ゴドフロワ・ド・ブイヨン(1)
文字数 818文字
ゴドフロワ・ド・ブイヨン(1060年~1100年)とは中世フランス貴族で第1回十字軍の指導者の1人である。また1099年から1100年にかけて、エルサレム王国最初の統治者として聖地を統治した貴族としても知られている。ただしゴドフロワはエルサレム王と名乗るのを避け、公または第一人者、生墳墓守護者などと名乗ったと伝わる。
ゴドフロワはブローニュ伯ウスタシュ2世の次男として生まれ、1076年にはブイヨン領主に任命された。そして1086年には、ザクセン人の大反乱の鎮圧に参加し、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世を支援したことを受けて、その褒章として下ロレーヌ公に任じられた。
1096年、ゴドフロワは彼の兄弟のブローニュ伯ウスタシュ3世やボードゥアンと共に第1回十字軍に参加し、ニカイア包囲戦・ドリュラエウムの戦い・アンティオキア攻囲戦などの戦役に参加し、1099年のエルサレム包囲戦では重要な役目を果たした。レーモン4世がエルサレム国王への推戴を拒否したことを受け、ゴドフロワが代わりにエルサレム王国の統治者に選出された。その後王国南部のアスカロンでファーティマ朝と戦い、王国をムスリムから守り抜いた。この戦いでの十字軍の戦勝をもってして、第1回十字軍は終了したとみなされている。1100年7月、ゴドフロワは亡くなり、エルサレム王位は弟のボードゥアンに継承された。