【明日、白夜になる前に~伍拾壱~】
文字数 2,435文字
横並びのバーカウンターで話すのはどうにも慣れない。
いつも飲食をする時は対面か斜め向かいだっていうのに、真横、横並びとなるとこれはもう緊張しかしない。
「ふぅん、よく頑張ったじゃん」
里村さんはそういってスクリュードライバーとかいうイカツイ名前のカクテルを一気に煽る。随分とキツそうな酒だけど、里村さんはそんなことはお構いなしといった感じだ。
当の僕はこういった場所にはあまり来ないモノで、何を飲んだらいいのかわからず、取り敢えずビール系のモノを注文し、ちびちびと煽っている。やっぱりこういう店のビールは旨い。
「うん。でも、何かちょっと罪悪感もある」
「罪悪感?」
「桃井さんの好きだって気持ちに応えられなかったってことに、さ」
「そりゃ確かに、ね」里村さんは息継ぎをするように酒をいっぱい煽る。「でも、そんな悠長なことをいってたら、すべてを失うことになっちゃうよ。女子をフッてその友達からも袋叩きに遭うのは高校時代までで充分。大体、女は興味のない男になんて見向きもしないし、容赦なく振るしね。そのことでとやかくいうのはお門違いというか、むしろそのことでトラブルになるくらいなら、それ以上の関係にならなくて良かったってことになるんだから、それはそれでいいんじゃない?」
非常にドライで合理的な考え方。ぼくとは真逆だ。ぼくはグラスの中で消え行くビールの泡を眺めながらいう。
「……確かに、そうだね」
「二兎を追う者、一兎も得ずっていうでしょ。あれってまさにその通りでさ。たくさんの愛をいっぺんに受けようなんて考えは傲慢で、ひとりの愛を選べない人間はすべての愛を失うんだ。愛っていうのは、暗黙の契約だから。その契約をたくさんして、ひとつを破棄すれば、その時点でその人は信用されなくなる」
まさにその通りだ。ぼくみたいに目の前にあるいくつもの選択肢の中でオロオロしているなんてことをしていれば、いずれはすべてを失うのはわかりきっている。
「でもさ、愛って形が見えないモノだから。自分が相手を好きでも、相手が自分を好きかどうかってわからないから。だから、そこで怖くなって何も出来なくなるっていうのもある」
里村さんはぼくの意見を聴くと、前を向いてスクリュードライバーを一気に煽り、今度はホワイトルシアンとかいうカクテルを注文する。その横顔は何処かつまらなそうだった。
「それは、さ」里村さんはいう。「あなたが好きなのがあなたでしかないってことだよ」
ぼくにはその意味がわからなかった。
「どういう、こと……?」
「告白なんてのは、お互いの好きって気持ちをただ再確認するだけの行為でしかないってこと」里村さんは新しい酒を受けとりながら続ける。「相手の気持ちがわからない。だから怖いっていって何も伝えないのも、一方的な好きって告白も、所詮は傲り。自分だけを見てって自分勝手な考えと同じでさ、結局そういう人っていうのは、本当に好きなのは相手じゃなくて自分なんだよ。相手に愛を強要するのは、自分を愛すための保証書が欲しいからで、失敗して傷つきたくないっていうのは保身のため、自分の身が可愛いからでさ。だから、そこで相手に掛けた愛に中身なんてないんだよ」
ぼくも恋愛に関しては奥手で、全然慣れていないとはいえ、彼女のいわんとしていることは何となくだが、わかる気がした。
「……怒らないで欲しいんだけど」里村さんはそういい置いて続ける。「アナタのことが一方的に好きだった桃井さんも、桃井さんの愛に応えられなくてとか考えているアナタも、どっちも自分のことしか考えていなかった。自分のことしか愛していなかったんだろうね」
里村さんはホワイトルシアンを煽る。暗い照明の中で見える微かな顔や身体の凹凸がやけに生々しく見える。グラスについた唇が艶やかな輝きを帯びているように見える。ぼくは彼女にバレないように生唾を飲んでいう。
「確かに……、そうだったかもしれない」
そうは思っていた。だが、同時に彼女の唇、胸の膨らみ、身体のラインが頭の中を占拠する。イメージが増大されて爆発しそうだ。
「……それ飲んだら、行こうか」
これ以上距離を詰めたまま隣り合っていれば、ぼくは可笑しくなってしまうだろう。いや、もう可笑しいのかもしれない。
「え?……あぁ、いいよ」里村さんは意外といった感じでいう。
バーを出ると、そのまま駅まで直行する。道中、里村さんがいう。
「……他の女の人とはどうなの?」
「他?……あぁ」
黒澤さんとは最近全然会えていない。中西さんとは何となくメッセージは続けているが、進展は全然ない。こうまで先が進まずに足踏みしているのを考えると、やはりぼくが本当に好きなのは、今そこにいる女性ではなくて、自分自身なのかもしれない。
「そっか……。斎藤くん、桃井さんを振ったことで罪悪感抱いてるっていってたじゃん。……それ、他の人と決着つける度に抱くの?」
多分、抱くことになるだろう。ぼくはそのことばを推測ではあるが肯定する。
「多分、ね」
「そう……。なら動くのは早いほうがいい。その罪悪感も時間と共に後悔に変わっていくから。じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすーー」
急にとてつもない悪寒がして、ぼくはうしろを振り返る。が、そこには街灯が映し出す微かなストリートの闇と様相だけだ。
「……どうしたの?」
「いや……、何でもない」
本当に、何でもなかった、のだろうか。不安と疑念が募る中、ぼくは里村さんと別れた。
電車に乗ってすぐに、里村さんにお礼のメッセージを打った。
だが、そのメッセージは返ってこない。家に帰っても既読すらつかない。寝てしまった。そうとは考えづらい。面倒になったか。
いや……。
もはやこの考えの堂々巡りですら、自己愛でしかないということだろう。相手が本当に好きなら、そこら辺は信じ抜けるはずだ。
ぼくはいずれ連絡があるだろうと自分を無理矢理納得させ、その日は床に就いた。
翌朝、里村さんから連絡があった。
【続く】
いつも飲食をする時は対面か斜め向かいだっていうのに、真横、横並びとなるとこれはもう緊張しかしない。
「ふぅん、よく頑張ったじゃん」
里村さんはそういってスクリュードライバーとかいうイカツイ名前のカクテルを一気に煽る。随分とキツそうな酒だけど、里村さんはそんなことはお構いなしといった感じだ。
当の僕はこういった場所にはあまり来ないモノで、何を飲んだらいいのかわからず、取り敢えずビール系のモノを注文し、ちびちびと煽っている。やっぱりこういう店のビールは旨い。
「うん。でも、何かちょっと罪悪感もある」
「罪悪感?」
「桃井さんの好きだって気持ちに応えられなかったってことに、さ」
「そりゃ確かに、ね」里村さんは息継ぎをするように酒をいっぱい煽る。「でも、そんな悠長なことをいってたら、すべてを失うことになっちゃうよ。女子をフッてその友達からも袋叩きに遭うのは高校時代までで充分。大体、女は興味のない男になんて見向きもしないし、容赦なく振るしね。そのことでとやかくいうのはお門違いというか、むしろそのことでトラブルになるくらいなら、それ以上の関係にならなくて良かったってことになるんだから、それはそれでいいんじゃない?」
非常にドライで合理的な考え方。ぼくとは真逆だ。ぼくはグラスの中で消え行くビールの泡を眺めながらいう。
「……確かに、そうだね」
「二兎を追う者、一兎も得ずっていうでしょ。あれってまさにその通りでさ。たくさんの愛をいっぺんに受けようなんて考えは傲慢で、ひとりの愛を選べない人間はすべての愛を失うんだ。愛っていうのは、暗黙の契約だから。その契約をたくさんして、ひとつを破棄すれば、その時点でその人は信用されなくなる」
まさにその通りだ。ぼくみたいに目の前にあるいくつもの選択肢の中でオロオロしているなんてことをしていれば、いずれはすべてを失うのはわかりきっている。
「でもさ、愛って形が見えないモノだから。自分が相手を好きでも、相手が自分を好きかどうかってわからないから。だから、そこで怖くなって何も出来なくなるっていうのもある」
里村さんはぼくの意見を聴くと、前を向いてスクリュードライバーを一気に煽り、今度はホワイトルシアンとかいうカクテルを注文する。その横顔は何処かつまらなそうだった。
「それは、さ」里村さんはいう。「あなたが好きなのがあなたでしかないってことだよ」
ぼくにはその意味がわからなかった。
「どういう、こと……?」
「告白なんてのは、お互いの好きって気持ちをただ再確認するだけの行為でしかないってこと」里村さんは新しい酒を受けとりながら続ける。「相手の気持ちがわからない。だから怖いっていって何も伝えないのも、一方的な好きって告白も、所詮は傲り。自分だけを見てって自分勝手な考えと同じでさ、結局そういう人っていうのは、本当に好きなのは相手じゃなくて自分なんだよ。相手に愛を強要するのは、自分を愛すための保証書が欲しいからで、失敗して傷つきたくないっていうのは保身のため、自分の身が可愛いからでさ。だから、そこで相手に掛けた愛に中身なんてないんだよ」
ぼくも恋愛に関しては奥手で、全然慣れていないとはいえ、彼女のいわんとしていることは何となくだが、わかる気がした。
「……怒らないで欲しいんだけど」里村さんはそういい置いて続ける。「アナタのことが一方的に好きだった桃井さんも、桃井さんの愛に応えられなくてとか考えているアナタも、どっちも自分のことしか考えていなかった。自分のことしか愛していなかったんだろうね」
里村さんはホワイトルシアンを煽る。暗い照明の中で見える微かな顔や身体の凹凸がやけに生々しく見える。グラスについた唇が艶やかな輝きを帯びているように見える。ぼくは彼女にバレないように生唾を飲んでいう。
「確かに……、そうだったかもしれない」
そうは思っていた。だが、同時に彼女の唇、胸の膨らみ、身体のラインが頭の中を占拠する。イメージが増大されて爆発しそうだ。
「……それ飲んだら、行こうか」
これ以上距離を詰めたまま隣り合っていれば、ぼくは可笑しくなってしまうだろう。いや、もう可笑しいのかもしれない。
「え?……あぁ、いいよ」里村さんは意外といった感じでいう。
バーを出ると、そのまま駅まで直行する。道中、里村さんがいう。
「……他の女の人とはどうなの?」
「他?……あぁ」
黒澤さんとは最近全然会えていない。中西さんとは何となくメッセージは続けているが、進展は全然ない。こうまで先が進まずに足踏みしているのを考えると、やはりぼくが本当に好きなのは、今そこにいる女性ではなくて、自分自身なのかもしれない。
「そっか……。斎藤くん、桃井さんを振ったことで罪悪感抱いてるっていってたじゃん。……それ、他の人と決着つける度に抱くの?」
多分、抱くことになるだろう。ぼくはそのことばを推測ではあるが肯定する。
「多分、ね」
「そう……。なら動くのは早いほうがいい。その罪悪感も時間と共に後悔に変わっていくから。じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすーー」
急にとてつもない悪寒がして、ぼくはうしろを振り返る。が、そこには街灯が映し出す微かなストリートの闇と様相だけだ。
「……どうしたの?」
「いや……、何でもない」
本当に、何でもなかった、のだろうか。不安と疑念が募る中、ぼくは里村さんと別れた。
電車に乗ってすぐに、里村さんにお礼のメッセージを打った。
だが、そのメッセージは返ってこない。家に帰っても既読すらつかない。寝てしまった。そうとは考えづらい。面倒になったか。
いや……。
もはやこの考えの堂々巡りですら、自己愛でしかないということだろう。相手が本当に好きなら、そこら辺は信じ抜けるはずだ。
ぼくはいずれ連絡があるだろうと自分を無理矢理納得させ、その日は床に就いた。
翌朝、里村さんから連絡があった。
【続く】