シュテファン・ツヴァイク(1)
文字数 848文字
1930年代から40年代にかけて大変高名で、多くの伝記文学と短編、戯曲を著した。特に伝記文学の評価が高く、『マリー・アントワネット』や『メアリー・スチュアート』『ジョゼフ・フーシェ』などの著書がある。英国で対独感情の悪化している一時期には、その小説が「"Stephen Branch"(ツヴァイクの本名の英訳)」という仮名で刊行されたこともある。
ツヴァイクは、ウィーンできわめて富裕なユダヤ系織物工場主であるモーリッツ・ツヴァイクと、妻(イタリア人の銀行家の一族出身)のイダとの間に生まれた。ウィーン大学で哲学と文学史を学び、1904年に博士論文「イッポリート・テーヌの哲学」で哲学博士号を取得した。(この博士号は1941年、ナチス支配下のオーストリアで「人種的理由から」剥奪され、2003年4月になって回復された)」
ツヴァイクは世紀末ウィーンの優れた文化環境のもとで、ギムナジウム時代から文学、芸術に親しんでいた。ホーフマンスタールの流れを汲む新ロマン主義(派)風の叙情詩人として出発する。詩集『銀の弦』で文壇にデビュー。当時の前衛運動である青年ウィーン運動に関与した。
世紀末ウィーンには、グスタフ・クリムト、エゴン・シーレ、ヨハン・シュトラウス2世、ヨハネス・ブラームス、グスタフ・マーラー、フランツ・カフカ、ジークムント・フロイト、アルフレッド・アドラー、などものすごく有名な人がたくさんいました。