【湿気た花火~伍~】

文字数 813文字

 ノックというのは基本的にドアの向こうにいる相手に入っていいか確かめる行為だ。

 だが、それは世間一般での話であって、ここの家には通用しない話だ。ここではノックは「入っていいですか?」ではなくて「入るぞ」という意味しか持たない。つまり、ノックが聴こえた次の瞬間には中に入ってくるという、本当に常識というモノを考え直したほうがいいことを平気でやって来る。

 おれは何もいわなかった。案の定、勝手にドアは開いた。

「カズマサ」父だった。「おかえり」

 うん、とだけ答えた。いい年して常識もねえのか、とはいわなかった。今更この家の人間に常識的な振る舞いなど期待していなかった。と、父はドアの陰に隠れていた左手を出した。左手にはちょっと大きめなビニール袋が握られていた。中にまあまあの量の何かが入っているようだった。

「これ、食うか?」

 おれはベッドの上で身体を起こし、ビニール袋を受け取った。中身は大量のカップ麺だった。まだ実家を出る前、おれは休み、或いは休み前日の夜中にカップ麺を食うのが好きで、特にコンビニで新作のカップ麺や何かが出るとすぐ買っては時間がある時に食うという習慣があった。それもあって、父はいまだにおれがカップ麺好きだと思っているのだろうーーまぁ、今でも好きなんだが。

「どうしたの、これ」

「昼に食おうと思ってたけど食わなかったヤツ。いるか?」

 なるほど、と納得しつつ頷きビニール袋を受け取り礼をいった。が、父は出ていこうとはせず、そのまま続けたーー

「いつまでいるんだ?」

 わからない、と答えた。別におれの部屋は市内にあるし、いつ帰っても良かった。まぁ、駅が近い分、芝居の稽古の時は帰っていたほうがいいが、別に実家からでも充分だ。

「そうか」父はこれといった感情も出さずにそういった。「まぁ、ゆっくりしてけよ」

 ドアが閉まり、父の姿は消えた。おれは改めてビニール袋の中のカップ麺を漁った。

 不思議と笑みがこぼれて来た。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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