【冷たい墓石で鬼は泣く~伍拾捌~】
文字数 1,116文字
人間、何でもかんでも御意といっていれば軽んじられるのはいうまでもない。
相手が人格者ならば、むしろ御意といってそのお方のために何かをしたいと思うだろうが、問題は相手がろくでなしの場合である。その場合はこちらが御意という度に相手方の地位は上がり、こちらの立場はどんどん低くなって行く。別にそんなことはないのだろうが、問題は相手方が勝手にそのような判断を下し、こちらを扱うようになることだ。
今いったようなことを平気でやるような者は、はるかなる上の身分でも、穢多や非人のような人格そのモノを否定されているような人たちにも存在する。
今考えると父上はそういうお方だった。基本的にこちらを見下しており、わたしや馬乃助がいうことを聞くのは当たり前で、一切の反抗は許さない。これはもちろん、親と子という関係だからこそなのかもしれないが、いってしまえば、わたしは暴力といった脅威によって常に御意ということを強いられて、そういい続けて来た。だが、わたしは聞き分けの良い子供という扱いではなく、殆どが奴隷のような、父上の飼う忠実な鷹のような扱いと同じだったといって良かった。
逆に馬乃助の場合はあまりに聞き分けが悪すぎ、にも関わらず学問も武術も一番の成績を修めていたこともあり、かつ跡継ぎとして該当しなかったこともあって、殆ど放っておかれていた。いや、もしかしたら、父上はこの反抗的な優等を恐れていたのかもしれない。自分はいつか、この男に殺されるかもしれない、と。まぁ、それはーー
とはいえ、それは馬乃助だけでなく、わたしも同様だったようだ。わたしはそもそも学問も武術も大したことがなく、争いを避けるようにして他人に対して御意といい続けたたけの人間だったが、おはるの一件以来、わたしは父上に御意というのをやめた。
そして、安易に人に対して御意というのもやめて、今のようになっていた。
とはいえ、武田様にそうするワケにはいかなかった。少なくとも藤乃助様は人格者であり、わたしもこの方のためなら命を尽くしたいとすら思ったほどだった。
だが、藤十郎様は違った。むしろ藤十郎様は最初に挙げたふたつの例の後者、御意といえばいうほどに付け上がる部類のお人だった。
恐らく、わたしも藤十郎様にとっては体のいい道具だったに違いなかった。だが、あれ以来、わたしは藤十郎様に御意というばかりの生活をやめた。そもそも藤十郎様より、わたしは藤乃助様の従者なのだから、藤乃助様の命が第一であって、藤十郎様は二の次なのだった。だからこそ、場合によってはわたしは藤十郎様におことばを返すようになった。
そして、もうひとつ。わたしは藤十郎様の対面へと立つこととなったーー
【続く】
相手が人格者ならば、むしろ御意といってそのお方のために何かをしたいと思うだろうが、問題は相手がろくでなしの場合である。その場合はこちらが御意という度に相手方の地位は上がり、こちらの立場はどんどん低くなって行く。別にそんなことはないのだろうが、問題は相手方が勝手にそのような判断を下し、こちらを扱うようになることだ。
今いったようなことを平気でやるような者は、はるかなる上の身分でも、穢多や非人のような人格そのモノを否定されているような人たちにも存在する。
今考えると父上はそういうお方だった。基本的にこちらを見下しており、わたしや馬乃助がいうことを聞くのは当たり前で、一切の反抗は許さない。これはもちろん、親と子という関係だからこそなのかもしれないが、いってしまえば、わたしは暴力といった脅威によって常に御意ということを強いられて、そういい続けて来た。だが、わたしは聞き分けの良い子供という扱いではなく、殆どが奴隷のような、父上の飼う忠実な鷹のような扱いと同じだったといって良かった。
逆に馬乃助の場合はあまりに聞き分けが悪すぎ、にも関わらず学問も武術も一番の成績を修めていたこともあり、かつ跡継ぎとして該当しなかったこともあって、殆ど放っておかれていた。いや、もしかしたら、父上はこの反抗的な優等を恐れていたのかもしれない。自分はいつか、この男に殺されるかもしれない、と。まぁ、それはーー
とはいえ、それは馬乃助だけでなく、わたしも同様だったようだ。わたしはそもそも学問も武術も大したことがなく、争いを避けるようにして他人に対して御意といい続けたたけの人間だったが、おはるの一件以来、わたしは父上に御意というのをやめた。
そして、安易に人に対して御意というのもやめて、今のようになっていた。
とはいえ、武田様にそうするワケにはいかなかった。少なくとも藤乃助様は人格者であり、わたしもこの方のためなら命を尽くしたいとすら思ったほどだった。
だが、藤十郎様は違った。むしろ藤十郎様は最初に挙げたふたつの例の後者、御意といえばいうほどに付け上がる部類のお人だった。
恐らく、わたしも藤十郎様にとっては体のいい道具だったに違いなかった。だが、あれ以来、わたしは藤十郎様に御意というばかりの生活をやめた。そもそも藤十郎様より、わたしは藤乃助様の従者なのだから、藤乃助様の命が第一であって、藤十郎様は二の次なのだった。だからこそ、場合によってはわたしは藤十郎様におことばを返すようになった。
そして、もうひとつ。わたしは藤十郎様の対面へと立つこととなったーー
【続く】