【冷たい墓石で鬼は泣く~弐拾漆~】

文字数 1,061文字

 当たり前の話でしかなかった。

 何が、といわれるかもしれないが、それは至極単純な話。わたしがまともに生きられるワケがない、ということだった。

 そもそも、これまで牛野の屋敷にて何不自由なく暮らしていたというのに、屋敷を出た今となってはろくな銭もなく、雨風を凌ぐ場所もない。宿を取ればいい話ではあるが、その宿を取るのにも銭が必要となる。

 銭を稼ぐには仕事をしなければならない。とはいえ、ポッと出で浪人となったわたしに出来ることといえば、精々ちょっとした力仕事くらいだろう。物乞いは出来ないし、用心棒にもなれない。それがわたしだった。

 わたしの中にはまだ旗本家の長男という誇りがあったのかもしれない。故に身を大きく落とすことが出来なかったのだ。それに、武術の腕が立たないわたしでは、用心棒になんて勤まるはずがなかったから。

 街を出て、わたしは街道を歩き続けた。結構歩いた気がしても、それは気のせいだった。すべては疲労が見せる幻想でしかなかった。やはりわたしは随分とヌクヌクした生活をしていたのだろう。まともに鍛えられていないことがこういうところで露呈する。

 わたしは路傍の大きな石に腰をおろした。竹筒に入った水を飲み、顔にへばりついた汗を筒袖で拭った。息が泥のようにネットリしていたような気がした。

 わたしは懐からあるモノを取り出した。

 かんざしが一本。 

 おはるのかんざしだった。

 わたしが何故おはるのかんざしを持っていたか。それは街を出る前におはるの墓参りに訪れた寺でのことだった。住職に少し待つようにいわれ、そのまま待つと、住職はわたしに布でくるまれた何かを手渡して来た。

 それがおはるのかんざしだった。

 引き取り手のなかったおはるの亡骸は、無縁仏も同然に寺の一角に埋められることとなった。そんな中、住職は何もなく葬られるおはるを哀れに思い、彼女の魂が少しでも癒されるよう、彼女の身につけていたかんざしをお焚き上げしようとしていたらしい。

 が、そこにわたしが現れた。住職は生前にこころを通わせた者が持つべきだ、とわたしにかんざしを持たせた。

 そう、わたしは今、おはるの遺品を持って旅をしている。彼女の形見を持っていれば、どんな苦しみにも堪えられるだろう。とはいえ、現実は想像を容易く越えていく。

 わたしはかんざしを眺めながら涙した。

 これからどう生きていけばいい。不安が真っ黒な影となってわたしのこころを押し潰そうとしていた。

 馬乃助、お前は今、どこで何をしている。

 わたしはおはるのかんざしをグッと握り締めた。

 【続く】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み