【西陽の当たる地獄花~漆~】
文字数 2,354文字
門の中には更なるふたつの巨大な門。
右の門は豪奢で何処か荘厳な趣がある。だが、左の門はどことなく質素で、余り派手とはいえないが、何処となくまがまがしさが門扉から放たれているように思える。
「小便小僧、何だこれは?」
牛馬が訊ねると、四天王のひとりだった小便垂らしの若い鬼は苦い顔をして、
「小便小僧とかいわないで下さいよ。ぼくには一応『鬼水』って名前があるんですから」
「名前なんかどうでもいい。この門は一体何なんだ?」苛立たしげな牛馬。
「……まぁ、お察しはついているんじゃないですか? 天と地獄の門ですよ」
鬼水はふたつの門についての説明を始める。一見して豪奢な右側の門、これは所謂『地獄門』で、中はいうまでもなく地獄へと続いている。逆に左は『極楽門』で、所謂天国ーー極楽へと続いているということだ。
「でも、見た感じ、右が極楽、左が地獄って感じがするが、な」
「それも狙いのひとつなんですよ。此所に来る者は、自分が極楽か地獄か、どちらに行くか知らない。それを知るのは閻魔様だけです。そこで閻魔様はあからさまな地獄という雰囲気を門扉から見せないように、大枚はたいて門扉を着飾ることにしたんですよ」
「……そうなのか」
「ちなみに、門を潜ってから何百丈かは整備もしっかりしていて、一見すると極楽と見紛うほどだともいわれています」
「何だそれ。現実の牢屋敷と違って随分だな」
「でも、あちらもあながちウソはついていないと思いますよ」鬼水は極楽門に目をやる。
「どういうことだ?」
「極楽は和平の国、だなんて大ウソだってことです。門扉を見て下さい。あのまがまがしい感じ。一見してあっちのほうが地獄に思えるでしょう? とはいえ、名前が違うだけで、フタを開けてみれば中身は地獄みたいなモンですよ」
「何がそんなに酷ぇんだよ」
「助けてくれぇ!」
突然、悲痛な喚き声。その数、五つ。かと思いきや左の門扉に備え付けられた小さな門から五人の男たちが流れ込んで来る。
「おい! 貴様ら何をしている!?」
五人の男たちの元へ駆け寄る門番。牛馬と鬼水はそれを横目で見ている。男たちは純白の着物を着ており、見た感じは清潔で、これといった不自由さは見て取れない。だが、その表情には鬼気迫るモノがあり、まるで地獄を見てきたかのよう。
「オラは……、おらはもうイヤだッ!」逃げ込んで来た男のひとりがいう。
「そうだ! 何が極楽浄土だ、こんなんじゃ、生きてた頃の江戸より酷ぇでねぇか!」
うるさいと一蹴する門番たち。警杖をもって五人の動きを制圧する。そして、門番の中で最も格のありそうなひとりが、
「おい、貴様!」と指差す。
「……あ?」
門番たちが指を差していたのは、紛れもない牛馬だった。牛馬は眉間にシワを寄せ、不満そうに声を上げる。だが、そんなことにはお構い無しといった調子で、門番は、
「貴様だ、貴様ッ! この五人の首を跳ねろ」
鬼水が牛馬の肩を叩く。
「止めて下さいよ。まだ……」
「うるせぇ」鬼水の手を振り払う牛馬ーーそのまま門番と極楽から逃げてきた五人の男の元へ。「コイツらの首を跳ねろって?」
「そうだ、さっさとしろ!」
「お助けを……!」
白装束の男たちが叫ぶ。牛馬は一瞬ギロリと門番を見た。が、鬼水と目配せをすると、首を横に振る鬼水を見て大きくため息をつき、
「……わかったよ」牛馬は五人に、「そこに並んで座りな」
牛馬のことばに五人の男たちは震え上がり、より強く命乞いをする。だが、それも門番の折檻によってすぐに制されてしまう。
震える五人の男たちーーその一番右端の男のうしろに、牛馬は刀を肩に担いで立つ。
「何かいい残すことは?」
牛馬がいうと、男は震えるのを止め、牛馬のほうを振り返る。門番は、
「待てッ! そんなことはーー」
「打ち首にする時はそうするモンだぜ。それにコイツらがどんなに恨みつらみをいったところで、どうせいった刹那に死んじまうんだ。何をいわせたところで問題ねぇだろ。それに、そうやって一々突っ掛かってくると、間違ってテメェの首を跳ねちまうかもしれねぇぜ?」
牛馬のいい分に門番は黙り、
「……勝手にしろ」
とうしろに下がる。牛馬は改めて刀を構え直し、
「さて、何かいい残すことは?」
そう訊ねられた男は、まるでここまでの恨みを表面化させるかのように再び震え出し、何をいうかを厳選するかのように黙っている。が、
「何でもいい。どうせ死んじまうんだ。いえないような恨みつらみでも何でもいっちまえ」
と牛馬にいわれると、男は背中を押されたかのように意を決して、
「オラは……、極楽の連中、牛耳ってる連中を絶対に許さないだ!」
そこでことばは途切れ、男の首と身体は前へと倒れる。更に引き続いて、
「何が極楽だ! これじゃ地獄と変わらねぇだ!」
「神だか仏だか知らねぇが、オラ許せねぇ、御上はオラたち人間をゴミぐらいにしか思ってないだ!」
「生きても地獄、死んでも地獄。オラはもう消え去ってしまいたいだ……」
「……オラたちのことを忘れないで欲しいだ」
四つの遺言、四つの肉を斬る音。五つすべての首が肉体と繋がった、所謂『首の皮一枚で繋がった状態』で前に落ちている。
「……終わったぜ」
牛馬がいうと、門番の男は不満げに五つの亡骸に近づき、そのひとつを足蹴にする。
「こんな連中を殺すのに随分と時間を食ってしまった。さ、早く門の中へーー」
「待てよ。アンタ、名前は何ていうんだ?」
「は?」
「名前だよ、名前。あるんだろ?」
「そんなこと関係ーー」
「いいだろ? 教えろよ。後で礼参りしなきゃならなくなるかもしれないしな」
門番は口をモゴモゴさせつつ、
「『左門』だ」
「……ほぅ、左門さんか。覚えておくぜ」
牛馬は妖しく笑ったーー
【続く】
右の門は豪奢で何処か荘厳な趣がある。だが、左の門はどことなく質素で、余り派手とはいえないが、何処となくまがまがしさが門扉から放たれているように思える。
「小便小僧、何だこれは?」
牛馬が訊ねると、四天王のひとりだった小便垂らしの若い鬼は苦い顔をして、
「小便小僧とかいわないで下さいよ。ぼくには一応『鬼水』って名前があるんですから」
「名前なんかどうでもいい。この門は一体何なんだ?」苛立たしげな牛馬。
「……まぁ、お察しはついているんじゃないですか? 天と地獄の門ですよ」
鬼水はふたつの門についての説明を始める。一見して豪奢な右側の門、これは所謂『地獄門』で、中はいうまでもなく地獄へと続いている。逆に左は『極楽門』で、所謂天国ーー極楽へと続いているということだ。
「でも、見た感じ、右が極楽、左が地獄って感じがするが、な」
「それも狙いのひとつなんですよ。此所に来る者は、自分が極楽か地獄か、どちらに行くか知らない。それを知るのは閻魔様だけです。そこで閻魔様はあからさまな地獄という雰囲気を門扉から見せないように、大枚はたいて門扉を着飾ることにしたんですよ」
「……そうなのか」
「ちなみに、門を潜ってから何百丈かは整備もしっかりしていて、一見すると極楽と見紛うほどだともいわれています」
「何だそれ。現実の牢屋敷と違って随分だな」
「でも、あちらもあながちウソはついていないと思いますよ」鬼水は極楽門に目をやる。
「どういうことだ?」
「極楽は和平の国、だなんて大ウソだってことです。門扉を見て下さい。あのまがまがしい感じ。一見してあっちのほうが地獄に思えるでしょう? とはいえ、名前が違うだけで、フタを開けてみれば中身は地獄みたいなモンですよ」
「何がそんなに酷ぇんだよ」
「助けてくれぇ!」
突然、悲痛な喚き声。その数、五つ。かと思いきや左の門扉に備え付けられた小さな門から五人の男たちが流れ込んで来る。
「おい! 貴様ら何をしている!?」
五人の男たちの元へ駆け寄る門番。牛馬と鬼水はそれを横目で見ている。男たちは純白の着物を着ており、見た感じは清潔で、これといった不自由さは見て取れない。だが、その表情には鬼気迫るモノがあり、まるで地獄を見てきたかのよう。
「オラは……、おらはもうイヤだッ!」逃げ込んで来た男のひとりがいう。
「そうだ! 何が極楽浄土だ、こんなんじゃ、生きてた頃の江戸より酷ぇでねぇか!」
うるさいと一蹴する門番たち。警杖をもって五人の動きを制圧する。そして、門番の中で最も格のありそうなひとりが、
「おい、貴様!」と指差す。
「……あ?」
門番たちが指を差していたのは、紛れもない牛馬だった。牛馬は眉間にシワを寄せ、不満そうに声を上げる。だが、そんなことにはお構い無しといった調子で、門番は、
「貴様だ、貴様ッ! この五人の首を跳ねろ」
鬼水が牛馬の肩を叩く。
「止めて下さいよ。まだ……」
「うるせぇ」鬼水の手を振り払う牛馬ーーそのまま門番と極楽から逃げてきた五人の男の元へ。「コイツらの首を跳ねろって?」
「そうだ、さっさとしろ!」
「お助けを……!」
白装束の男たちが叫ぶ。牛馬は一瞬ギロリと門番を見た。が、鬼水と目配せをすると、首を横に振る鬼水を見て大きくため息をつき、
「……わかったよ」牛馬は五人に、「そこに並んで座りな」
牛馬のことばに五人の男たちは震え上がり、より強く命乞いをする。だが、それも門番の折檻によってすぐに制されてしまう。
震える五人の男たちーーその一番右端の男のうしろに、牛馬は刀を肩に担いで立つ。
「何かいい残すことは?」
牛馬がいうと、男は震えるのを止め、牛馬のほうを振り返る。門番は、
「待てッ! そんなことはーー」
「打ち首にする時はそうするモンだぜ。それにコイツらがどんなに恨みつらみをいったところで、どうせいった刹那に死んじまうんだ。何をいわせたところで問題ねぇだろ。それに、そうやって一々突っ掛かってくると、間違ってテメェの首を跳ねちまうかもしれねぇぜ?」
牛馬のいい分に門番は黙り、
「……勝手にしろ」
とうしろに下がる。牛馬は改めて刀を構え直し、
「さて、何かいい残すことは?」
そう訊ねられた男は、まるでここまでの恨みを表面化させるかのように再び震え出し、何をいうかを厳選するかのように黙っている。が、
「何でもいい。どうせ死んじまうんだ。いえないような恨みつらみでも何でもいっちまえ」
と牛馬にいわれると、男は背中を押されたかのように意を決して、
「オラは……、極楽の連中、牛耳ってる連中を絶対に許さないだ!」
そこでことばは途切れ、男の首と身体は前へと倒れる。更に引き続いて、
「何が極楽だ! これじゃ地獄と変わらねぇだ!」
「神だか仏だか知らねぇが、オラ許せねぇ、御上はオラたち人間をゴミぐらいにしか思ってないだ!」
「生きても地獄、死んでも地獄。オラはもう消え去ってしまいたいだ……」
「……オラたちのことを忘れないで欲しいだ」
四つの遺言、四つの肉を斬る音。五つすべての首が肉体と繋がった、所謂『首の皮一枚で繋がった状態』で前に落ちている。
「……終わったぜ」
牛馬がいうと、門番の男は不満げに五つの亡骸に近づき、そのひとつを足蹴にする。
「こんな連中を殺すのに随分と時間を食ってしまった。さ、早く門の中へーー」
「待てよ。アンタ、名前は何ていうんだ?」
「は?」
「名前だよ、名前。あるんだろ?」
「そんなこと関係ーー」
「いいだろ? 教えろよ。後で礼参りしなきゃならなくなるかもしれないしな」
門番は口をモゴモゴさせつつ、
「『左門』だ」
「……ほぅ、左門さんか。覚えておくぜ」
牛馬は妖しく笑ったーー
【続く】