【帝王霊~死重苦~】
文字数 1,151文字
夜、凍えた空気に蒸気が舞う。
火照った身体。漏れ出る吐息は白く温かい。男の目付きはギラギラしている。まるで何かひとつの獲物を狙うコヨーテのように。
男は夜のストリートをロードバイクで全力疾走している。それもふたり乗りで、だ。男のうしろに乗るのは女。女は後輪につながるロードバイクのフレームに足を掛けて立ち、男の肩に両手を置いている。ふつうならあり得ない体勢。直線ならまだしも、カーヴに差し掛かれば、すぐさま振り落とされるーーいや、それどころか前で走る男ですらバランスを崩して倒れてしまうだろう。
だが、そうはならなかった。
男は僅かに減速し、カーヴを鋭角に曲がる。だが、ロードバイクは一切バランスを崩すことなく、かつ男も何てことはなさそうだ。それどころか、うしろの女はまるで男とロードバイクにくっついたようにビクともせず、かつ髪型ひとつ崩れることはない。だが、それもそうだった。
男は山田和雅だった。
そして、そのうしろに立つのは丸栗チエだ。和雅に取り憑いたチエがバランスを崩すワケもなく、かつ和雅がチエから物理的な影響を受けるワケもなかった。
「ねぇ!」チエが叫ぶ。「顔色変えて、どうしたっていうの!?」
「あぁ!?」
和雅が厳しい口調で訊き返す。だが、それは走ることに集中して聞き耳を立てる余裕すらないようでもあったし、疾走する中で、風の音がうるさくてチエの声が耳まで届かないといった様子でもあった。チエは同じことを、若干のイラ立ちを見せながら繰り返す。和雅は鬼気迫る表情でいう。
「今急いでんだ、後にしてくんねぇか!?」
チエはやや不貞腐れ気味になっていう。
「何、さっきまであんなに情けない感じだったのに」
「知るか。これ以上、誰かを見捨てるワケにはいかねえんだよ」
「せっかく佐野が見逃してくれたのに、それを無駄にするの?」
「それはそれ、これはこれだ! それにこれが例の事件と繋がりがあるなんて確証は何処にもねえからなぁ! 仮に繋がっていたとしても、おれは鉄砲玉になってでもあの子たちを助けてやりてえんだ!」
「......アンタに何が出来るっていうの、それなら警察にーー」
「電話の主の子のお父さんが川澄の生安課の人だ。それにその子の担任の妹さんが元警官の現探偵だ。きっと、力になってくれる」
「だとしたら、余計にアンタはーー」
「うるせえ! 早急に動かなきゃ、マズイことになりそうな時に、黙ってうつむいてる暇なんか、おれにはねえんだ!」
「......そう」チエは寂しそうにいう。「ひとつ、訊いていい?」
「何だ!?」
だが、チエは何もいわない。それから少しして、
「......ううん、何でもない」
出来ることなら、もっと早く、アナタに会いたかった。だが、そのことばは和雅の耳に届くことはなかったーー
【続く】
火照った身体。漏れ出る吐息は白く温かい。男の目付きはギラギラしている。まるで何かひとつの獲物を狙うコヨーテのように。
男は夜のストリートをロードバイクで全力疾走している。それもふたり乗りで、だ。男のうしろに乗るのは女。女は後輪につながるロードバイクのフレームに足を掛けて立ち、男の肩に両手を置いている。ふつうならあり得ない体勢。直線ならまだしも、カーヴに差し掛かれば、すぐさま振り落とされるーーいや、それどころか前で走る男ですらバランスを崩して倒れてしまうだろう。
だが、そうはならなかった。
男は僅かに減速し、カーヴを鋭角に曲がる。だが、ロードバイクは一切バランスを崩すことなく、かつ男も何てことはなさそうだ。それどころか、うしろの女はまるで男とロードバイクにくっついたようにビクともせず、かつ髪型ひとつ崩れることはない。だが、それもそうだった。
男は山田和雅だった。
そして、そのうしろに立つのは丸栗チエだ。和雅に取り憑いたチエがバランスを崩すワケもなく、かつ和雅がチエから物理的な影響を受けるワケもなかった。
「ねぇ!」チエが叫ぶ。「顔色変えて、どうしたっていうの!?」
「あぁ!?」
和雅が厳しい口調で訊き返す。だが、それは走ることに集中して聞き耳を立てる余裕すらないようでもあったし、疾走する中で、風の音がうるさくてチエの声が耳まで届かないといった様子でもあった。チエは同じことを、若干のイラ立ちを見せながら繰り返す。和雅は鬼気迫る表情でいう。
「今急いでんだ、後にしてくんねぇか!?」
チエはやや不貞腐れ気味になっていう。
「何、さっきまであんなに情けない感じだったのに」
「知るか。これ以上、誰かを見捨てるワケにはいかねえんだよ」
「せっかく佐野が見逃してくれたのに、それを無駄にするの?」
「それはそれ、これはこれだ! それにこれが例の事件と繋がりがあるなんて確証は何処にもねえからなぁ! 仮に繋がっていたとしても、おれは鉄砲玉になってでもあの子たちを助けてやりてえんだ!」
「......アンタに何が出来るっていうの、それなら警察にーー」
「電話の主の子のお父さんが川澄の生安課の人だ。それにその子の担任の妹さんが元警官の現探偵だ。きっと、力になってくれる」
「だとしたら、余計にアンタはーー」
「うるせえ! 早急に動かなきゃ、マズイことになりそうな時に、黙ってうつむいてる暇なんか、おれにはねえんだ!」
「......そう」チエは寂しそうにいう。「ひとつ、訊いていい?」
「何だ!?」
だが、チエは何もいわない。それから少しして、
「......ううん、何でもない」
出来ることなら、もっと早く、アナタに会いたかった。だが、そのことばは和雅の耳に届くことはなかったーー
【続く】