【冷たい墓石で鬼は泣く~参拾玖~】
文字数 1,182文字
切迫した瞬間というのは、不思議と記憶には残らないモノだ。
何故だかはわからない。
わたしもその時は夢中で、かつ自分の意識をひとつのところに集中し過ぎれば、今そこにある全体の景色は薄れ、時間もおぞましく早く感じることだろう。
気づいた時、わたしの周りには死体の山が築かれていた。何がそうさせたのかはわからなかった。わたしも動いたはずだ。だが、何をしていたのかは殆ど覚えていなかった。
わたしの記憶に微かに残っていたのは、馬乃助が刀を片手におぞましい笑みを浮かべながらこちらに向かってくる光景と馬乃助と鍔競り合いをしている瞬間だった。
改めて考えると可笑しな話だった。馬乃助相手に鍔競り合いなんてすれば、その時点で命はない。あの男はそういう類いのことに対する返し技をいくつも知っており、そういった技能があると知っているわたしですら、どんな手を使って来るかわからず、瞬殺されるに違いなかった。だが、馬乃助はわたしと鍔を競り合った。そして、わたしは生き残って、代わりにヤクザたちが屍となった。
「どういうことだ......」ひとりごとをいうようにわたしはいった。
「オメェのいう通りにしてやったんだよ」
わたしは耳を疑った。馬乃助は確かにそういった。わたしのいう通りにした。それはどういうことか。その答えがこの屍の山なのだろう。それはつまりーー
「お前がやったのか?」
わたしは辺りを見回し、そしていった。と、馬乃助は何かが破裂したように勢いよく笑い出したかと思いきや、ふっと笑い声を立てるのを止めて不敵な笑みを浮かべつつこちらを見た。
「オメェ、何も覚えてねえのか?」わたしが沈黙で返すと、馬乃助は更に続けた。「まぁ無理もねえか。あれだけ切迫してるとな」
そういうと馬乃助はわたしに背を向け、その場を後にしようとした。
「待てッ!」
わたしは思わず声を上げて馬乃助を呼び止めた。それが功を奏したのか、馬乃助はピタリと歩を止めて、こちらを振り返った。
「何だよ?」
「どうして、こんな」
「だからいっただろ。オメェのいう通りにしてやった、ってな」
「そうじゃない。いや、それもそうなんだが。わたしが訊きたいのはそこじゃない」
「じゃあ、何なんだよ? 雪隠の場所か?」
「違う!」わたしは強く否定し、そして自分の感情を抑えるようにして続けた。「何故、わたしを殺さなかった?」
わたしの問いを聴いて、馬乃助はまるで寄席を見ているかのように声を上げて笑い出した。非常に不快だった。
「笑うなッ!」
思わず声を上げてしまった。が、わたしの不快な気持ちは馬乃助には子供の悪態のようでしかなかったのだろう。馬乃助が感情を顕にするわたしに、まともに取り合おうという感じはまったくなかった。
「相変わらずバカだな、オメェは」
バカーーそのことばに反して、馬乃助の表情にはわたしをバカにする趣はなかった。
【続く】
何故だかはわからない。
わたしもその時は夢中で、かつ自分の意識をひとつのところに集中し過ぎれば、今そこにある全体の景色は薄れ、時間もおぞましく早く感じることだろう。
気づいた時、わたしの周りには死体の山が築かれていた。何がそうさせたのかはわからなかった。わたしも動いたはずだ。だが、何をしていたのかは殆ど覚えていなかった。
わたしの記憶に微かに残っていたのは、馬乃助が刀を片手におぞましい笑みを浮かべながらこちらに向かってくる光景と馬乃助と鍔競り合いをしている瞬間だった。
改めて考えると可笑しな話だった。馬乃助相手に鍔競り合いなんてすれば、その時点で命はない。あの男はそういう類いのことに対する返し技をいくつも知っており、そういった技能があると知っているわたしですら、どんな手を使って来るかわからず、瞬殺されるに違いなかった。だが、馬乃助はわたしと鍔を競り合った。そして、わたしは生き残って、代わりにヤクザたちが屍となった。
「どういうことだ......」ひとりごとをいうようにわたしはいった。
「オメェのいう通りにしてやったんだよ」
わたしは耳を疑った。馬乃助は確かにそういった。わたしのいう通りにした。それはどういうことか。その答えがこの屍の山なのだろう。それはつまりーー
「お前がやったのか?」
わたしは辺りを見回し、そしていった。と、馬乃助は何かが破裂したように勢いよく笑い出したかと思いきや、ふっと笑い声を立てるのを止めて不敵な笑みを浮かべつつこちらを見た。
「オメェ、何も覚えてねえのか?」わたしが沈黙で返すと、馬乃助は更に続けた。「まぁ無理もねえか。あれだけ切迫してるとな」
そういうと馬乃助はわたしに背を向け、その場を後にしようとした。
「待てッ!」
わたしは思わず声を上げて馬乃助を呼び止めた。それが功を奏したのか、馬乃助はピタリと歩を止めて、こちらを振り返った。
「何だよ?」
「どうして、こんな」
「だからいっただろ。オメェのいう通りにしてやった、ってな」
「そうじゃない。いや、それもそうなんだが。わたしが訊きたいのはそこじゃない」
「じゃあ、何なんだよ? 雪隠の場所か?」
「違う!」わたしは強く否定し、そして自分の感情を抑えるようにして続けた。「何故、わたしを殺さなかった?」
わたしの問いを聴いて、馬乃助はまるで寄席を見ているかのように声を上げて笑い出した。非常に不快だった。
「笑うなッ!」
思わず声を上げてしまった。が、わたしの不快な気持ちは馬乃助には子供の悪態のようでしかなかったのだろう。馬乃助が感情を顕にするわたしに、まともに取り合おうという感じはまったくなかった。
「相変わらずバカだな、オメェは」
バカーーそのことばに反して、馬乃助の表情にはわたしをバカにする趣はなかった。
【続く】