【夜闇にまぎれて~四~】
文字数 1,008文字
『M19』を出たのは深夜の三時頃のことだった。
おれはボンド・マティーニに始まり、そこからギムレット、カミカゼと結構強めなカクテルを飲んですっかり酔ってしまっていた。
駅から実家までは歩いて三十分程度。地元とはいえ、埼玉の片田舎では普通にこの程度の時間は掛かってしまう。酔いを醒ますには、冷たい風に当たりながら歩いたほうがずっといいとはいえ、同時に喧騒の中で火照りを感じた後では、身体の熱的にはちょうどいいのに、この沈黙はとてつもなく寂しく感じられてならなかった。新調したBluetoothのイヤホンがこもって聴こえるのは、性能がどうというよりもおれ自身の酔いが結構ヘヴィだったからだと自分でもわかった。
歩いて歩いて、川に掛かった橋を渡り、実家のあるエリアを行くと、沈黙は更に強まった。このど田舎は新年を祝うよりも惰眠を貪るほうが性に合っているらしい。微かな川のせせらぎすら聴こえて来そうだった。
河川敷には微かな明かり。よく見ると川沿いで飲み会をやっている一団がいた。だが、しっぽりとやっているのか殆ど声は聴こえて来ない。ただ、目の悪いおれですら、彼らが楽しくやっている笑顔が見えた。
おれはひとり孤独だ。でも、今はそんな孤独な寂しさは感じられなかった。何処か気分が良かった。歩くスピードもいつも以上に早くなっているような気がする。童心に戻って立ちションでもしてみようかとも思ったが、さすがに品がないので止めた。
それにしても、みんな元気にしているだろうか。ふと、そんなことを思った。
友人たちの実家を通り過ぎる度にそいつらの顔が浮かび上がり、彼らとの記憶が蘇って来る。何だかんだ、久しぶりに帰ってきて良かったのかもしれないと思った。同じ外夢に住んでいるのだから、いつだって帰れるとはいえ、こういう時でもないと逆に帰りづらいというのも正直あった。
でも、それで良かったのかもしれない。思い出はたまに蓋を開けるから尊いのであって、いつものように過去を振り返っていては前に進めなくなってしまう。おれはまだ進まなければならない。何処へかはわからないが、止まることは出来ないのだ。
でも、あと少し、あと少しだけノスタルジアに浸らせてくれ。おれは歩く。街灯の白くて冷たい明かりが、真っ黒なアスファルトをボンヤリと照らしていた。おれはその軌跡を辿っていた。そしてーー
おれはゆっくりと光の差す闇へと歩いて行った。
【続く】
おれはボンド・マティーニに始まり、そこからギムレット、カミカゼと結構強めなカクテルを飲んですっかり酔ってしまっていた。
駅から実家までは歩いて三十分程度。地元とはいえ、埼玉の片田舎では普通にこの程度の時間は掛かってしまう。酔いを醒ますには、冷たい風に当たりながら歩いたほうがずっといいとはいえ、同時に喧騒の中で火照りを感じた後では、身体の熱的にはちょうどいいのに、この沈黙はとてつもなく寂しく感じられてならなかった。新調したBluetoothのイヤホンがこもって聴こえるのは、性能がどうというよりもおれ自身の酔いが結構ヘヴィだったからだと自分でもわかった。
歩いて歩いて、川に掛かった橋を渡り、実家のあるエリアを行くと、沈黙は更に強まった。このど田舎は新年を祝うよりも惰眠を貪るほうが性に合っているらしい。微かな川のせせらぎすら聴こえて来そうだった。
河川敷には微かな明かり。よく見ると川沿いで飲み会をやっている一団がいた。だが、しっぽりとやっているのか殆ど声は聴こえて来ない。ただ、目の悪いおれですら、彼らが楽しくやっている笑顔が見えた。
おれはひとり孤独だ。でも、今はそんな孤独な寂しさは感じられなかった。何処か気分が良かった。歩くスピードもいつも以上に早くなっているような気がする。童心に戻って立ちションでもしてみようかとも思ったが、さすがに品がないので止めた。
それにしても、みんな元気にしているだろうか。ふと、そんなことを思った。
友人たちの実家を通り過ぎる度にそいつらの顔が浮かび上がり、彼らとの記憶が蘇って来る。何だかんだ、久しぶりに帰ってきて良かったのかもしれないと思った。同じ外夢に住んでいるのだから、いつだって帰れるとはいえ、こういう時でもないと逆に帰りづらいというのも正直あった。
でも、それで良かったのかもしれない。思い出はたまに蓋を開けるから尊いのであって、いつものように過去を振り返っていては前に進めなくなってしまう。おれはまだ進まなければならない。何処へかはわからないが、止まることは出来ないのだ。
でも、あと少し、あと少しだけノスタルジアに浸らせてくれ。おれは歩く。街灯の白くて冷たい明かりが、真っ黒なアスファルトをボンヤリと照らしていた。おれはその軌跡を辿っていた。そしてーー
おれはゆっくりと光の差す闇へと歩いて行った。
【続く】