【ナナフシギ~零~】

文字数 2,374文字

 サイレンは響く。

 赤いランプを光らせ、闇の中は赤と黒。まるで鮮血に染まったような光景がグロテスクに明滅する。その先に見えるのは苦痛に歪む男の顔。

「痛ぇーッ!」

 呻き声に叫び声、苦痛に歪む表情が発するは凄惨さを物語るショッキングなことば。シンプルなことば選びに強烈な語調が、そのキツさを象徴しているようだった。

「うるせぇなぁ……」

 呆れたような声がいう。声の主は、弓永龍だった。そして、叫んでいるのは、

 祐太朗だった。

「お前なぁ、少しは運動しろ? 骨密度ってのは骨に刺激を与えてこそ……」

「うるせぇ!」

 そう喚くと祐太朗は苦痛に顔を歪める。

 数十分前のことだった。祐太朗と弓永は久しぶりにふたりでラーメンを食いに行こうといい、五村のストリートにいた。で、祐太朗が金を降ろしたいと銀行に寄ったところで事件は起きた。突然、客のひとりが受付窓口にて拳銃を取り出したのだ。そう、強盗だ。

 辺りは騒然となった。みな騒ぐ余裕もなく、ことばを噛み殺していた。祐太朗はATMにて金を降ろし、弓永はうしろでそれを待っているだけだったが、まぁ、体よく巻き込まれてしまったワケだ。

「面倒くせぇな……」

 弓永は静かに舌打ちする。だが、祐太朗とはことばによるコンタクトは取れない。弓永は祐太朗を見る。祐太朗は状況を見、そして弓永を見た。弓永は視線と顔の動きで、自分がどう動くかを示した。祐太朗はそれに対して頷くだけで、犯人に気付かれないよう静かにその場から動き出した。

 犯人は簡易的にマスクをしている程度の変装度合い。その動きに落ち着きはない。弓永はいうまでもなく、この犯人を気弱なド素人と判断した。ならば簡単に確保出来る。だが、追い詰められたド素人こそ、何をしでかすかわからないこともあって、あまり出過ぎたマネは出来ないということも理解していた。

 持っている銃も十中八九エアガンだろう。それも比較的安物の。本物は素材もその機構も複雑だが、エアガンは素材はプラスチックが多く、機構も簡略化されている。遠目で見たところでそんなことがわかるのかとも思われるだろうが、見慣れてしまえば案外難しくはない。

 おまけに男の銃の構えは素人そのものだった。まずサバイバルゲームのような遊びにも興じたことはないだろうとひと目でわかってしまう。弓永はニヤリと笑い、焦燥する犯人に向かって歩み寄って行く。

 犯人は近づいて来る弓永に気づくと、慌てて銃を弓永に向ける。その手は、銃口は、ブルブルと震えている。

「来るな!」悲鳴のような犯人の声。「来ると……」

「射つか?」弓永は尚も止まることなく犯人に歩み寄って行く。

 犯人は弓永のことばに動揺を見せつつも大きく二、三度頷いて見せる。

「そ、そうだ! 撃つぞ! どうなっても知らないぞ!」

「なら教えてやるよ。お前がソイツを撃ったら、おれは最悪失明だろうな。皮膚に当たればちょっとした出血する程度か。まぁ、痛いだろうけど、死ぬこともないけどな」

 弓永は笑みを浮かべ、歩幅を狭め、さっきよりもゆっくりと歩み出した。

「こ、これが偽物だとでもいうのか……?」

「あぁ。だって、それ」弓永は破顔した。「エアガンかガスガン、だろ? いや、多分、お前みたいな金に困って強盗するようなケチくさいヤツは、高額のガスガン何かには手は出さないだろうな。せいぜい三千円程度で売ってる安物のエアガンがいいとこだろうな」

 犯人はハッとする。

「どうして、そう思うんだッ!?」

「銃口だよ。その銃は本来の口径にして点下44から約38が相場だ。中には点下50何てバケモノもあるが、その銃の口径はいいとこBB弾サイズ。それにな……」弓永は嗤う。「デザート・イーグルなんて、この日本じゃ裏を探しても手に入るワケないんだよ。それが手に入るなら、強盗何かしなくたって暮らして行けるしな」

 犯人は気持ち大きくうしろじさった。目は見開かれ、恐怖が宿っているようだった。

「まだ中国から輸入できるマカロフのほうが説得力はあったな。そういうとこだよ。お前、仕事出来ないだろ?」

「うるさい!……うるさい、うるさい、うるさい!」犯人はエアガンを近づいて来る弓永に向けるも弓永はそれに対して怯むことはない。

 次の瞬間、弓永は犯人の前から消えた。

 犯人はハッとし、銃を握る手を少し緩めた。が、弓永は唐突に現れた。下。完全に意識の外から現れた弓永は、犯人のすぐ手前。犯人は慌てて銃で応戦しようとしたが、時はすでに遅し。弓永のボディブローが犯人の腹部を捉えた。前のめりになる犯人に、弓永は続いて犯人の後頭部にハンマーパンチを叩き込む。

 犯人は一辺に崩れ落ちた。顔面から床に落ち、呻き声を上げる。

 弓永は犯人が手に持った銃を思い切り蹴り飛ばし安全を確保すると、犯人の側頭部に一撃サッカーボールキックを見舞った。

 犯人はカエルが潰れたような声を上げて痙攣し始めた。弓永は「こっちは非番だってのに……」と悪態をつきながら、犯人の腕を取って拘束し、カウンターの向こうにいる銀行の女子行員を見た。

「おい、お前」弓永は銀行の女子行員にいった。「さっさと警報出しな」

 弓永がいうと、女子行員は首を縦に振って何度もカウンター下のボタンを押した。

「祐太朗!」弓永は祐太朗のほうを振り返っていった。「手伝え」

「わかったよ。人使いが荒いな……」

 そうして祐太朗はゆっくりと歩み出したのだが、何の手違いか、

 その場で転んでしまったのだ。

 そして、とても鈍い音がした。

 一瞬の静寂。そして、祐太朗は叫び出した。

「痛ぇー!」

 どうやら転んだ時に右手の骨を折り、しかも崩れ方も悪かったのか左足も折ってしまったようだった。結果、こうして救急車に運ばれている、ということだ。

 何とも人騒がせな。弓永のため息は止まらなかった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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