モンフェラート侯コンラート1世(1)

文字数 754文字

エルサレム女王イザベル1世の2番目の夫モンフェラート侯コンラート1世についてです。作品集は下の画像から入って下さい。
コンラート1世、フランソワ=エドゥアール・ピコ画、1843年と書いてありました。同じ画家がギー・ド・リュジニャンの肖像画も描いています。
コンラート1世(1146年ー1192年4月28日)は、モンフェラート侯。エルサレム王即位直前に暗殺教団の凶刃に倒れた第3回十字軍側の英雄の一人。通称はコンラド。彼の武勇はイスラム側からは、アル=マルキシュの名で恐れられていた。
暗殺教団に暗殺されたということは、それだけイスラム教徒に恐れられていたからでしょうか?
暗殺教団に暗殺されたなんて冗談みたいですね。
イタリアでも名族で知られたモンフェラート侯アレラーミチ家の出身。1179年、モンフェラート侯爵と当時の東ローマ帝国皇帝・マヌエル1世コムネノスとの同盟に基づき、コンラドは群を率いて出征し、帝国の内乱を鎮圧した。コンラドは知勇兼備の名将であったことから恐れられたが、この頃に東ローマ帝国は次々と皇帝が変わり、1185年に即位した皇帝イサキオス2世アンゲロスがとりわけ暗愚なために帝国の内乱は増える一方だった。
エルサレム王国も東ローマ帝国も混乱していて、そういう時代は力のある者が求められるのですね。
1186年の冬、イサキオス2世アンゲロスは彼に自分の姉テオドアを妻とするよう要請し、このころ東ローマを去って十字軍に加わろうと考えていたコンラドもこれを受け入れた。1187年春に結婚式がコンスタンティノープルで行われ、このことで家格もその存在も一段と高まった。結婚後すぐさまアレクシオス・ブラナス将軍の反乱の鎮圧に向かい、将軍を殺して反乱を収束させた。
コンラート1世は最初東ローマ帝国で活躍したようです。
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登場人物紹介

ラミロ2世。アラゴンの王様だったがいろいろあって今は亡霊となっている

ペトロニーラ。アラゴン女王の名前を使っているがただの主婦。小説家になりたいと思っている。

フェリペ、16世紀のスペインの修道院で暮らすユダヤ人の少年。父親に捨てられて心を閉ざしていたが、ニコラス医師の指導で本来の明るさを取り戻す。まじめで勉強熱心。

ニコラス医師。修道院内の病院の医師で、孤児たちに勉強も教える。心を閉ざしていたフェリペを気にかけ、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教える。

フアン1世。不真面目王と呼ばれ業績を残さずに死んだが、娘のヨランド・ダラゴンが勝利王シャルル7世を支えている。

ハインリヒ7世。皇帝フリードリヒ2世の長男でアラゴンの血も引いている。父と対立して反乱を起こし降伏して目を潰され。幽閉されて悲劇的な人生の幕を閉じる。

ペドロ2世。ラミロ2世のひ孫でレコンキスタの英雄。戦闘能力はかなり高く、ファンタジー映画やゲームの中では主要キャラになるタイプだが、なぜか小説の中で影が薄い。

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