ウエスカの鐘の真実

文字数 2,556文字

ラミロ2世のパネルの下に書いてあった『ウエスカの鐘』伝説について、もう1度振り返ってみます。作品集には下のパネル写真から中に入ってください。
La leyenda de la campana de Huesca
ウエスカの鐘の伝説
Según cuenta la Crónica de San Juan de la Peña, del siglo ⅩⅣ, reinando Ramiro el Monje en Aragón (S. ⅩⅡ) habia algunos nobles que se mofaban de él y no acataban sus ordenes, el rey ante la situación mandó un mensajero al monasterio de San Ponce de Tomeras, para pedir consejo a su antiguo maestro, el abad.
サン・フアン・デ・ラ・ペーニャの14世紀の年代記によると、アラゴンの修道士王ラミロの治世(12世紀)何人かの貴族は彼をあざけり命令に従わなくなり、王はこの状況を前にして、昔の師が修道院長をしているサン・ポンセ・デ・トメラス修道院に使者を送り、助言を求めた。
Este, sí mediar palabra, condujo al mensajero al huerto y, con un cuchillo, fue cortando las coles que más sobresalian, las más altas, y le dijo "ve y cuéntale al rey lo que has visto".
そこで王の伝言を伝えると、修道院長は使者を菜園に連れて行き、ナイフを使って突き出たり大きくなり過ぎたキャベツを切り、こう言った『よく見て見たことを王に伝えなさい』
Ramiro entendió el mensaje de su maestro y convocó a los nobles que se oponian a su gobíerno, diciéndoles que iba a hacer una campana que se oyese en todo el reino, uno a uno les fue cortando la cabeza, restableciendo la paz.
ラミロは師の助言を理解し、彼の統治に反対した貴族達を招集し、これから国中に音が聞こえる鐘を作ると言って、1人ずつ彼らの首を切り、秩序を取り戻した。
En las distintas versiones de la leyenda aparecen otros detalles. 
この伝説は細かい点では別の解釈もある。
Pero hay un hecho comprobado por los histriadores que ocurrió durante el reinado de RamiroⅡque puede ser la base de la misma, el rey ajustició a siete nobles aragoneses que rompieron una tregua que había establecido con los almorávides.
だが歴史学者によってラミロ2世の治世で似たような事件が起きたことは立証されていて、ムラビート朝との間に結ばれた休戦協定を壊したアラゴン人の貴族7人を王は処刑した。
La verdad es que "La Campana de Huesca" no sólo se oyó en el reino aragonés, sino que traspasó las fronteras de toda España.
実際に『ウエスカの鐘』の伝説はアラゴン王国だけでなく、国境を越えてスペイン全土まで伝わっている。
今回2日続けて同じ内容をスペイン語と日本語で書いているのは、ラミロ2世の印象がスペイン語のパネルを読んで大きく変わったからです。
スペイン語のパネルではラミロ2世の昔の師匠、修道院長がキャベツ畑で助言をしたということがかなり印象的です。
私はこのパネルを読んで師匠であった修道院長の教え子への深い愛に感動した。
僕とニコラさんみたいな感じだったのでしょうか?
この修道院長は幼いラミロが修道院に入ったばかりの頃はまだ若い修道士だったに違いない。ラミロの世話をし、勉強を教え、修道士として生きる術すべてを彼に教えた。家族との縁が薄いラミロにとって彼は師匠というだけでなく父であり兄でもあったに違いない。
僕にとってもニコラさんは父でも兄でもあるかけがえのない存在、家族と一緒でした。
ラミロが成長して一人前の修道士になってからはそれぞれ別の修道院長となり、一緒に暮らすことはなかった。だが、王となったラミロ2世は窮地に立たされた時、真っ先に彼に助言を求めた。そして師匠もまたその気持ちを理解し、最適と思われる助言を与えた。
最初にニコラス先生から歴史の授業でラミロ2世の話を聞いた時は、貴族たちの首を切って鐘のように積み上げた残虐非道な王様という印象が強かったけど、このパネルを読んで印象変わりました。
それでも最初に会った時、そなたは余の名前を大きな声で呼んでくれた。その声に答えて余は姿を現した。
今だから言いますけど、あの時はラミロ2世の夢を見てあまりの怖さに悲鳴を上げたんです!
なんだ、そういうことだったのか。余はあの時てっきり召喚されたと思っていた。
でもそのおかげで僕たちは出会い、いろいろな体験ができました。今の僕はラミロ2世が怖いなんて全然思ってないです。
ウエスカの鐘の首切り王ラミロ2世の亡霊がいきなり現れたら、それは怖いに決まってます。でも私もこの怖いイメージがあったからこそ興味を持ってウエスカの修道院に行きました。菜園でキャベツを切る修道院長の絵を思い浮かべるとインパクトがまるで違いますから。
かんちがいやごかいで会うこともあるのだにゃー。
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登場人物紹介

ラミロ2世。アラゴンの王様だったがいろいろあって今は亡霊となっている

ペトロニーラ。アラゴン女王の名前を使っているがただの主婦。小説家になりたいと思っている。

フェリペ、16世紀のスペインの修道院で暮らすユダヤ人の少年。父親に捨てられて心を閉ざしていたが、ニコラス医師の指導で本来の明るさを取り戻す。まじめで勉強熱心。

ニコラス医師。修道院内の病院の医師で、孤児たちに勉強も教える。心を閉ざしていたフェリペを気にかけ、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教える。

フアン1世。不真面目王と呼ばれ業績を残さずに死んだが、娘のヨランド・ダラゴンが勝利王シャルル7世を支えている。

ハインリヒ7世。皇帝フリードリヒ2世の長男でアラゴンの血も引いている。父と対立して反乱を起こし降伏して目を潰され。幽閉されて悲劇的な人生の幕を閉じる。

ペドロ2世。ラミロ2世のひ孫でレコンキスタの英雄。戦闘能力はかなり高く、ファンタジー映画やゲームの中では主要キャラになるタイプだが、なぜか小説の中で影が薄い。

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