第6話

文字数 3,003文字

「では――」
 明は柴と紫苑へ視線を向けた。倣うように皆の視線も動く。
「柴、紫苑、君たちの話を聞かせてくれ」
 二人が頷くと、まるで遠慮するようにエアコンの稼働音が弱まった。
 これで、敵の本当の狙いが判明するかもしれない。そうすれば、影正が殺された理由も分かる。大河はきゅっと唇を引き締めた。
「まず、紫苑。封印が解かれた時の状況を教えてくれ」
「覚えておらぬ」
「と言うと?」
「封印が解かれた時、私は正気ではなかった。正気を取り戻した時には、すでに幽閉されていた」
「その時いた場所は分かるか?」
「洞窟だ。私が知る山々の様子とは違っていて詳しい場所までは分からぬが、京より戌亥(いぬい)の方角だ」
 戌亥。大河がちらりと宗史を見やると、北西だ、と小声で帰ってきた。さすがだ。小さく頷き視線を戻す。
「正気を取り戻した後、どうしていた?」
「結界により、その場に留め置かれた」
「君ほどの者でも破れなかったのか」
「ああ。思い出すだけでも忌々しい」
 紫苑は憎らしげに目を細めた。
「その時、誰かと話をしたか」
「ああ、隗だ」
白髪(はくはつ)の鬼か」
「そうだ」
「どんな話をした?」
「この世を、混沌に陥れるために手を貸せと」
 ダイニングテーブルの方が小さくざわついた。
「ここにいるということは、君は承諾しなかったことになるが、何故だ?」
「私は柴主以外の者には従わぬ」
「では、協力を拒んだにも関わらず、君はどうやって柴の封印場所を知り、辿り着いた?」
「交換条件だ」
「どんな?」
「柴主の封印場所を教える代わりに、連れて来いと」
「隗は誰から?」
「知らぬ。何度問い質しても答えなかった」
「封印場所に行くまでの手段は?」
 南、大河が視線を投げる前に宗史から補足が入る。情けないが、反省は後だ。こくりと頷く。
「夜に隗と共に出立し、午の方角へ向かい海へ出た。それからからくりの船だ」
「操縦者がいただろう。顔を見ているな? 人数は?」
「顔は見た、男が一人だ」
「名前は分かるか」
「いいや」
「出航した港は?」
「港ではない、橋だ。橋の下で待っていた船に、飛び降りたのだ」
「何か覚えていることはないか? 風景でも会話でも、何でもいい」
 再び逡巡する。
「島に到着するまで、会話は一切しなかった。すぐに奥の部屋に押し込められ、窓も全て塞がれていた。周囲は見ておらぬが、何度か停泊していたようだった」
「向小島に到着して、どうしていた?」
「崖から島へ入り、柴主が封印された場所を探していた。奴らも詳しい場所までは知らないようだった。探している途中で強い霊気を感じ、辿った先に封印場所を見つけた」
「では、柴の封印を解いた後は?」
「戻った」
「来た時と逆の経路か?」
「ああ。夜に船で橋の下まで戻り、隗に連れられて同じ場所に戻され、再び結界により幽閉された」
「結界を張った術者を見たか」
「いや。姿は見えなかった」
「分かった、ありがとう。では、柴に聞く」
「ああ」
「紫苑に封印を解かれ、正気に戻った後の話が聞きたい。顔を合わせたのは、やはり隗だけか」
「ああ。その時は」
「その時? ……何か話をしたか?」
「紫苑と同じだ。力を貸せ、と。この世を、混沌に陥れるために」
「紫苑と同じく君も拒んだようだが、理由は?」
「私には、この世を陥れる理由がない」
「それは、理由があれば陥れるとも聞こえるが」
「誰しもそうであろう」
 会話のテンポを崩すことなく当然のように切り返した柴に、明はふっと小さく笑みをこぼした。
「そうだな。すまない、愚問だった。気を悪くしないでくれ」
「構わない」
 明は短く息を吐き、気を取り直して続けた。
「では、いつ、どうやって結界を破り逃げ出した?」
「お前たちが、隗に襲われた日だ。隗は、手始めに陰陽師らを一掃すると言っていた。結界を破り追いかけようとした時に、皓が現れた。結界を解いたのは、皓だ」
 思いがけない名前とその行動に、全員がざわめいた。
「皓も復活してたんだ……え、ていうか、何で?」
 大河は唖然とした顔で宗史と晴を振り向いた。
「可能性として考えなくはなかったが……」
「ああ。でも、皓が結界解いたって、どういうことだよ……」
 怪訝そうに呟いた宗史と晴に、大河は口をつぐんだ。皓も大戦に参戦し、最中に調伏したとされている。隗と同様、完全に調伏し切れず蘇生されたとしても不自然ではない。何より皓をよく知る柴と紫苑が彼女だと言っているのだ。しかし、敵側にいるはずの皓が何故、計画の邪魔になる柴と紫苑をわざわざ結界から助け出したのか。
「皓は、敵ではないのか」
 収まらないざわめきの中に明の冷静な声が響き、静寂が戻る。
 柴は分からないと言うように小さく首を横に振った。
「奴は気まぐれで、何を考えているのか分からぬことがたびたびあった。結界を解かれた時、何故かと問い質しても、理由などないと答えるばかりだった」
 さすがに明も不可解なのだろう、眉根を寄せた。
「そう指示されていた様子はなかったか」
 柴は逡巡した。
「見た限りでは、そうは見えなかった」
 ならば、独断で柴と紫苑を結界から出したことになる。賀茂家での会合で、宗史が言った「一枚岩ではないのかもしれない」という言葉は当たっていたのか。
「では、その後はどうした?」
「皓の案内により、初めはここへ向かっていたのだろう。だが途中で方向を変え、あの場所に辿り着いた」
「公園での襲撃は隗の独断だったと?」
 つまり、隗は寮へ向かう途中で見かけた昴たちを先に襲うことにした、ということになる。双子を連れていたし、襲いやすいとでも思ったのだろうか。
「おそらく。皓も首を傾げていた」
 結果的に皓は隗の目的を阻止したことになるが、その思惑は何だ。明は一拍置いて続けた。
「皓の特徴は?」
 柴は女性陣に視線を走らせ、華で止めた。
「華、と言ったか。背恰好はよく似ているが、髪は黒く、角は私たちより小さい。隠すように髪を結い上げていて見えなかった」
「髪で隠しているのか……。では、こちらが撤退した後、君たちはどうしていた?」
「紫苑に後を追わせた」
「影正さんを運ぶために?」
「そうだ」
「隗はどうしていた?」
「すぐに退いた」
「何か言っていなかったか」
「いいや、何も」
「隗と皓について今一度確認するが、私たちが伝え聞いた姿とずいぶん異なる。間違いないか?」
「ああ。私も、初めは分からなかった。しかし、あの気配や口調は、間違いなく奴らだ」
 断言した柴に、明が小さく息をついた。
「では最後の質問だ。何故我々を監視し、合流した?」
 双子が迷子になった時、宗一郎が口にした疑問だ。柴は逡巡するように一度瞬きをした。
「強力な力を持つ陰陽師に式神。加えて、隗と皓、さらに千代までも復活しているとなると、私たちだけでは、太刀打ちできぬ。しかし、お前たちが平安と呼ぶ時代と比べ、術者の数は乏しい。お前たちの力がどの程度か、見極める必要があった」
 柴は全員を見渡し、宗一郎と明を真っ直ぐに見据えて言った。
「隗と皓を――友を救うために、力を貸して欲しい」
 そう告げた深紅の目に嘘はなく、リビングに響いた声は真摯なほど真っ直ぐで力強かった。
 宗一郎は頷く代わりに一度瞬きをし、静かに宣言した。
「利害は一致している。承知した」
 柴は、ゆっくりと目を伏せた。
「感謝する」
 祈るような、何かを覚悟したような、そんな仕草。柴は友を救うと言い、宗一郎は利害が一致していると言った。大河は、わずかに眉を寄せた。
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