第12話

文字数 3,115文字

「では、お前たちのこの格好は、物の怪か」
「神が?」
 柴のあとに紫苑が付け加えた短い突っ込みに、どっと笑い声が上がる。三柱はすっかりふてくされた顔だ。
「それね、藍と蓮のためにしてくれたのよ」
 けらけらと笑いながら、華がフォローした。
「え、そうなんですか?」
「ええ。双子と一緒に二階の部屋を回って、トリック・オア・トリートってしたの。お菓子をくれないといたずらしちゃうぞって。毎年あたしたちだけでやってたんだけど、部屋数が多い方が楽しいかと思って頼んだの」
「あー、なるほど」
 人数が多いからこそ思い付く趣向だ。皆はお菓子を持って部屋で待機し、六柱を引き連れた双子が一部屋ずつ回ったのだろう。なんかもう想像するだけでも楽しそうだ。はしゃぐ双子の姿が目に浮かぶ。
「ほら、あの子たち保育園に行ってないから。だから季節のイベントはするようにしてるのよ」
「そういえば……」
 大河はちらりと和室に視線を投げた。寮には常に誰かいるし、世話にこと欠くようなことはないだろうが、就学前の友達づくりや集団生活に慣れさせるという目的もある。
 とはいえ、双子の生い立ちを考えると、少々不安かもしれない。一歳の幼児がたった二人で置き去りにされ、入院を余儀なくされ、他人に預けられることになった。親を親だと認識できる年で、しかし何故か親はいなくなった。きっと不安や困惑どころではない、恐怖だ。そんな中で突然保育園に通わせるのは、難しかったかもしれない。ならば人に預けずにここで、と思ったのだろう。
 この特殊とも言える環境下で、あんなにも元気に健やかに育っている双子を見れば、華たちがどんなふうに見守ってきたのか想像できる。
 そもそも、置き去りにしたとはいえ、双子の両親に愛情がなかったとは思えない。苦しい中で、きっと悩んだだろう。悩んで悩んで、悩み抜いた末に道連れにはせず、裕福そうに見えた寮を選んだ。生きて欲しいと願ったのだ。中には無責任だと言う人もいるだろう。けれどそこには、間違いなく愛情があった。
 藍と蓮はたくさんの愛情を注がれて、それはきっとこれからも変わらない。成長して、いつか自分の置かれた状況を正確に理解する日が来ても、傷付くだろうが絶望したり卑屈にはならないだろう。
「藍と蓮、楽しかったでしょうね」
「ええ、楽しんでくれていたわ」
 華は相好を崩して頷いた。
 と、下平の携帯が着信音を鳴らし、明の声が届いた。
「下平さん、私と陽の写真を送ったので、お願いします」
「っと、そうそう、それだ」
 すっかり話しが逸れてしまった。
「そちらは盛り上がっているようで、羨ましいですねぇ」
 いいなぁ、と羨ましそうにぼやく明に、くすくすと密かな笑い声が漏れる。
「宗史、晴、私たちも」
 いつの間にか復活した宗一郎がちょいちょいと手招きをし、二人が腰を上げた。右近と左近が控えていた位置に二人が収まり、下平が大河の後ろへ移動する。大河は頭が映り込まないように、少しだけ横へ避けた。
「宗史くんと晴くん、表情が硬いよー」
「もっと笑って笑って」
「おかしくもねぇのに笑えるか!」
 樹と大河の茶々に、速攻で晴の突っ込みが飛ぶ。晴れやかな笑い声が響く中、「いくぞー」と下平の掛け声でパシャリとシャッターが切られた。とたんに宗史と晴が息を吐き出す。
「お、やっぱ被写体がいいと出来もいいな」
 下平は確認して満足そうに頷き、宗史と晴は複雑な顔で各々席へ戻る。
「このメンツで写真って、レアだな……」
「この先、一生ないだろうな」
 何でそんなに複雑な顔をしているのか分からない。大河は小首を傾げつつ、改めて下平の部下たちの写真を確認した。会議室などの個室だろう、何故か下平も一緒に映っている。揃って敬礼している姿は凛々しいけれど、その顔には笑みが浮かび、仲が良い雰囲気が伝わってくる。榎本らしい女性はきりっとしているが。
 それにしても、散々笑っておいて今さらだが、式神の写真は本当にあれでいいのだろうか。
 大河は少し不安になりつつ、携帯をテーブルにおいてグラスを持ち上げた。と、和室の襖が開き、目を擦りながら藍と蓮が起きてきた。
「ああ、起きてきちゃったわね」
 華と夏也が腰を上げ、おしっこ、と双子が言ったのでひとまずトイレへ連れていく。その間、雑談で時間を潰し、戻ってきてから下平たちの紹介をした。「熊!」と目を輝かせた双子に、熊田は自慢げにフルネームを告げ、「強そうな名前でいいだろう」とおどけてみせた。
 ちょうどおやつの時間なので席に座らせてお茶菓子を与え、二人が夢中になる中、会合は再開された。
「では、先程下平さんからの報告にあった件ですが。確かに、草薙一之介にそれほどの権限があるとは思えません。ただまあ、我々からしてみれば、今さらという気がしないでもありませんので、こちらは紺野さんにお任せします」
「分かりました」
「次に千代の力のことですが、柴、紫苑。どうだ?」
 意見を求められ、柴と紫苑は逡巡した。しばらくして、柴が視線を上げた。
「その、けいむしょやりゅうちじょうとは、罪人を収容しておく場所か?」
「そうだ」
「正確な数は」
「ああ、そこまでは把握していないな」
 宗一郎が視線を投げると、刑事組が「確か」と思い出す素振りをした。答えたのは熊田だ。
「刑務所と拘置所を合わせて約六十六、留置場が千三百、だったか?」
「えっ!」
 思いもよらない数に驚きの声が上がり、紺野たちはそうですねと頷く。
「そんなにあるんですか?」
 弘貴の問いかけに、熊田が答えた。
「そりゃあ、全国だからな。留置場は各本部と警察署に設置されてるわけだし」
「拘置所と留置場って、違うんですか?」
 今度は大河が尋ねる。
「いや、役割としては同じだ。ただ管轄が違うんだよ。留置場は警察署だが、拘置所は法務省だ。基本的に、捜査中は留置場で拘留して、起訴後に拘置所に移送するって流れだな」
 へー、と感心の声が上がる。捜査中か起訴後かで、管轄が変わるらしい。勉強になるなぁ、と思っていると、下平が苦笑した。
「まあ、普通は知らねぇよな。知る必要もねぇし」
 刑事組がそうそうと揃って相槌を打つ。普通に暮らしていれば世話になるのは交番くらいで、収容施設がいくつあるのかなんて気にも留めない。
 下平が軌道修正した。
「それで、あの数の収容施設を一度に襲うほどの力が千代にあるのか?」
「力だけなら、おそらく」
「力だけなら?」
 紺野の反復に、柴はこくりと頷いた。
「お前たちが大戦と呼ぶ戦で目にした悪鬼の数と、廃ほてる、だったか。あの時に見た悪鬼の数は、比べ物にならぬ」
 マジか、と大河は口の中で呟いた。あれ以上の数の悪鬼を操ることができるなんて、千代の力はどれほど強大なのか。
「しかし、千代が、どのようにして悪鬼を従えているのかは分からぬが、見知らぬ土地にある、見知らぬ建物を襲えと命じ、悪鬼がそれに忠実に従えるのかは、甚だ疑問だ」
 ああ、と一様に理解の声が上がる。悪鬼は負の感情の塊にすぎない。千代の力によって操られ、危機感などは本能なのだろうが、例えば刑務所の住所、あるいは地図を見せて理解できるとは思えない。あくまでも、「陰陽師を襲え」「式神を襲え」「この人間に従え」などの単純な命令のみ可能というわけだ。
「確かに、言われてみればそうだな。悪鬼に思考力があるとは思えねぇ。てことは、まあ千代の力のでかさはともかく、ひとまず警戒しなくていいか」
 下平たち刑事組がほっと安堵の息を吐いた。もし可能だとしたら、とんでもないことになっていた。全国津々浦々回って警察署や収容施設に結界を張るなんて、労力もさることながら、どれだけの時間がかかるのか知れない。
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