修道院に入れられた理由

文字数 1,445文字

新しく2000字家族小説に『僕が修道院に入れられた理由』を投稿しました。作品のページには下の写真から入ってください。
そこで今回は皆さんが修道院に入れられた、あるいは自分の意志で入った理由とその当時の気持ちを教えてください。
余が修道院に入ったのは父上の意向だ。アルフォンソ兄上は戦士王、余は修道士王と呼ばれているが、それは本人の意志や性格の違いよりも、そういう役割を父上から与えられ、それを忠実に守った結果そうなったのだと思う。アルフォンソ兄上も余も戦士、修道士という役割は完璧に果たした。だがそれに王がついてしまうとうまくいかないことが多々あった。
私は自分の意志で修道士になった。きっかけは失恋したこととキリスト教徒の残虐行為に疑問を感じていたことが重なって俗世間で生きるのがいやになった。
僕はけっこういい家柄の子だったのに、親の都合で捨てられるような形で修道院に入れられた。だから最初はグレていた。
それは僕と同じだね。親は何かあればすぐ子供を修道院に入れてしまうけど、あれはひどいと思う。
私は修道士ではないけど、あの修道院で働こうと思ったきっかけは図書館だった。あの図書館は豪華な写本だけでなく、実に雑多な本が整理されることなく置かれている。
どうしてきちんと整理しないのですか?図書館の上の方の部屋は迷路のようになっていて、足の踏み場もないくらい本が積み重なり、趣味の悪い絵や置物が飾ってある。せっかくいい本が置いてあるのだから、もう少しセンスよくした方がいいと思います。
そんなことしたら、あそこにある貴重な本の多くが異端審問所に没収されてしまう。役人が詳しく調べようという気をなくすため、わざとごちゃごちゃにしている。あそこには一生かかっても読みつくせないほどの本がある。
僕が生きていた頃は、図書館の本は上の部屋も含めてきちんと整理していたよ。こう見えて僕はなかなか几帳面で仕事ができるタイプだから。
時代が変わったのだから仕方がない。私たちの望みはあそこの本が後の時代まで残ることだ。
小説にも書いてあるのですけど、あの修道院は本当に死者とか亡霊が多いですよね。本も多いけど、死者や亡霊もたくさんいてゴチャゴチャしている。
そなたは死者と亡霊をどのように区別している?
死者というのは戦争とか疫病などでたくさんの人が同じ時期に死んだ場合に埋葬やミサが間に合わなくて幽霊として出ます。この場合は個人の恨みではないので、優れた聖職者や修道士がいれば、自然に浄化されて行くべきところに行かれます。一方亡霊は個人の感情や記憶なので、そう簡単に消えるものではない、それぞれ元の魂に出会うまでずーっといると思います。
もしかして私らのいる修道院は生きている人間よりも死んだ人間の方が多いのか?
もちろんそうです。僕たちのいる修道院は居心地がいいと評判ですから。
勝手にそういう噂を流さないで欲しい。
死者にとって居心地がよくても、それが生きている人間にとっても同じかはわからないです。特に僕のように他の生活を知っていて孤児院に入れられるとショックも大きいです。
それは僕も同じです。前の生活がいいほど、絶望も深いです。
僕たちの時代は、修道院に入れる以外にも親戚の家や学者の家に預けたりと選択肢はいろいろあったはずです。子供は選べないのですから、親がどこに入れたら子供の将来がよくなるか、考えて選んで欲しいです。
小説のテーマはだいたい今の話と同じです。
子供の将来は親の選択でほぼ決まってしまう、昔は大変だったにゃー。
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登場人物紹介

ラミロ2世。アラゴンの王様だったがいろいろあって今は亡霊となっている

ペトロニーラ。アラゴン女王の名前を使っているがただの主婦。小説家になりたいと思っている。

フェリペ、16世紀のスペインの修道院で暮らすユダヤ人の少年。父親に捨てられて心を閉ざしていたが、ニコラス医師の指導で本来の明るさを取り戻す。まじめで勉強熱心。

ニコラス医師。修道院内の病院の医師で、孤児たちに勉強も教える。心を閉ざしていたフェリペを気にかけ、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教える。

フアン1世。不真面目王と呼ばれ業績を残さずに死んだが、娘のヨランド・ダラゴンが勝利王シャルル7世を支えている。

ハインリヒ7世。皇帝フリードリヒ2世の長男でアラゴンの血も引いている。父と対立して反乱を起こし降伏して目を潰され。幽閉されて悲劇的な人生の幕を閉じる。

ペドロ2世。ラミロ2世のひ孫でレコンキスタの英雄。戦闘能力はかなり高く、ファンタジー映画やゲームの中では主要キャラになるタイプだが、なぜか小説の中で影が薄い。

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