ティコ・ブラーエ(7)

文字数 1,112文字

ティコ・ブラーエについての続きです。作品集は下の画像から入ってください。
1572年11月11日に、ティコは(ヘアヴェウ修道院から)極めて明るい星を観測した。この星は現在SN1572とナンバリングされており、予期せずカシオペア座に現れた。
1572年の超新星の位置(一番上の「I」とラベルされた星)を示したカシオペア座の星図、ティコ・ブラーエ作「De nova stella」と書いてありました。
古代以来、月軌道を超えた世界は永久不変(天の不変はアリストテレス主義的世界観の基本的な公理であった)とされていたため、他の観測者たちはこの現象は地上から月までの球より下の現象であると主張した。しかしまず、ティコは観測でこの天体に背景の恒星に対する日周視差が観測されなかったことを示した。これは少なくとも、そのような視差が見られる月や惑星よりもこの天体が遠くにあることを暗示していた。また、全ての惑星は、たとえ日周視差が検出されないような外側の遠い惑星でも周期的な軌道運動を行っていたのに対し、彼はこの新しい天体の相対位置が数か月以上にわたり背景の恒星に対して変化しなかったことも発見した。これはこの天体が惑星でもなく、あらゆる惑星よりも遠い天球にある恒星であることを示していた。
これはすごい発見だと思うのですが、自分が習った頃、世界史でティコ・ブラーエの名前は出てこなかったし、「詳説世界史研究」(2008年1月30日発行)を見ても、コペルニクス、ガリレオ、ケプラーの名前はあっても、ティコ・ブラーエについては何も書いてありませんでした。
1573年、彼は『De nova stella』という小さな本を出版した。この本で「新しい」星のために新星(nova)という用語を作った(現在ではこの星は超新星、supernovaに分類され、地球から7,500光年の位置にあることがわかっている)この発見は職業として彼が天文学を選択する上で決定的なものであった。ティコはこの現象の天文学的意味合いを退けてしまう人々に極めて批判的であり、『De stella nova』の序文に「おお、満ち満ちた知恵よ、おお、盲目の空の監視者たちよ」と書いている。この発見の出版によって彼の名は全ヨーロッパの科学者たちの間で良く知られるようになった。
新星の発見によってティコ・ブラーエは今までのアリストテレスの公理、世界観が間違っていることを発見し、新星が月や惑星よりも遠くにあることを指摘しています。この発見で天動説がすぐに地動説になったわけではなく、ティコ自身も地球を中心に天体の動きを考えていたのですが、それでも今までの世界観を崩す大きな発見だと思います。
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登場人物紹介

ラミロ2世。アラゴンの王様だったがいろいろあって今は亡霊となっている

ペトロニーラ。アラゴン女王の名前を使っているがただの主婦。小説家になりたいと思っている。

フェリペ、16世紀のスペインの修道院で暮らすユダヤ人の少年。父親に捨てられて心を閉ざしていたが、ニコラス医師の指導で本来の明るさを取り戻す。まじめで勉強熱心。

ニコラス医師。修道院内の病院の医師で、孤児たちに勉強も教える。心を閉ざしていたフェリペを気にかけ、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教える。

フアン1世。不真面目王と呼ばれ業績を残さずに死んだが、娘のヨランド・ダラゴンが勝利王シャルル7世を支えている。

ハインリヒ7世。皇帝フリードリヒ2世の長男でアラゴンの血も引いている。父と対立して反乱を起こし降伏して目を潰され。幽閉されて悲劇的な人生の幕を閉じる。

ペドロ2世。ラミロ2世のひ孫でレコンキスタの英雄。戦闘能力はかなり高く、ファンタジー映画やゲームの中では主要キャラになるタイプだが、なぜか小説の中で影が薄い。

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