【明日、白夜になる前に~四拾~】
文字数 2,385文字
すばらしい料亭、ぼくには到底ふさわしくないくらいに、ほんとすばらしい。
だが、ぼくはどうだ。見てくれはショボくれていて、見るからにダサイ。スーツはヨレヨレ、青のりのようなヒゲの剃り跡。顔が良くないのは周知の事実という数え役満だ。
時計の秒針が時を刻む音が、ぼくの神経に問い掛けて来る。お前、どうするんだよ。
口を結び、ガチガチに固まるぼく。足はビリビリ。座布団の上とはいえ、ずっと正座をしているのは、どうにも辛い。そもそも、正座なんていつぶりかわからない。
腿の上ではギュッと握られた拳が、その力の作用させるべき先を求めてさ迷うようにブルブルと震えている。
ぼくの対面に座るのは、美しい着物で着飾った女性がひとり。赤い振り袖にきらびやかなかんざし。顔は、ぼくがいえたことではないとはいえ、正直そこまでではない。多分、良し悪しでいったら、中間から悪しのほうへ片足を突っ込んでいるとも思える。
その女性の顔は何とも説明がつかない。
確かに今、中間から悪しとあからさまに悪口めいたことをいったとはいえ、ぼくにはそれが本当にそうなのか、と自信を持てずにいた。
里村さん、たまき、宗方さん、桃井さん、春香さん、そして黒沢さん。みんな、打線でいえば上位。学校のクラスでいえば、確実にいいほうへ入る。
だが、この人はどうだろう。多分、顔だけでいえば、そういった上位には入らない。多分、一般的な評価でいえばそうなるだろう。
だが、ぼくにはこの人がブスだとか、そんな酷いことはいえなかった。それは自分の顔面の問題を棚に上げてとかそういった話ではなく、
不思議と魅力のある顔なのだ。
何と説明すればいいかわからないのだが、ひとついえるのは、こういう人は時々いるということだ。
というのは、見た目的にはあまり、という感じではあるのだけど、何故か妙に魅力的に見える。そういった女性はどのコミュニティにもひとりはいるモノだ。
そして、それは男性の場合もそうなのだと思う。よくいわれている『美女と野獣』的なカップルというのは、そういうことなのだと思う。
ここまでメチャクチャに話して来てしまったが、今ぼくはお見合いの真っ最中である。
そう、小林さんが勧めて来た件の見合いだ。
小林さんからしたら、ここまで女性に対する運があまりにもないぼくに対して一種の哀れみを感じたらしく、結果、知り合いの娘さんを紹介してみようか、ということになったらしい。
ぼくは正直イヤだった。
こんなことをいってしまっては失礼だが、小林さんの勧めてくる女性と聞いて、まず思い浮かんだのが、あのヤバそうな新興宗教の信者なのでは、ということだった。
もし、もしだ。そういう新興宗教にドハマりしている女性が来て、だ。宗教のことについて熱弁されてしまったら、ぼくはどうすれば良いだろうか。愛想笑いを浮かべて曖昧な態度を取り続けていればいいのだろうか。
そもそも、そもそもだ。まずないだろうけど、もし仮にその人と結婚することとなったら、ぼくもその宗教に入信しなければならないのだろうか。
うちはそもそも宗教に関しては殆ど無宗教で、先祖を奉る申し訳程度の仏壇はあるが、それ以外でいえばサッパリといった感じだった。
そんなことを考えていたら、小林さんが相手の写真を見せて来、その写真に、今目の前にいる女性の全身が収まっていたということだ。
写真を見た最初の印象は「え……?」という感じだった。つまり、ファースト・インプレッションはあまりよろしくない。
一度、返事を保留にし、父に相談してみたが、父はその話に乗り気だった。というのも、この年になってまだ未婚の独り身というのに、父自身、危機感を抱いていたというのだ。
とはいえ、ぼく自身は何とも気が進まなかった。だが、小林さんにはお世話になっているし、ということで、結局は引き受けてしまい、今は両家顔合わせを終えて、女性とふたりきりになった、といったところだった。
彼女の名前は『中西萌』という。ちなみに、漢字で『萌』と書いて、『めぐみ』と読む。
中西さんは、小太りで背はかなり低く、顔は先ほどいったようにあまり良くはないが何処か不思議な魅力がある。目は切れ長で細め、やや出っ歯、鼻は大きく、体型同様、顔回りはふっくらとしている。可愛い、キレイとはいえないような容姿だが、やはり気になる。
メイクのせいか、とも思ったが、見た感じメイクは薄め。見た目を取り繕うといった感じはないし、スッピンに限りなく近いだろう。
ぼくは、そんな不思議な魅力を纏った容姿を持つ中西さんに、何もいえずにいた。緊張はしていた。理由はわからない。ただ、やはりこういう厳粛な場に慣れていないというのもあれば、中西さんに相対して、どうすればいいのかわからずにいるというのもあった。
「あの」
突然、中西さんが口を開く。ぼくは「はぁい!?」と声を裏返して返事をする。緊張しているのがバレバレで情けない。すると中西さんはクククと特徴的な笑い方で笑い、
「そんなに緊張なさらなくても」という。
「あ、はぁ……」
「でも、緊張しますよね。わたしもこういう場って何か苦手で」
そういって笑う彼女の笑顔が、ぼくには何処か魅力的に見えて仕方がなかった。
「そう、ですよねぇ」ぼくはいいワケがましく続ける。「ぼくも人見知りで、人前で話すのも苦手だから、どうも……」
消え入る声。やはり話しづらい。かと思いきや、突然、中西さんは大きくため息をつきながら脚を大胆に崩してお姉さん座りし直す。ぼくはそれを見て呆然とする。中西さんは、
「じゃあ、お互いに楽にしましょっか。正座じゃ疲れますよね?」
ニッと笑う中西さんの笑顔は、まるで穢れを知らない少女のように輝いていた。
ぼくはよりいっそう緊張して、彼女のことばに従い、脚を崩して胡座を掻いた。
【続く】
だが、ぼくはどうだ。見てくれはショボくれていて、見るからにダサイ。スーツはヨレヨレ、青のりのようなヒゲの剃り跡。顔が良くないのは周知の事実という数え役満だ。
時計の秒針が時を刻む音が、ぼくの神経に問い掛けて来る。お前、どうするんだよ。
口を結び、ガチガチに固まるぼく。足はビリビリ。座布団の上とはいえ、ずっと正座をしているのは、どうにも辛い。そもそも、正座なんていつぶりかわからない。
腿の上ではギュッと握られた拳が、その力の作用させるべき先を求めてさ迷うようにブルブルと震えている。
ぼくの対面に座るのは、美しい着物で着飾った女性がひとり。赤い振り袖にきらびやかなかんざし。顔は、ぼくがいえたことではないとはいえ、正直そこまでではない。多分、良し悪しでいったら、中間から悪しのほうへ片足を突っ込んでいるとも思える。
その女性の顔は何とも説明がつかない。
確かに今、中間から悪しとあからさまに悪口めいたことをいったとはいえ、ぼくにはそれが本当にそうなのか、と自信を持てずにいた。
里村さん、たまき、宗方さん、桃井さん、春香さん、そして黒沢さん。みんな、打線でいえば上位。学校のクラスでいえば、確実にいいほうへ入る。
だが、この人はどうだろう。多分、顔だけでいえば、そういった上位には入らない。多分、一般的な評価でいえばそうなるだろう。
だが、ぼくにはこの人がブスだとか、そんな酷いことはいえなかった。それは自分の顔面の問題を棚に上げてとかそういった話ではなく、
不思議と魅力のある顔なのだ。
何と説明すればいいかわからないのだが、ひとついえるのは、こういう人は時々いるということだ。
というのは、見た目的にはあまり、という感じではあるのだけど、何故か妙に魅力的に見える。そういった女性はどのコミュニティにもひとりはいるモノだ。
そして、それは男性の場合もそうなのだと思う。よくいわれている『美女と野獣』的なカップルというのは、そういうことなのだと思う。
ここまでメチャクチャに話して来てしまったが、今ぼくはお見合いの真っ最中である。
そう、小林さんが勧めて来た件の見合いだ。
小林さんからしたら、ここまで女性に対する運があまりにもないぼくに対して一種の哀れみを感じたらしく、結果、知り合いの娘さんを紹介してみようか、ということになったらしい。
ぼくは正直イヤだった。
こんなことをいってしまっては失礼だが、小林さんの勧めてくる女性と聞いて、まず思い浮かんだのが、あのヤバそうな新興宗教の信者なのでは、ということだった。
もし、もしだ。そういう新興宗教にドハマりしている女性が来て、だ。宗教のことについて熱弁されてしまったら、ぼくはどうすれば良いだろうか。愛想笑いを浮かべて曖昧な態度を取り続けていればいいのだろうか。
そもそも、そもそもだ。まずないだろうけど、もし仮にその人と結婚することとなったら、ぼくもその宗教に入信しなければならないのだろうか。
うちはそもそも宗教に関しては殆ど無宗教で、先祖を奉る申し訳程度の仏壇はあるが、それ以外でいえばサッパリといった感じだった。
そんなことを考えていたら、小林さんが相手の写真を見せて来、その写真に、今目の前にいる女性の全身が収まっていたということだ。
写真を見た最初の印象は「え……?」という感じだった。つまり、ファースト・インプレッションはあまりよろしくない。
一度、返事を保留にし、父に相談してみたが、父はその話に乗り気だった。というのも、この年になってまだ未婚の独り身というのに、父自身、危機感を抱いていたというのだ。
とはいえ、ぼく自身は何とも気が進まなかった。だが、小林さんにはお世話になっているし、ということで、結局は引き受けてしまい、今は両家顔合わせを終えて、女性とふたりきりになった、といったところだった。
彼女の名前は『中西萌』という。ちなみに、漢字で『萌』と書いて、『めぐみ』と読む。
中西さんは、小太りで背はかなり低く、顔は先ほどいったようにあまり良くはないが何処か不思議な魅力がある。目は切れ長で細め、やや出っ歯、鼻は大きく、体型同様、顔回りはふっくらとしている。可愛い、キレイとはいえないような容姿だが、やはり気になる。
メイクのせいか、とも思ったが、見た感じメイクは薄め。見た目を取り繕うといった感じはないし、スッピンに限りなく近いだろう。
ぼくは、そんな不思議な魅力を纏った容姿を持つ中西さんに、何もいえずにいた。緊張はしていた。理由はわからない。ただ、やはりこういう厳粛な場に慣れていないというのもあれば、中西さんに相対して、どうすればいいのかわからずにいるというのもあった。
「あの」
突然、中西さんが口を開く。ぼくは「はぁい!?」と声を裏返して返事をする。緊張しているのがバレバレで情けない。すると中西さんはクククと特徴的な笑い方で笑い、
「そんなに緊張なさらなくても」という。
「あ、はぁ……」
「でも、緊張しますよね。わたしもこういう場って何か苦手で」
そういって笑う彼女の笑顔が、ぼくには何処か魅力的に見えて仕方がなかった。
「そう、ですよねぇ」ぼくはいいワケがましく続ける。「ぼくも人見知りで、人前で話すのも苦手だから、どうも……」
消え入る声。やはり話しづらい。かと思いきや、突然、中西さんは大きくため息をつきながら脚を大胆に崩してお姉さん座りし直す。ぼくはそれを見て呆然とする。中西さんは、
「じゃあ、お互いに楽にしましょっか。正座じゃ疲れますよね?」
ニッと笑う中西さんの笑顔は、まるで穢れを知らない少女のように輝いていた。
ぼくはよりいっそう緊張して、彼女のことばに従い、脚を崩して胡座を掻いた。
【続く】