フランス王ルイ6世(1)

文字数 943文字

フランス王ルイ6世についてです。作品集は下の画像から入ってください。
ルイ6世(1081年ー1137年)はフランス・カペー朝の第5代国王(在位1108年ー1137年)第4代国王フィリップ1世と最初の王妃ベルト・ド・オランドの子。肥満王または戦士王と呼ばれた。
肥満王と戦士王では印象がかなり違いますね。
余は戦士王というのが気に入った。強ければ太っているかどうかはどうでもいい。
強力なイングランド王ヘンリー1世、ローマ皇帝ハインリヒ5世に挟まれながらフランス王権の防衛に努めた。
大変な時代に王になっていますね。
洗礼名はルイ・ティボー。フランス王フィリップ1世と初婚の王妃ベルトとの間に生まれた4人の息子の長男で、聖職者になった三男シャルルを除き唯一成人した王子であった。
この時点では正当な王位継承者ですね。
父王フィリップ1世は1092年にルイの母ベルトと離婚し、有夫の身であったベルトラード・ド・モンフォールと再婚したが、これを巡ってローマ教皇ウルバヌス2世と対立し、破門を受けて父は醜聞により権威を失った。そのため、ルイは王になる前から国の実権を握っていた。
私の父ペドロ4世は年を取ってから再婚しました。私は王位継承がややっこしくなるからと大反対しました。フィリップ1世は王妃がいるのに離婚して夫のいる女と再婚し、教皇と対立して破門されている、不真面目王と言われた私がこう言うのもなんですが、王の自覚がまるでない大バカ者です。
その同年、当時ルイは10歳程だったが、父王フィリップからヴェクサン、マントとポントワーズの町の統治を任され、イングランド王ウィリアム2世の攻撃からこれらの領を守らなければならなくなった。
大変な苦労をしていますね。
宮廷に居場所がなかったルイは所領の町ポントワーズにて独りで暮らし、寝具の毛布すら与えられず、マントに身を包んで眠る有様であった。幼少期をサン=ドニ修道院付属サン=ドニ・ド・レストレ僧院学校で過ごし、そこで生涯の友シュジェールと出会う。
私の義理の孫シャルル7世も幼少期はイザボー王妃に見捨てられ、見かねた侍女に勧められて修道院に入るなど、大変な苦労をしています。王子がこのような扱いを受けるなんて許せないです。
ルイ6世は子供の頃大変な苦労をしたようです。
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登場人物紹介

ラミロ2世。アラゴンの王様だったがいろいろあって今は亡霊となっている

ペトロニーラ。アラゴン女王の名前を使っているがただの主婦。小説家になりたいと思っている。

フェリペ、16世紀のスペインの修道院で暮らすユダヤ人の少年。父親に捨てられて心を閉ざしていたが、ニコラス医師の指導で本来の明るさを取り戻す。まじめで勉強熱心。

ニコラス医師。修道院内の病院の医師で、孤児たちに勉強も教える。心を閉ざしていたフェリペを気にかけ、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教える。

フアン1世。不真面目王と呼ばれ業績を残さずに死んだが、娘のヨランド・ダラゴンが勝利王シャルル7世を支えている。

ハインリヒ7世。皇帝フリードリヒ2世の長男でアラゴンの血も引いている。父と対立して反乱を起こし降伏して目を潰され。幽閉されて悲劇的な人生の幕を閉じる。

ペドロ2世。ラミロ2世のひ孫でレコンキスタの英雄。戦闘能力はかなり高く、ファンタジー映画やゲームの中では主要キャラになるタイプだが、なぜか小説の中で影が薄い。

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