亡霊となった理由

文字数 1,444文字

今日はここにお集まりの皆さんに亡霊になった理由についてお聞きしたいと思います。
ちょっと待って、なぜあなたがいきなり司会をやっているの?それに亡霊に対してなぜ亡霊になったかなんて、すごく失礼な質問では・・・
大丈夫です。みんな僕にいろいろなこと話してくれました。
彼が亡霊たちから聞いた話については、小説を参考にしてください。写真を押すと作品集のページに入れます。
このチャットノベル、毎日たくさんの人が訪れてくれるようになりました。だから途中から読み始めた人や小説を読んでない人もわかるように、自己紹介して亡霊になった理由なども話してもらったらいいと思いました。
フェリペよ、君の研究熱心な態度には感心するが、我々は16世紀のスペインに生きているということを忘れてはならない。亡霊に会って話をしたなどということが他の人間に知られれば、異端審問所に密告される。異端審問官は人間ではない。彼らは密告された人間を容赦なく拷問にかけ火あぶりにする。我々が生きているのはそんな怖ろしい時代だ。
わかっています。僕は殺されないように用心深く生きていきます。
そうしてくれ。
ではまず僕から自己紹介します。僕の名前はフェリペ、14歳、1518年にスペインで生まれました。僕の両親はお金持ちのユダヤ人だったけど、僕が5歳の時に母さんは亡くなり、父さんはすぐ再婚して継母に苛められ、7歳で修道院の中にある孤児院に入れられました。色々あったけど、今は元気です。
私の名前はニコラス、修道院の中にある病院で働いている。孤児院の子に勉強も教えていたが、特にフェリペのことが気になり、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教えている。
余の名前はラミロ2世(1086~1157)最初に余が作者にくっついて日本に来ているし、小説の中で余が最初に亡霊として登場している。余が亡霊となった理由は、『ウエスカの鐘』という惨劇を起こしたからであろう。国を守るためとはいえ、同じキリスト教徒の貴族を騙し討ちのような形で多数殺している。これでは神に救われないだろう。
余の名前はハインリヒ7世(1211~1242)ラミロ2世の孫の孫にあたる。皇帝フリードリヒ2世の長男として生まれたが、反乱を起こして捕らえられ、王位をはく奪されて目を潰され幽閉された。幽閉中に不治の病にかかって隔離され、最後は自ら命を絶った。運命を呪い、神を恨み、自ら命を絶っている。亡霊になる理由は余が1番多く持っていたと思われる。
余の名前はペドロ2世(1174~1213)ラミロ2世のひ孫で、息子のハイメ1世征服王はスペインでは知らぬ者のない英雄だ。余もレコンキスタで戦った英雄だが、フランスでの戦争で親戚関係でカタリ派に味方したところ、教皇に破門されてしまった。本人は異端とは思ってないが、破門された中で戦死したので亡霊になってしまった。
私の名前はフアン1世(1350~1396)不真面目王という名前の方が有名です。皆さんとは年が離れているので、どれくらいの孫になるのかよくわかりません。亡霊になった理由もよくわからないのですが、一説によると王国を財政難にして王にふさわしい立派な棺を作ってもらえなかったのが原因のようです。それから私はフランスで有名な勝利王シャルル7世の義理の祖父になります。
みなさん、自己紹介ありがとうございます。時代により価値観や亡霊になる理由も変わってくるのかというテーマは次回、より深く追求していきたいと思います。
結局今回の話は自己紹介にゃのかー。
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登場人物紹介

ラミロ2世。アラゴンの王様だったがいろいろあって今は亡霊となっている

ペトロニーラ。アラゴン女王の名前を使っているがただの主婦。小説家になりたいと思っている。

フェリペ、16世紀のスペインの修道院で暮らすユダヤ人の少年。父親に捨てられて心を閉ざしていたが、ニコラス医師の指導で本来の明るさを取り戻す。まじめで勉強熱心。

ニコラス医師。修道院内の病院の医師で、孤児たちに勉強も教える。心を閉ざしていたフェリペを気にかけ、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教える。

フアン1世。不真面目王と呼ばれ業績を残さずに死んだが、娘のヨランド・ダラゴンが勝利王シャルル7世を支えている。

ハインリヒ7世。皇帝フリードリヒ2世の長男でアラゴンの血も引いている。父と対立して反乱を起こし降伏して目を潰され。幽閉されて悲劇的な人生の幕を閉じる。

ペドロ2世。ラミロ2世のひ孫でレコンキスタの英雄。戦闘能力はかなり高く、ファンタジー映画やゲームの中では主要キャラになるタイプだが、なぜか小説の中で影が薄い。

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