ゴドフロワ・ド・ブイヨン(2)

文字数 815文字

ゴドフロワ・ド・ブイヨンについての続きです。作品集は下の画像から入ってください。
ゴドフロワ・ド・ブイヨンは1060年頃、ブローニュ伯ウスタシュ2世の次男として生まれた。母親はイド・ド・ブローニュであり、イドはゴットフリート顎鬚公の娘である。ゴドフロワの生誕地はブローニュとされているが、13世紀の年代記によると彼はベルギー、ブラバン・ワロン州のバイジーの生まれであるという。彼は次男の生まれであったため、貴族としての出世の機会が兄と比べて非常に少なかった。しかし彼の母型の叔父のゴットフリート4世が子供を持つことなく亡くなったことを受け、ゴドフロワは下ロレーヌ公国を継承することとなった。この公国はフランス・ドイツ間の緩衝地帯になっていたとされており、政治的に非常に重要な地域の一つであった。
ゴドフロワは次男であったけど、運よく下ロレーヌ公国を継承したのですね。僕の家は貴族ではなく父さんは商人だけどかなりお金持ちだった、だから義母は長男である僕が邪魔で意地悪をしたのだと今ならわかります。
実際、下ロレーヌ地域は神聖ローマ帝国からも重要地域と見做されていたとされ、1076年にはのちの神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が下ロレーヌ公に自分の息子を任じ、ゴドフロワにはブイヨン地域とアントウェルペン辺境伯国のみを与えたという。言い伝えによれば、この処遇はハインリヒ4世がゴドフロワの忠誠を試すために行ったとされる。ゴドフロワはハインリヒ4世に対する忠誠を守り、叙任権闘争でローマ教皇グレゴリウス7世と対立するハインリヒ4世を支援した。そして彼はハインリヒ帝と共にシュヴァーベン公ルドルフの軍勢と戦い、ハインリヒ帝がローマに入城した際にはイタリアへ従軍した。
ハインリヒ4世とローマ教皇グレゴリウス7世の叙任権闘争とカノッサの屈辱は世界史で有名です。ゴドフロワの生きた時代、十字軍の遠征が始まる前に世界史で有名な事件があったことに驚きました。
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登場人物紹介

ラミロ2世。アラゴンの王様だったがいろいろあって今は亡霊となっている

ペトロニーラ。アラゴン女王の名前を使っているがただの主婦。小説家になりたいと思っている。

フェリペ、16世紀のスペインの修道院で暮らすユダヤ人の少年。父親に捨てられて心を閉ざしていたが、ニコラス医師の指導で本来の明るさを取り戻す。まじめで勉強熱心。

ニコラス医師。修道院内の病院の医師で、孤児たちに勉強も教える。心を閉ざしていたフェリペを気にかけ、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教える。

フアン1世。不真面目王と呼ばれ業績を残さずに死んだが、娘のヨランド・ダラゴンが勝利王シャルル7世を支えている。

ハインリヒ7世。皇帝フリードリヒ2世の長男でアラゴンの血も引いている。父と対立して反乱を起こし降伏して目を潰され。幽閉されて悲劇的な人生の幕を閉じる。

ペドロ2世。ラミロ2世のひ孫でレコンキスタの英雄。戦闘能力はかなり高く、ファンタジー映画やゲームの中では主要キャラになるタイプだが、なぜか小説の中で影が薄い。

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