな」
と左手の親指で刀の鯉口を切る。その動きに控えの者たちはうしろじさる。
「止めろ」閻魔。「そのほうが悩顕の遣いというのはわかった。悩顕は元気でやっておるか?」
「ジジイなら死んだ」
「死んだ……?」
息を飲む閻魔。周りの者たちもざわめく。それとは裏腹に牛馬は軽薄な笑みを浮かべ、
「あぁ。おれがーー」
牛馬が寺を去ろうとするその時だった。牛馬は悩顕に礼をいい頭を下げたかと思うと、突然、刀を抜き、一直線に首を突いたのだ。
悩顕は自分の喉を突いた刀の刀身を反射的に掴んだ。悩顕の手のひらから血が滲み、滲んだ血が刀身を赤く染めた。
悩顕の抵抗は長くは続かなかった。
刀身を掴んだ手はそのままに全身が硬直し、悩顕は立ったまま絶命したーー
「というワケさ」
辺りから悲鳴が飛び交う。閻魔はただ黙って険しく牛馬を見詰めている。高笑いする牛馬ーーその様はまるで、悪魔のようだった。
【続く】