第17話

文字数 2,586文字

 昴が言った。
「もし僕たちが把握していない陰陽師がいるとして、彼らが全員式神を使役しているのなら、可能かもしれないね。でも、疑問が多い」
「ええ。まず一つ。それでなくとも少ないのに、式神を使役できる陰陽師がそうそう見つかるとは思えません。二つ目。護衛についていたのが陰陽師と式神なら、悪鬼が融合し、一つになった時点でまとめて調伏しているはずです。三つ目。この期に及んで姿を見せないというのも不自然です。各地にいたのなら、それこそ援軍として参戦しているはず。未だ姿を見せない理由が分かりません。何か狙いがあれば別ですが」
「完全には捨て切れないね。それに、君が言ったように、宗一郎さんと明さんなら僕たちが考えもしない方法を思い付くかもしれない。しかも皆には内緒で」
 昴は呆れ顔で肩を竦めた。
「まあ何にせよ、誰かが対価を支払ったことに変わりはない。でも、だよね」
「そう。でも、なんです」
 満流が腕を組んでうーんと長く唸る。どうやら一旦話しは終わったと思ったのか、真緒が弥生を振り向いて首を傾げた。
「途中から分かんなくなっちゃった。どういうこと?」
「あんたにはちょっとややこしい話よね」
 苦笑いを浮かべ、弥生はそうねと逡巡した。
「街で集めた悪鬼が予想より少なかったってことは、分かるわね?」
「うん」
「それは、あっちが街の警護をしていた証拠になるってことは?」
「うん、分かる。警護してたから少なかったんだもんね」
「そう。で、街の警護をしていた奴が誰か。考えられる可能性は二つ。十二天将と、新たな陰陽師と式神」
「あ、それは分かったよ。どっちも変なんだよね」
「正解」
 新たな陰陽師と式神について、昴は捨て切れないと言ったはずだが、それを加えると少々ややこしくなるのであえて省くようだ。弥生が頷くと、真緒は嬉しそうにえへへと笑って肩を竦めた。
「つまり、誰か分からないけど、『街の警護に誰かが付いていた』ってことだけは、確定なの」
「確実に、街に誰かいたんだね」
「そう。ここまではいい?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ次。満流は初め、その『街にいた誰か』が、両家の当主に手を貸して、伊吹山に送り届けたんじゃないかって思ったの」
 真緒はしばらく間を開けて思案し、やがてこてんと首を傾げた。
「それ、式神以外でできるの? だって、今いる式神は戦ってたわけだし、十二天将も新しい陰陽師も違うんでしょ?」
「その通りよ。でも、昴の報告によれば、両家の当主は頭が切れる。だからあの二人なら、他の方法を見つけて伊吹山へ行ったかもしれない可能性がある、と考えた」
「えーと、十二神将でも新しい陰陽師でもない、あたしたちが分からない別の方法があるってこと?」
「そう」
「ふーん。どんな方法なの?」
「あんた今自分で分からないって言ったでしょ」
「あ、そっか」
 満流たちから、くすくすと密かな笑い声が漏れる。弥生が嘆息して続けた。
「で、その『あたしたちが分からない別の方法』で伊吹山へ行って、土御門晴の代わりに、不動明王に対価を払ったかもしれない。その可能性が高いのが、賀茂宗一郎」
「あっ、さっき弥生ちゃんが言ってた、式神二体もいなくなるってやつ?」
「そう、それ」
 真緒は再び間を開け、ゆっくりと首を横に倒した。
「で、どうして満流ちゃんはあんなに悩んでたの? こっちは有利になるんでしょ?」
 尋ねるや否や平良がぶはっと噴き出し、真緒が素早く鋭い視線で睨んだ。
「またそうやって馬鹿にする! 分かんないんだからしょうがないでしょお」
「ちょっと平良さん、水を差さないでください」
「そうですよ。せっかく真緒ちゃんが頑張ってるのに」
「デリカシーのない奴だ」
「真緒、気にするな。頑張れ」
「真緒ちゃん、頑張って」
 満流、昴、健人、雅臣、百合子が苦言と応援を飛ばし、隗と皓は、
「手のかかる奴だ」
「あら、そういう子ほど可愛いのよ」
 と本人を目の前にからかい気味だ。ちなみに椿は苦笑いで、里緒は頑張れというように拳を握っている。おそらく話しは理解できていないだろうが、空気は読んだらしい。
「平良ちゃんの馬鹿っ」
 ぷくっと頬をふくらました真緒に、弥生は息をついた。
「あいつがあんたをからかうのはいつものことでしょ」
「そうだけどぉ」
「いいから、話し進めるわよ」
「はあい……」
 不満そうだ。弥生はもう一度息をつき、改めて口を開く。
「今までの話をまとめると、こうなるの。確かに、不動明王への対価を支払って、向こうの戦力は落ちている。でも、誰か分からないけど、向こうにはあたしたちが把握していない仲間がいる」
 閃いたように、真緒が声に出さずに「あっ」と口を開けた。
「しかも、近畿全域を護衛できる数。そうなると、あたしたちは?」
「すっごい不利になる!」
 食い気味に答えた真緒に、そう、と弥生は頷いた。
「そっかぁ。それで満流ちゃん悩んでたんだぁ」
「分かっていただけて良かったです。頑張りましたね」
「うん!」
 満面の笑みで頷いた真緒を横目に、弥生は疲れ気味に肩を落とした。お疲れ、と密かに昴や健人たちから労いの視線が飛ぶ。
 ほんっと手のかかる、とぼやく弥生を見つめる目を、椿はわずかに細めた。忌憚なく言えば、真緒は少々理解力に欠ける。そんな真緒への手慣れた説明といい、犬神へも影響を与える関係といい、二人――いや、三人の間に、一体何があったのだろう。
「でもさぁ」
 真緒がお菓子に手を伸ばしながら言った。
「じゃあ、精霊じゃないの? ほら、あの島でもそうだったし」
「ああ、それももちろん考えましたが……」
 説明を、と言った視線を向けられる。
「その可能性もありますが、かなり難しいのではないでしょうか。先日も言いましたが、向小島では、おそらく鈴が事前に精霊たちに協力を仰いだのだと思います。ですが今回は、私たち式神や陰陽師の皆様の援護という形でも、使いとして宿り、神気が上乗せされるわけでもありません。精霊単体として、悪鬼と対峙しなければなりませんでした。そうなると、協力する精霊はかなり少ないかと」
 精霊にも個々に性格があって、恐怖心も持ち合わせている。命は惜しいだろう。真緒にも理解できるように、できるだけ言葉を選んでゆっくりと説明したことがよかったらしい。
「そっかぁ、じゃあ違うんだぁ」
 理解してくれたようで、真緒は残念そうに言いながらミニドーナツを口に放り込んだ。
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