【明日、白夜になる前に~四拾参~】

文字数 2,468文字

 人間、正直になればなるほど顰蹙を買うとは困ったモノだ。

 自分に正直に生きる。それはあくまで理想論でしかない。誰だって本当の自分を偽って生きている。いい人だといわれて笑顔を絶やさないあの人も、ひとりの時や信頼できるパートナーと一緒の時は泣いているモノだ。

 それは何故か。

 結局のところ、どんな人も自分を偽って生きているからだ。

 自分の気持ちや欲望に正直に生きることは難しい。そんなことは小学生にでもなれば、誰だってわかることだろう。結局のところ、それがわからない人が犯罪に走る。

 そう。自分の気持ちや欲望に正直に生きていたならば、ぼくは今頃前科何犯になっているだろうか。いや、前科がどうこう以前にきっと死刑になっているに違いない。

 気持ちだけでいえば、これまでに殺したかったヤツラは十は超えるだろう。

 だが、それを実行に移してしまえば、あらゆる人生は破綻する。

 プラス、それだけじゃない。

 街を歩けば、セクシャルな格好をした、見た目のいい女性がたくさんいる。学校や会社に行けば、無意識の内にいいなと思える女性が何人もいる。だが、自分の欲望に素直になれば、彼女たちは今頃は酷い目に遭っている。

 暴力、殺人、レイプ。ウンザリするような犯罪。そのどれもが欲望に忠実でありすぎたが故に起きたモノだと考えてもいい気がする。

 ただ、自分を圧し殺し過ぎれば肩身が狭く、窮屈なだけだ。いいたいこともいえず、ただただ殴られるサンドバッグと化すしかない。

 ぼくはサンドバッグだった。

 結局は運命に翻弄され、自分の気持ちを抑えに抑え、気づけばすべては手遅れとなり、その抑えた気持ちと共に溺れ死ぬのだ。

 遠慮と勘繰りは美徳ではない。ただ、足許から自分という人間を飲み込んで行く沼なのだ。蝕まれるのは肉体と精神。身動きは取れなくなり、気持ちはうしろ向きになる。そして、最後には真っ暗な沼の水の中へ飲まれるのだ。

 多分、ぼくはこれまでの経験の中で無意識にこれを感じ、ウンザリしていたのだろう。

 何度となく女性との関わり合いにおいて失敗してきた。

 里村さんの時は自分に素直になれず、おどおどし過ぎた。たまきの時は彼女のために、と自分を圧し殺し過ぎた。晴香さんの時もやはり、過去の話ではあるが、自分という人間に正直になれなかったし、正直になるのを恐れていた。

 そして、今、だ。

 ぼくの目の前には四枚の手札がある。だが、そのどれも、いつ切れるかわからない有効期限がリアルタイムで進行している。

 宗方さん、桃井さん、黒沢さん、そして中西さん。この四枚のカード。しかし、桃井さんはさっきのやり取りの中で手札から外れた。

 彼女も自分に正直にはなれなかった。

 彼女が変に必死だったのは、宗方さんとぼくをくっ付けるためではない。それは火を見るよりも明らか。もはやヤケクソ。

 ごめんなさい。

 その答えは、ぼくに対する謝罪のことばなのはいうまでもない。だが、そのごめんなさいは何を意味していたのか。

 期待に応えられなくて、或いは自分の気持ちに正直になれなくて、だろうか。

 いや、もはやそんなことは関係ない。

 桃井さんとの昼食を終えてオフィスに戻り、何事もなかったかのように仕事をしていると、宗方さんがぼくの元にお茶を持って来た。ぼくは手っ取り早く、ありがとうという。

 礼を済ませると、ぼくはそのまま作業を続ける。だが、背後には気配が残り続けている。

 宗方さんは立ち去ろうとはしなかった。それどころか、何かをいいたげにモジモジしている。だが、ぼくはそれを話しやすく促してやるなどといった親切心は働かせなかった。働かせる理由もなかったし、いわれもなかった。

「斎藤さん」と宗方さんは切り出す。

 ぼくは作業する手を止めて振り返る。

「何?」

 ぼくのいい方には、もはや優しさなんて高尚なモノは存在していない。あるのは非情さ。何をいわれても揺るがない冷たい氷瀑のようなマインドとスタンス。

 ぼくは別に彼女と仲良くしに会社まで来ているワケじゃない。ただ仕事をして、それに見合う給料を貰いに来ているだけだ。

 そもそもそんな中でバカみたいに淡い恋心を抱いて、何ていうのが馬鹿バカしいのだ。まったくもって吐き気がする。

 はっきりいってしまおう。

 異性と中途半端に仲良くなったところで、それは毒にもクスリにもならない。

 確かにその関係性も一時は麻薬のように甘美な感じがして、依存性は高いかもしれない。

 だが、その果てに待っているのは破滅。

 妄想という禁断症状が頭の中をグルグルと回り続け、結局自分が見えなくなり、震えが止まらなくなる。その先に残るのは傷痕のみ。こころを蝕み腐らせる傷痕のみだ。

 もうウンザリだった。

 ぼくはもう寄り道をしている暇はない。もし、その方面で勝負をするのなら。

 だが、ぼくはわかってしまった。ぼくは恋愛方面に関してはまったく縁がない星の元に生まれてしまったということを。

 ならば、誘惑を誘う甘い蜜を垂らす花に気を取られている暇などない。ぼくが行くべきは、女王蜂の待つ巣のみなのだろう。

「あの……、カエデと何かあったんですか?」

「何もないけど」

 何もない、それは事実だろう。本当に「何もなかった」のだから。

「そうですか……、何かカエデ、斎藤さんに話があるっていってて、帰って来たと思ったらすごく悲しそうにしてたから」

 悲しそう、か。それは悲しいだろう。結局、彼女は自分に正直になれなかったのだから。

「うーん、ちょっとわからないな。彼女とは昼食を一緒にしただけなんだけど」

「昼食……」彼女の声色から困惑が伺える。

「うん、何か来てくれっていわれて」

 これも事実だ。別に隠すようなことでもない。だが、この事実は彼女の表情に暗い影を落とす結果となった。その理由がわからないワケではない。むしろ、わかり過ぎるくらいだ。

 だが、愛や情はすべての人間に平等に注ぐことは出来ない。それだけの話だ。

 彼女はそれ以降口をつぐみ、失礼しましたといってぼくの前から消えた。

 ぼくは大きく息を吐いた。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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