第6話
文字数 4,157文字
腕を組んでじっと流れ続ける映像を凝視する。と、一時を五分過ぎた頃、
「止めてくださいっ」
突然声を上げた北原に、近藤がびくりと体を揺らし慌てて画像を停止する。本気で寝ていたらしい。
「紺野さん、これ」
北原は先ほど父親が映っていた画面を指差した。キャリーバッグを引いた一人の女性が映っている。画面が暗くて人物の顔ははっきりと確認できないが、体格が女性のものだし、キャリーバッグはさすがに見間違わない。犬神を行使し、紺野と北原を襲った詠美の母親だ。
「近藤、これどこの映像だ?」
「被害者宅の右隣の家だね」
「どこに行く道だ?」
「駅方向」
すんなりと返してくるあたり、何度も見直して解析し、風景を覚えてしまった証拠だ。もたつかなくて助かる。
「このまま、追えるところまで追ってくれ」
「分かった」
言うや否や、近藤はもう一台のモニターに地図を表示した。橘家から公園周辺の地図だ。映像を回収したであろう場所にカメラのマークと、詠美が通ったであろう橘家から公園までのカメラには順に番号がふってある。カメラの向きはそのままレンズの向きを表しているようだ。
どこへ向かっているのか知らないが、とりあえず途中まででも足取りが分かればいい。
近藤は母親が進む方向と地図を照らし合わせ、映像を切り替える。
「ねぇ、この道順、公園に向かってるんじゃない?」
「え?」
紺野と北原が同時に聞き返すと、近藤は手を動かしながら言った。
「ずっと被害者と同じ道順を辿ってるんだよね。何度も確認したから間違いないよ」
「でも、公園と同じ方向ってだけで公園に行ってるってわけじゃ……」
「あ、ほらやっぱり」
反論した北原に、近藤が見てみろと言わんばかりにモニターを指差した先には、公園の映像が映っていた。
外灯に照らされてはいるが薄暗い。公園の入り口、鉄棒と砂場と滑り台、二つ並んでいる木製のベンチと、三台のカメラで三か所が映し出されている。ベンチを映しているカメラに、母親が映り込んだ。母親はそのまま腰を下ろし、じっと俯いたまま動かなくなった。
「公園付近って、住宅以外何もないんだよ。駅方向ではあるけど途中で道が逸れるし、その道を逸れなかったらもう公園か、それとも誰かを訪ねるかくらいしかない。この時間にこんな荷物持って誰か訪ねるとか有り得ないだろうし」
なるほど、解析したからこその情報と分析だ。
「いや、そもそもお前専門は法医学だろ。何で映像解析してんだ」
「しょうがないでしょ、人手が足りなかったんだから。て言うか、それを知っておいて頼みに来る紺野さんもどうかと思うけど?」
「……まあな」
「あれ、今日は素直だね」
「やかましい、俺はいつも素直だ。それより、動きがねぇな」
「ちょっと進めてみようか?」
「ああ」
あまり早くないスピードで時間を進める。五分、十分、十五分進めたところで動きがあった。
「止めろ。再生」
母親が何かに気付いたように顔を上げ、立ち上がった。口が動いているように見えるが、暗い上に画質もあまりよくない。
「誰かと喋ってるように見えますね」
「ああ。けど、入口の映像、誰か映ってたか?」
「いや、映ってなかったよ」
「他に入口は?」
「あるよ。そっちも見てみる?」
「ああ……いやちょっと待て!」
キーボードを叩きかけた近藤の手を止め、紺野は画面に食いついた。
「やっと出やがった」
画面に、一人の人物が映り込んできた。この時期に黒っぽい長袖のパーカーのフードを目深にかぶり、マスクにジーンズにスニーカー。
「これじゃ顔は見えねぇか」
「でも、女性だね」
「多分な」
大きめの服を着ているようだが、肩の細さは隠しようがない。靴も男にしては小さすぎる。それに、母親と比べて全体的に小さい。母親も細身の方だが、それより小さいとなれば女性だろう。さすがに年齢までは分からないが。
「ん、これ何してるの?」
母親がキャリーバッグを開け、中からビニール袋を取り出した。丸みを帯びた、市指定のゴミ袋だ。紺野は小さく舌打ちをかました。やっぱりだ。北原も苦虫を噛み潰したように顔を歪めている。
母親はビニール袋を地面に置き、中からタオルらしき布に包まれた何かを引っ張り出し、ごろんと転がした。
「え……っ」
初めて近藤の驚いた声を聞いた。画像は荒い。薄暗い。だがさすがに分かった。それが、何か。
「ちょっとこれ……っ」
「近藤!」
椅子から立ち上がった近藤の肩を掴むと、近藤はしばらく中腰のまま立ち尽くし、力が抜けたように椅子に座った。紺野を振り返り、怪訝な声で静かに問いかける。
「ねぇ、一体何を調べてるの……?」
紺野は一瞬口を開きかけ、明の言葉が脳裏を掠った。
『鬼代事件を担当している以上、紺野さんたちも十分気を付けてください』
人を二人も殺した鬼と、正体の見えない犯人を相手にしている。しかもそいつは警察内部にいる可能性が高い。初めから関わってしまった自分たちはもう戻れないが、近藤を巻き込むわけにはいかない。だが協力は必要だ。勝手だと分かっている。しかし事情を知っているのと知らないのでは、危険度が違う。
紺野はきつく唇を結んだ。
「えっ、二人ともこれ!」
北原の驚きの声に、紺野と近藤は勢いよくモニターを振り向いた。ついさっきまで母親とパーカーの人物が映っていた映像だけが、真っ黒になっていた。
「ちょっと何これ!」
「少し戻してください! 何かおかしかったんですよ!」
データ自体が消えたわけではないようで、近藤が安堵した様子で映像を戻した。
「他の映像消して、全画面にするね」
「ああ、頼む」
母親が犬の首を転がした部分まで戻り、画面いっぱいに映った映像を再度確認する。
パーカーの人物は首を確認すると、ポケットの中から封筒を取り出し母親に渡した。おそらく明が言っていた「陰陽師専用の霊符」とかいうやつだろう。それから短く言葉を交わし、母親がキャリーバッグの中からまた何かを取り出して、今度は組み立て始めた。
「何だ?」
「ああこれ、組み立て式のスコップじゃないかな。え、まさか埋めるつもり? 何で?」
近藤が興味深そうに顎に手を当てて真剣な声色で呟いた。ふと、パーカーの人物がこちらを見上げた。モニターに食いつくが、やはり見えない。目深にかぶったフードとマスクが邪魔だ。
「くそっ、やっぱ分からねぇか」
紺野が悪態をついた次の瞬間、パーカーの人物がカメラに向かって右手を上げ、指をさした。すると、黒い布がカメラのレンズをふわりと覆った。
「ああ!?」
「どこから出たのこれ!」
紺野と近藤が怒りと驚きでモニターに向かって叫ぶ。
「戻せ近藤!」
「分かってるよ! スローにするから!」
近藤が乱暴にキーボードを叩いて戻す。三人揃って前のめりになり、先ほどよりもずいぶん遅く流れる映像を凝視する。
「何でこっち指してんだ」
「誰かに指示してるみたいに見えません?」
「有り得ないよ、こんな高さに誰かいるなんて」
「じゃああの布は何ですか」
「僕に聞かないでよ」
「おい、こいつの手の甲。何か書いてないか?」
「文字……図形? ですかね?」
「拡大して鮮明化するね。はっきりとは見えないだろうけど」
映像を停止し、パーカーの人物の手の甲を四隅の鉤括弧で囲む。エンターを叩くと、拡大処理をされた画像が別窓で表示された。さっきよりは鮮明だが、角度もよくないためはっきりとは確認できない。
「……図形、に見えるな」
「うん……でも、何の図形だろうね。て言うか、何のために書いてるの?」
「俺たちに聞かれても……」
「そうだよねぇ」
近藤は疲れたように溜め息をつき、唸った。椅子をくるりと回し、画面から離れた紺野と北原を見上げる。
「図形なら科捜研のデータベースから似たものを探せるけど、どうする?」
「本当か?」
「うん。その代わり、二人が何を調べてるのか教えてよ」
にっと近藤が口角を上げた。どうします? と言いたげに北原が紺野を見やる。そう来ると思った。紺野はじっと近藤を見つめ、言った。
「駄目だ」
むっと近藤の口がへの字に曲がる。
「ここまで協力してるのにそれはないんじゃないの?」
「お前を巻き込むわけにはいかねぇんだよ。察しろ」
への字に曲がっていた口が、ぽかんと開いた。
「何それ。ここまでやらせといて、巻き込むわけにはいかないって。もう巻き込んでるでしょ」
「事情を知ってるのと知らないのとじゃ違うだろうが」
険悪な空気が流れ出し、北原がはらはらした様子で二人を交互に見比べる。
「知ってようが知らなかろうが関わってることに違いはないんじゃないの」
「しつこい。ガキじゃねぇんだ聞き分けろ」
「はあ……?」
呆れた声を吐き、近藤は椅子の肘置きに両手をついて前のめりの体勢で声を荒げた。
「あのねぇ、僕の協力が必要なら話すべきでしょ!? それにあのファイル渡した時点ですでに危険な橋渡ってることくらい分かってるよ!」
「分かってねぇから言ってんだろうが!」
紺野は近藤の胸倉を掴んで引き寄せた。ちょっと紺野さんマズイですって、と北原が紺野の腕を掴む。
「もう犠牲者は出したくねぇんだ。頼むから、大人しくしてろ」
紺野は突き放すように近藤から手を放すと、乱暴に扉を開け、荒々しい足音を立てて科捜研から出て行った。
「紺野さん!」
後を追いかけようとして、北原は近藤を振り向いた。
「大丈夫ですか? すみません、近藤さん」
椅子に力なく座って俯いている近藤に近寄ると、近藤はひらひらと手を振った。
「ああ、うん。平気。大丈夫だから、行きなよ」
「いやでも……ああもうっ! 後で謝りに来させますから! ついでにご飯作らせます! 失礼します!」
強気な発言を残して、北原は部屋を出た。部屋の外で他の所員に「お騒がせしました」と謝罪をする声が聞こえた。
「……ふっ」
一人残された部屋で、近藤は小さく笑い声を漏らした。
「これでも気付かないなんて、ほんと、馬鹿だなぁ」
近藤は肘置きに寄りかかるようにして、顔を覆った。
「止めてくださいっ」
突然声を上げた北原に、近藤がびくりと体を揺らし慌てて画像を停止する。本気で寝ていたらしい。
「紺野さん、これ」
北原は先ほど父親が映っていた画面を指差した。キャリーバッグを引いた一人の女性が映っている。画面が暗くて人物の顔ははっきりと確認できないが、体格が女性のものだし、キャリーバッグはさすがに見間違わない。犬神を行使し、紺野と北原を襲った詠美の母親だ。
「近藤、これどこの映像だ?」
「被害者宅の右隣の家だね」
「どこに行く道だ?」
「駅方向」
すんなりと返してくるあたり、何度も見直して解析し、風景を覚えてしまった証拠だ。もたつかなくて助かる。
「このまま、追えるところまで追ってくれ」
「分かった」
言うや否や、近藤はもう一台のモニターに地図を表示した。橘家から公園周辺の地図だ。映像を回収したであろう場所にカメラのマークと、詠美が通ったであろう橘家から公園までのカメラには順に番号がふってある。カメラの向きはそのままレンズの向きを表しているようだ。
どこへ向かっているのか知らないが、とりあえず途中まででも足取りが分かればいい。
近藤は母親が進む方向と地図を照らし合わせ、映像を切り替える。
「ねぇ、この道順、公園に向かってるんじゃない?」
「え?」
紺野と北原が同時に聞き返すと、近藤は手を動かしながら言った。
「ずっと被害者と同じ道順を辿ってるんだよね。何度も確認したから間違いないよ」
「でも、公園と同じ方向ってだけで公園に行ってるってわけじゃ……」
「あ、ほらやっぱり」
反論した北原に、近藤が見てみろと言わんばかりにモニターを指差した先には、公園の映像が映っていた。
外灯に照らされてはいるが薄暗い。公園の入り口、鉄棒と砂場と滑り台、二つ並んでいる木製のベンチと、三台のカメラで三か所が映し出されている。ベンチを映しているカメラに、母親が映り込んだ。母親はそのまま腰を下ろし、じっと俯いたまま動かなくなった。
「公園付近って、住宅以外何もないんだよ。駅方向ではあるけど途中で道が逸れるし、その道を逸れなかったらもう公園か、それとも誰かを訪ねるかくらいしかない。この時間にこんな荷物持って誰か訪ねるとか有り得ないだろうし」
なるほど、解析したからこその情報と分析だ。
「いや、そもそもお前専門は法医学だろ。何で映像解析してんだ」
「しょうがないでしょ、人手が足りなかったんだから。て言うか、それを知っておいて頼みに来る紺野さんもどうかと思うけど?」
「……まあな」
「あれ、今日は素直だね」
「やかましい、俺はいつも素直だ。それより、動きがねぇな」
「ちょっと進めてみようか?」
「ああ」
あまり早くないスピードで時間を進める。五分、十分、十五分進めたところで動きがあった。
「止めろ。再生」
母親が何かに気付いたように顔を上げ、立ち上がった。口が動いているように見えるが、暗い上に画質もあまりよくない。
「誰かと喋ってるように見えますね」
「ああ。けど、入口の映像、誰か映ってたか?」
「いや、映ってなかったよ」
「他に入口は?」
「あるよ。そっちも見てみる?」
「ああ……いやちょっと待て!」
キーボードを叩きかけた近藤の手を止め、紺野は画面に食いついた。
「やっと出やがった」
画面に、一人の人物が映り込んできた。この時期に黒っぽい長袖のパーカーのフードを目深にかぶり、マスクにジーンズにスニーカー。
「これじゃ顔は見えねぇか」
「でも、女性だね」
「多分な」
大きめの服を着ているようだが、肩の細さは隠しようがない。靴も男にしては小さすぎる。それに、母親と比べて全体的に小さい。母親も細身の方だが、それより小さいとなれば女性だろう。さすがに年齢までは分からないが。
「ん、これ何してるの?」
母親がキャリーバッグを開け、中からビニール袋を取り出した。丸みを帯びた、市指定のゴミ袋だ。紺野は小さく舌打ちをかました。やっぱりだ。北原も苦虫を噛み潰したように顔を歪めている。
母親はビニール袋を地面に置き、中からタオルらしき布に包まれた何かを引っ張り出し、ごろんと転がした。
「え……っ」
初めて近藤の驚いた声を聞いた。画像は荒い。薄暗い。だがさすがに分かった。それが、何か。
「ちょっとこれ……っ」
「近藤!」
椅子から立ち上がった近藤の肩を掴むと、近藤はしばらく中腰のまま立ち尽くし、力が抜けたように椅子に座った。紺野を振り返り、怪訝な声で静かに問いかける。
「ねぇ、一体何を調べてるの……?」
紺野は一瞬口を開きかけ、明の言葉が脳裏を掠った。
『鬼代事件を担当している以上、紺野さんたちも十分気を付けてください』
人を二人も殺した鬼と、正体の見えない犯人を相手にしている。しかもそいつは警察内部にいる可能性が高い。初めから関わってしまった自分たちはもう戻れないが、近藤を巻き込むわけにはいかない。だが協力は必要だ。勝手だと分かっている。しかし事情を知っているのと知らないのでは、危険度が違う。
紺野はきつく唇を結んだ。
「えっ、二人ともこれ!」
北原の驚きの声に、紺野と近藤は勢いよくモニターを振り向いた。ついさっきまで母親とパーカーの人物が映っていた映像だけが、真っ黒になっていた。
「ちょっと何これ!」
「少し戻してください! 何かおかしかったんですよ!」
データ自体が消えたわけではないようで、近藤が安堵した様子で映像を戻した。
「他の映像消して、全画面にするね」
「ああ、頼む」
母親が犬の首を転がした部分まで戻り、画面いっぱいに映った映像を再度確認する。
パーカーの人物は首を確認すると、ポケットの中から封筒を取り出し母親に渡した。おそらく明が言っていた「陰陽師専用の霊符」とかいうやつだろう。それから短く言葉を交わし、母親がキャリーバッグの中からまた何かを取り出して、今度は組み立て始めた。
「何だ?」
「ああこれ、組み立て式のスコップじゃないかな。え、まさか埋めるつもり? 何で?」
近藤が興味深そうに顎に手を当てて真剣な声色で呟いた。ふと、パーカーの人物がこちらを見上げた。モニターに食いつくが、やはり見えない。目深にかぶったフードとマスクが邪魔だ。
「くそっ、やっぱ分からねぇか」
紺野が悪態をついた次の瞬間、パーカーの人物がカメラに向かって右手を上げ、指をさした。すると、黒い布がカメラのレンズをふわりと覆った。
「ああ!?」
「どこから出たのこれ!」
紺野と近藤が怒りと驚きでモニターに向かって叫ぶ。
「戻せ近藤!」
「分かってるよ! スローにするから!」
近藤が乱暴にキーボードを叩いて戻す。三人揃って前のめりになり、先ほどよりもずいぶん遅く流れる映像を凝視する。
「何でこっち指してんだ」
「誰かに指示してるみたいに見えません?」
「有り得ないよ、こんな高さに誰かいるなんて」
「じゃああの布は何ですか」
「僕に聞かないでよ」
「おい、こいつの手の甲。何か書いてないか?」
「文字……図形? ですかね?」
「拡大して鮮明化するね。はっきりとは見えないだろうけど」
映像を停止し、パーカーの人物の手の甲を四隅の鉤括弧で囲む。エンターを叩くと、拡大処理をされた画像が別窓で表示された。さっきよりは鮮明だが、角度もよくないためはっきりとは確認できない。
「……図形、に見えるな」
「うん……でも、何の図形だろうね。て言うか、何のために書いてるの?」
「俺たちに聞かれても……」
「そうだよねぇ」
近藤は疲れたように溜め息をつき、唸った。椅子をくるりと回し、画面から離れた紺野と北原を見上げる。
「図形なら科捜研のデータベースから似たものを探せるけど、どうする?」
「本当か?」
「うん。その代わり、二人が何を調べてるのか教えてよ」
にっと近藤が口角を上げた。どうします? と言いたげに北原が紺野を見やる。そう来ると思った。紺野はじっと近藤を見つめ、言った。
「駄目だ」
むっと近藤の口がへの字に曲がる。
「ここまで協力してるのにそれはないんじゃないの?」
「お前を巻き込むわけにはいかねぇんだよ。察しろ」
への字に曲がっていた口が、ぽかんと開いた。
「何それ。ここまでやらせといて、巻き込むわけにはいかないって。もう巻き込んでるでしょ」
「事情を知ってるのと知らないのとじゃ違うだろうが」
険悪な空気が流れ出し、北原がはらはらした様子で二人を交互に見比べる。
「知ってようが知らなかろうが関わってることに違いはないんじゃないの」
「しつこい。ガキじゃねぇんだ聞き分けろ」
「はあ……?」
呆れた声を吐き、近藤は椅子の肘置きに両手をついて前のめりの体勢で声を荒げた。
「あのねぇ、僕の協力が必要なら話すべきでしょ!? それにあのファイル渡した時点ですでに危険な橋渡ってることくらい分かってるよ!」
「分かってねぇから言ってんだろうが!」
紺野は近藤の胸倉を掴んで引き寄せた。ちょっと紺野さんマズイですって、と北原が紺野の腕を掴む。
「もう犠牲者は出したくねぇんだ。頼むから、大人しくしてろ」
紺野は突き放すように近藤から手を放すと、乱暴に扉を開け、荒々しい足音を立てて科捜研から出て行った。
「紺野さん!」
後を追いかけようとして、北原は近藤を振り向いた。
「大丈夫ですか? すみません、近藤さん」
椅子に力なく座って俯いている近藤に近寄ると、近藤はひらひらと手を振った。
「ああ、うん。平気。大丈夫だから、行きなよ」
「いやでも……ああもうっ! 後で謝りに来させますから! ついでにご飯作らせます! 失礼します!」
強気な発言を残して、北原は部屋を出た。部屋の外で他の所員に「お騒がせしました」と謝罪をする声が聞こえた。
「……ふっ」
一人残された部屋で、近藤は小さく笑い声を漏らした。
「これでも気付かないなんて、ほんと、馬鹿だなぁ」
近藤は肘置きに寄りかかるようにして、顔を覆った。