メアリー・オブ・ギーズ(5)

文字数 956文字

メアリー・オブ・ギーズについての続きです。作品集は下の画像から入ってください。
1558年4月24日、ノートルダム大聖堂で、メアリーはフランソワと結婚式をあげた。マリーはスコットランドを離れることができなかったので、母アントワネットを娘の婚姻契約を結ぶための代理として派遣する。
メアリー・ステュアートが生まれたのが1542年なので結婚した時が15歳くらいで、その10年前から婚約者としてフランス宮廷で育てられています。
1559年5月10日、カリスマ的な存在であったノックスは、パースのセント・ジョン教会で偶像崇拝の根絶と聖遺物の破壊を訴えた。これを契機に国内で反乱が勃発した。わずか2日間の間に、荒れ狂う民衆の手で3ヶ所の修道院が破壊され、聖遺物が奪われる。
酷いですね。スコットランドのプロテスタントはここまで過激になっていたのですか。
さらに、この暴動は瞬く間にスコットランド全土の教会に広がった。5月22日、組合貴族達は武装蜂起を決定し、イングランドへ援助を求めた。マリーもフランスの弟達に援助を要請を求めるべく、フランスに行った。また、彼女は息子フランソワとメアリーにも会いたいと考えていた。4月23日のマリーからの手紙で、メアリーは母がフランスを訪れる事を知ると、自分はとても幸せであり、母の期待に添えるようにがんばって勉強し、立派な人間になりたいという手紙を書いている。マリーは9月25日にルーアンの宮廷に到着した。宮廷では歓迎式典が開かれた。長い間離れ離れになっていた親子は楽しく語り合った。
親子で離ればなれになっていたのなら、再会した時の喜びは格別なものだったと思います。
しかし親子の対面以外では、マリーのフランス訪問に収穫はなかった。アンリ2世に財政援助をしつこく懇願したため、かえって逆効果になってしまったからだった。フランスの駐屯軍を養うために、彼女は大変な財政難に陥っていて、使用人の給料さえ満足に支払えなくなっていた。さらにこの月、メアリーがフランスにやってきた時、「世界一すばらしい妹だ」と言ってメアリーを歓迎した息子、フランソワが小児病にかかり、急死してしまった。マリーはこの悲しみを母宛ての手紙に書いている。
離れ離れになっていた子とやっと会えたと思ったら急死してしまうなんて辛いですね。
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登場人物紹介

ラミロ2世。アラゴンの王様だったがいろいろあって今は亡霊となっている

ペトロニーラ。アラゴン女王の名前を使っているがただの主婦。小説家になりたいと思っている。

フェリペ、16世紀のスペインの修道院で暮らすユダヤ人の少年。父親に捨てられて心を閉ざしていたが、ニコラス医師の指導で本来の明るさを取り戻す。まじめで勉強熱心。

ニコラス医師。修道院内の病院の医師で、孤児たちに勉強も教える。心を閉ざしていたフェリペを気にかけ、特別にラテン語や歴史、医学の基礎なども教える。

フアン1世。不真面目王と呼ばれ業績を残さずに死んだが、娘のヨランド・ダラゴンが勝利王シャルル7世を支えている。

ハインリヒ7世。皇帝フリードリヒ2世の長男でアラゴンの血も引いている。父と対立して反乱を起こし降伏して目を潰され。幽閉されて悲劇的な人生の幕を閉じる。

ペドロ2世。ラミロ2世のひ孫でレコンキスタの英雄。戦闘能力はかなり高く、ファンタジー映画やゲームの中では主要キャラになるタイプだが、なぜか小説の中で影が薄い。

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