第7話

文字数 2,733文字

 春平のことも、宗史から聞かされた真実も、もう心の整理が付いている。ただ一つ気になることといえば、今朝、宗史の元へ入った宗一郎からの新たな懸念。
 皆、釈然としない面持ちをしていたが、下平(しもひら)たちが調べるとのことで、ひとまず警戒を怠らないようにと話しがまとまった。
 新山口駅に到着する五分前に、影唯からメッセージが入った。お寿司屋さんの前で待っている、と。
 南口の目の前は平面駐車場、広い歩道に沿って右手に進めばタクシー乗り場がある。そして左手は名店街の入口があり、居酒屋やお食事所が軒を連ねる。それらを横目に進むと、正面に駐輪場と歩道橋へのスロープ。右に曲がるとホテルがあり、その一階に指定された回転寿司の店がある。新幹線の改札を抜けてから五分もかからない。
 ここで重要なのが、新幹線を降りるタイミングだ。いち早く降りなければ、人波に揉まれて改札を抜けるまで注目を浴び続けることになる。
 というわけで、到着十五分前。夢の中にいた晴を叩き起こし、荷物をまとめてデッキへ出た。さながら、運動会の徒競走で合図を待っている小学生の気分だ。やがてアナウンスが流れ、続々と乗客たちが車両からデッキへと出てくる。
 新山口駅は、2003年に「小郡駅(おごおりえき)」から改名された。島根県の津和野駅までを走る「SLやまぐち号」の始発駅になっているため、構内に展示室が設けられている。北側は駅前広場になっていてバス乗り場があり、商店街には「SLマンホール」や「農場カフェ」「小郡文化資料館」「種田山頭火・其中庵」などがあるが、南側は何もない。道路を挟んだ向こう側は住宅街で、あとはホテルやレンタカー屋、学習塾などがあるだけで、観光地にはなっていない。あえていうなら、駅前に建つ種田山頭火の銅像くらいだろうか。防府市出身の有名な俳人だ。ちなみに大河は、影唯に教えてもらうまで気付かなかった。
 田舎ならではのあるあるだが、在来線は時間帯によっては一時間に一本しか電車が走っていない。新山口駅で降りる観光客は、やはりバスを使うのだろうか。それとも、電車旅が好きな人は待ち時間も苦にならないのだろうか。
 そんなことを考えているうちに、新幹線はホームへと入り速度を落とす。
 完全に停車し、ドアが開くと即座に降りて階段へ向かう。のんきにエスカレーターを使っている場合ではない。
 足早に階段を駆け下りる、イケメン二人と古風な恰好の男二人に高校生。奇妙な取り合わせに、すれ違う人々は好奇の目を向けた。
 改札前は待合室があるため、お迎えやお見送り、出発前の人たちでごった返していた。観光客だけならいざ知らず、帰省する人もいるため大賑わいだ。こっちこっち、と家族連れに手を振っていた中年女性が手を止め、「あらぁ、イケメン」と頬を染める。
 もういちいち気にしていられない。向けられる視線を意識的にシャットアウトし、大河を先頭に改札を抜ける。階段を使って一階へ下り、構内を出て回転寿司屋の前に停車している白いワンボックスカーへと一直線。
 灼熱の中、荷室の前で待っていた影唯が、鬼気迫る勢いの大河たちに気付いた。気圧されたように、大慌てで扉を開ける。
「大河、何をそんなに慌ててるんだい」
「目立つんだよこの人たち。勝手に写真撮る人とかいるし」
 荷台にキャリーケースを押し込みながらまくしたて、いいから早く、と急かして扉を閉めた。挨拶もそこそこに車に乗り込み、追い立てられるように発車する。
 示し合わせたように、助手席で大河、二列目で宗史と晴が深い溜め息をついた。
「よく似合ってるけど、確かにその恰好じゃ目立つかもしれないねぇ」
「この恰好じゃなくても、このメンツなら目立つよ。京都駅でさぁ、外人さんにめっちゃ追いかけられた」
 シートベルトを締めながらぼやくと、影唯は楽しそうに笑い声を上げた。
「まあ、無事に着いて良かったよ。皆、お疲れ様」
「またお世話になります」
「世話になる」
 宗史に続いた柴を、影唯がルームミラーでちらりと見やった。晴が、柴と紫苑に帽子を脱ぐように勧める。
「うーん、生で見るとますますイケメンさんだなぁ。これは島中で噂になるかも」
「あ、やっぱり?」
「うん。前に宗史くんと晴くんが来た時も、色んな人に聞かれたんだよ。ほら、おじいちゃんのお葬式もあったし」
「あの時も目立ってたもんね。若い人の方が少ないし」
「そうそう。山田のおばあちゃんから、うちの孫に紹介してやってくれって言われちゃったよ」
「え、(いく)ちゃんまだ小学生じゃん」
「将来有望なら全然オッケー」
「やめろ、恥を晒しに来たのかお前は」
 大河が呆れたふうにぼやき、晴がチャラさを発揮し、宗史が速攻で突っ込んだ。影唯の弾んだ笑い声が車内に響く。
「そうだ。独鈷杵なんだけど、すぐに取りに行くかい?」
「いえ。夜になってから行きます」
 即答した宗史を振り向きかけて、そうかと察した。
 こんな昼間から襲撃を受ければ、大騒ぎになる。夜でも戦闘になれば騒ぎになるかもしれないが、闇が深い分、目撃されることはない。それに、島民の数が少ないとはいえ、昼間は人が出歩いている。この時期なら、夏祭りの準備や畑仕事で外に出ている人の方が多いくらいだ。何かあった時、巻き込むわけにはいかない。
 背もたれから体を離し、すぐに戻した大河を横目で見た影唯が、密かに微笑んだ。
「分かった。じゃあ、それまでゆっくりできるんだね」
「ううん。術の訓練する。あと、ちょうどいいから裏山で体術訓練もできるし」
「お、そういえばそうか」
「実際の山でできるのは助かるな」
「でしょ? あ」
 不意に思い付いたが、どうしようか。
「大河、どうしたんだい」
「んー」
 大河は逡巡し、結局振り向いた。
「柴、紫苑」
 車窓を行き過ぎる街並みを眺めていた二人が、同時に顔を向けた。
「行ってみる? 御霊塚」
 無神経かなと思った。千年以上も封印されていた場所なんて、普通なら忌々しくて近付きたくもないだろう。けれどあの場所には、間違いなく影綱が何度も足を運んでいる。
 御霊塚の前で、日々の出来事や都での思い出なんか話したかもしれない。帰郷して塚を建て、結婚して子供や孫が生まれ、年を重ねて――もう幾度も来ることが敵わないと悟った時、影綱は、最後に何を語ったのだろう。種族が違う友の前で、何を伝えたのだろう。
「案内を、頼む」
 意外とすんなり頷いた柴に、大河は笑みを浮かべて頷き返した。
「じゃあさ、ついでだし、訓練あそこでする? 広くなってるし、人目に付かないだろうし」
「そうだな、そうするか」
「それじゃあ、お水とか持って行った方がいいよ。スーパーに寄ろうか」
「うん、そうして」
 了解と言った影唯の横顔は、いつも通りにも、少し不安そうにも見えた。
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