【帝王霊~睦~】
文字数 2,293文字
夜道を歩いていると露が皮膚に引っ付くような不快感が宿ることがある。
だが、一度室内に入れば、そんな湿気だらけの外気から隔離され、暖かさと喜びに満ちた食事と会話がそこにある。
詩織は両肘をテーブルにつき、その両掌にアゴを乗せて、旨そうに食事をする和雅を眺めている。まるでペットを見る飼い主のように。
和雅は和雅で公演終わりということもあって腹が減っていたのか、詩織の作った唐揚げに餃子、アジの塩焼き、サラダにフライドポテト、そして白米と次々に摘まんでは幸せそうにして腹に詰め込んでいる。
「いやぁ、詩織ちゃんのメシは旨いねぇ」
思わず零れてしまったといわんばかりに、和雅はいう。詩織は顔によりシワを作って、
「カズくんにそういって貰えると、すごく嬉しい! もっと食べてね!」
幸せそうな雰囲気。それに対して、祐太朗はソファに身を預けてテレビを観ている。
テレビでやっているのは、不倫を題材にしたドラマのようだ。
配偶者のいる男と女が、互いの目をキラキラさせて見詰め合って少しずつ顔を近づけると、唇と唇がふれ合うところでスローモーションとなり、弦楽器のさも感情を震わせに掛かっていますよといった調子の音楽が流れ始める。
クサイ演出。祐太朗はそれをさもつまらなそうに眺めている。
「たく、下らねぇ」祐太朗がそう吐き捨てると、詩織、和雅が祐太朗を見る。「何だってここ最近のドラマは刑事モノか不倫モノばっかなんだ。刑事モノはまだしも、不倫の恋愛モノは何が面白くてこんなしょっちゅうやってるんだよ。ほんとつまんねぇ」
「あぁ、最近多いねぇ、不倫モノ」
「過剰な暴力描写は社会に悪影響を与えるとかいっておきながら、不倫のドラマにはノータッチだなんて、デタラメもいいとこだ」
祐太朗が吐き捨てる中、詩織はそんなことお構いなしに再び和雅に笑みを向ける。
「まぁ、需要があるんだろうね」
「需要がある? 誰に? 世の中にはそんなにも不倫願望を持った男と女が多いってのか?」
「まぁ、そうね」和雅は平然という。「毎日同じ顔を見て、同じクセを見続けてれば飽きるし、ウンザリするヤツもいるだろうからね。それに、最近じゃスリルのある恋愛を描くならジェームズ・ボンドより不倫を描くほうが手っ取り早いからさ。不倫のドラマも増えるワケよ」
「バカバカしい。だったら結婚なんかするなって話だろ。まったく、ついてけねぇや」
「結局、不倫するヤツなんて、家庭に問題があるか、愛に飢えてるかのどちらかだしね」
「カズくんは愛に飢えてるの?」
詩織が横から入って訊ねる。和雅は一瞬、えっと戸惑いを見せつつも何とか取り繕い、
「それはない、かなぁ……?」
「だよね! あたしがこんなにも愛してるんだから、愛に飢えてるワケがないよね!」
キャピキャピという詩織に、和雅は笑う。といっても、明らかに愛想笑い。苦笑。
「そういや、祐ちゃん、話って何なん?」
和雅が場の空気をスライドさせるようにいうと、祐太朗はあぁといってテレビの電源を切ると、立ち上がって詩織の肩を叩く。
「仕事の話だ。退いてくれ」
詩織は不満げに顔を膨らませる。和雅は困惑気味に笑いはするが、祐太朗を止めようとはしない。詩織はふて腐れ気味になって立ち上がると、祐太朗と入れ替わるようにしてソファに座り、テレビをつける。
「おい、うるさいぞ」
「いいよ、いいよ。BGMがあったほうが深刻な雰囲気にはなりづらいだろ?」
和雅が詩織をフォローするようにいう。詩織は先程の不倫ドラマから、お笑い芸人たちが集まって定められたお代にそってトークをするバラエティ番組にチャンネルを回す。
スピーカーから流れる芸人たちのトークが室内に響き渡る。祐太朗は瞬間的に眉間にシワを寄せたが、和雅に引き止められると、ゆっくりとため息をついてから、
「……今日は来させちまって悪かったな」
「いや、いいんよ。おれも久しぶりに祐ちゃーー詩織ちゃんと祐ちゃんに会いたかったし」
和雅がいうと、詩織が「ほんとに?」と目を輝かせるが、和雅が頷き、祐太朗が怪訝な表情を浮かべると、詩織はいいもんと喜びとふてくされを両方含ませて再びテレビに目をやる。
「まぁ、それはさておいて、だ」祐太朗。「今日、お前を呼んだのは、外夢市のことでちょっと訊きたいことがあってなんだ」
「外夢のことで?」
「あぁ」祐太朗は口を開く。「少し前に、外夢市で市長選があったろ。お前、投票したか」
「うん、したで」
「誰に?」
和雅は困惑を見せつつも、その当時二位で落選した候補の名前を挙げた。
「じゃあ、成松蓮斗には入れなかったのか」
「あんな胡散臭い男に入れるほど、おれもバカじゃないで。でも、成松も哀れよな。当選したと思った途端にアレだもんな」
結局、外夢では市長選終了後に当選者である成松が死亡した結果、再選挙が行われた。各自治体の長を決める選挙では、当選者と同数の得票数の候補者がいない限り、繰り上げ当選はされず、再び選挙が行われることとなる。
「なるほどな……。で、そこで何だがーー」
突然、電話が鳴る。祐太朗のスマホだ。祐太朗は舌打ちをしつつスマホに目をやる。弓永龍。画面には確かにそう表示されている。
「ちょっとすまん」
祐太朗が断りに対して、和雅は頷いて見せると、祐太朗は申し訳なさそうに電話に出、声を荒げる。
「こんな時間に何だよ。今ーー」
「そこに山田はいるか?」
「あ?」祐太朗の視線が和雅に向く。「あぁ、いるけど、どうしたんだよ?」
「ちょっと、変わってくれねぇか?」
祐太朗の顔に緊張が走り、それを見て和雅の顔に微かな不安が刻まれた。
【続く】
だが、一度室内に入れば、そんな湿気だらけの外気から隔離され、暖かさと喜びに満ちた食事と会話がそこにある。
詩織は両肘をテーブルにつき、その両掌にアゴを乗せて、旨そうに食事をする和雅を眺めている。まるでペットを見る飼い主のように。
和雅は和雅で公演終わりということもあって腹が減っていたのか、詩織の作った唐揚げに餃子、アジの塩焼き、サラダにフライドポテト、そして白米と次々に摘まんでは幸せそうにして腹に詰め込んでいる。
「いやぁ、詩織ちゃんのメシは旨いねぇ」
思わず零れてしまったといわんばかりに、和雅はいう。詩織は顔によりシワを作って、
「カズくんにそういって貰えると、すごく嬉しい! もっと食べてね!」
幸せそうな雰囲気。それに対して、祐太朗はソファに身を預けてテレビを観ている。
テレビでやっているのは、不倫を題材にしたドラマのようだ。
配偶者のいる男と女が、互いの目をキラキラさせて見詰め合って少しずつ顔を近づけると、唇と唇がふれ合うところでスローモーションとなり、弦楽器のさも感情を震わせに掛かっていますよといった調子の音楽が流れ始める。
クサイ演出。祐太朗はそれをさもつまらなそうに眺めている。
「たく、下らねぇ」祐太朗がそう吐き捨てると、詩織、和雅が祐太朗を見る。「何だってここ最近のドラマは刑事モノか不倫モノばっかなんだ。刑事モノはまだしも、不倫の恋愛モノは何が面白くてこんなしょっちゅうやってるんだよ。ほんとつまんねぇ」
「あぁ、最近多いねぇ、不倫モノ」
「過剰な暴力描写は社会に悪影響を与えるとかいっておきながら、不倫のドラマにはノータッチだなんて、デタラメもいいとこだ」
祐太朗が吐き捨てる中、詩織はそんなことお構いなしに再び和雅に笑みを向ける。
「まぁ、需要があるんだろうね」
「需要がある? 誰に? 世の中にはそんなにも不倫願望を持った男と女が多いってのか?」
「まぁ、そうね」和雅は平然という。「毎日同じ顔を見て、同じクセを見続けてれば飽きるし、ウンザリするヤツもいるだろうからね。それに、最近じゃスリルのある恋愛を描くならジェームズ・ボンドより不倫を描くほうが手っ取り早いからさ。不倫のドラマも増えるワケよ」
「バカバカしい。だったら結婚なんかするなって話だろ。まったく、ついてけねぇや」
「結局、不倫するヤツなんて、家庭に問題があるか、愛に飢えてるかのどちらかだしね」
「カズくんは愛に飢えてるの?」
詩織が横から入って訊ねる。和雅は一瞬、えっと戸惑いを見せつつも何とか取り繕い、
「それはない、かなぁ……?」
「だよね! あたしがこんなにも愛してるんだから、愛に飢えてるワケがないよね!」
キャピキャピという詩織に、和雅は笑う。といっても、明らかに愛想笑い。苦笑。
「そういや、祐ちゃん、話って何なん?」
和雅が場の空気をスライドさせるようにいうと、祐太朗はあぁといってテレビの電源を切ると、立ち上がって詩織の肩を叩く。
「仕事の話だ。退いてくれ」
詩織は不満げに顔を膨らませる。和雅は困惑気味に笑いはするが、祐太朗を止めようとはしない。詩織はふて腐れ気味になって立ち上がると、祐太朗と入れ替わるようにしてソファに座り、テレビをつける。
「おい、うるさいぞ」
「いいよ、いいよ。BGMがあったほうが深刻な雰囲気にはなりづらいだろ?」
和雅が詩織をフォローするようにいう。詩織は先程の不倫ドラマから、お笑い芸人たちが集まって定められたお代にそってトークをするバラエティ番組にチャンネルを回す。
スピーカーから流れる芸人たちのトークが室内に響き渡る。祐太朗は瞬間的に眉間にシワを寄せたが、和雅に引き止められると、ゆっくりとため息をついてから、
「……今日は来させちまって悪かったな」
「いや、いいんよ。おれも久しぶりに祐ちゃーー詩織ちゃんと祐ちゃんに会いたかったし」
和雅がいうと、詩織が「ほんとに?」と目を輝かせるが、和雅が頷き、祐太朗が怪訝な表情を浮かべると、詩織はいいもんと喜びとふてくされを両方含ませて再びテレビに目をやる。
「まぁ、それはさておいて、だ」祐太朗。「今日、お前を呼んだのは、外夢市のことでちょっと訊きたいことがあってなんだ」
「外夢のことで?」
「あぁ」祐太朗は口を開く。「少し前に、外夢市で市長選があったろ。お前、投票したか」
「うん、したで」
「誰に?」
和雅は困惑を見せつつも、その当時二位で落選した候補の名前を挙げた。
「じゃあ、成松蓮斗には入れなかったのか」
「あんな胡散臭い男に入れるほど、おれもバカじゃないで。でも、成松も哀れよな。当選したと思った途端にアレだもんな」
結局、外夢では市長選終了後に当選者である成松が死亡した結果、再選挙が行われた。各自治体の長を決める選挙では、当選者と同数の得票数の候補者がいない限り、繰り上げ当選はされず、再び選挙が行われることとなる。
「なるほどな……。で、そこで何だがーー」
突然、電話が鳴る。祐太朗のスマホだ。祐太朗は舌打ちをしつつスマホに目をやる。弓永龍。画面には確かにそう表示されている。
「ちょっとすまん」
祐太朗が断りに対して、和雅は頷いて見せると、祐太朗は申し訳なさそうに電話に出、声を荒げる。
「こんな時間に何だよ。今ーー」
「そこに山田はいるか?」
「あ?」祐太朗の視線が和雅に向く。「あぁ、いるけど、どうしたんだよ?」
「ちょっと、変わってくれねぇか?」
祐太朗の顔に緊張が走り、それを見て和雅の顔に微かな不安が刻まれた。
【続く】