オンフロワ4世・ド・トロン(6)

文字数 958文字

オンフロワ4世・ド・トロンについての続きです。作品集は下の画像から入って下さい。
1187年前半、オンフロワ4世の継父ルノー・ド・シャティヨンが、エジプトからシリアに向かうキャラバンを襲撃した。このころはまだエルサレム王国とサラーフッディーンの間の和平期間中であったが、自身のOultrejourdan卿領はその対象外だというのがルノー・ド・シャティヨンの主張だった。ギー・ド・リュジニャンは賠償金を支払うようルノー・ド・シャティヨンを説得しようとしたが、聞き入れられなかった。サラーフッディーンはエルサレム王国に対するジハードを宣言し、1187年7月4日のヒッティーンの戦いでエルサレム王国の連合軍を壊滅させた。
ルノー・ド・シャティヨンはとんでもないことをしています。
オンフロワ4世はこの戦闘に参加していたが、他のほとんどのキリスト教徒指揮官らと共にサラーフッディーンの捕虜になった。サラーフッディーン自身の手で処刑されたルノー・ド・シャティヨンや、熱狂的なアイユーブ兵に虐殺された修道騎士たちを除き、サラーフッディーンは捕虜たちを助命した。彼は捕虜をダマスカスに移送したうえで、残るキリスト教徒支配下の都市や要塞を次々と攻略していった。
捕虜を殺さなかったということについては、サラーフッディーンは偉いと思います。
何かと抵抗を続けられたのは、Oultrejordanのケラク城とモンレアル城を含むごくわずかな要塞だけであった。10月、オンフロワ4世の母エティエネットはサラーフッディーンと交渉し、息子を解放してくれれば両城の守備兵を説得して降伏させると約束した。サラーフッディーンはこれを承諾し、オンフロワ4世を母のもとに返した。ところが両城の守備兵は頑として開城を受け入れなかったので、オンフロワ4世はダマスカスに帰って捕囚の身に戻った。しかし程なくして、サラーフッディーンは彼を身代金や新たな交換条件なしに解放した。ケラク城は1188年末まで、モンレアル城はその数か月後まで持ちこたえたが、最終的にサラーフッディーンの軍の前に落城した。
サラーフッディーンは恐れられていましたが、むやみやたらと人を殺したりはしていません。逆にキリスト教徒の方が虐殺したり盗賊のようなことをする人がいて残酷になっていると思いました。
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登場人物紹介

ラミロ2世。アラゴンの王様だったがいろいろあって今は亡霊となっている

ペトロニーラ。アラゴン女王の名前を使っているがただの主婦。小説家になりたいと思っている。

フェリペ、16世紀のスペインの修道院で暮らすユダヤ人の少年。父親に捨てられて心を閉ざしていたが、ニコラス医師の指導で本来の明るさを取り戻す。まじめで勉強熱心。

ニコラス医師。修道院内の病院の医師で、孤児たちに勉強も教える。心を閉ざしていたフェリペを気にかけ、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教える。

フアン1世。不真面目王と呼ばれ業績を残さずに死んだが、娘のヨランド・ダラゴンが勝利王シャルル7世を支えている。

ハインリヒ7世。皇帝フリードリヒ2世の長男でアラゴンの血も引いている。父と対立して反乱を起こし降伏して目を潰され。幽閉されて悲劇的な人生の幕を閉じる。

ペドロ2世。ラミロ2世のひ孫でレコンキスタの英雄。戦闘能力はかなり高く、ファンタジー映画やゲームの中では主要キャラになるタイプだが、なぜか小説の中で影が薄い。

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