第14話

文字数 2,377文字

 初めに狙われたのは、皓の縄張りだった。千代は突然集落の一つに現れ、鬼を悪鬼に食らわせ、自らの手で八つ裂きにした。そこから悪鬼はあっという間に皓の縄張りを蹂躙し、その様子に気付いた隗の配下の見張り役から隗へと知らせが入った。激怒した隗が加わり、さらに援軍を求められた柴が加わった。
 そうして戦況は拡大し、警護が手薄になった集落や里、最終的に根城をも襲われ、三鬼神の縄張り全てが大混乱に陥った。それでも何とか女子供を逃がし、悪鬼を撃退しながら都へと向かった。そう、あの時襲撃してきたのは、間違いなく千代率いる悪鬼だった。剛鬼はおろか、野鬼一匹いなかった。
 だが、思い当たる節はある。
 酒吞童子の縄張りは、かつて都が置かれていた大和国、のちに遷都された山城国や近江国一帯にまで及んでいた。そして周辺には酒吞童子に追いやられた野鬼がはびこっており、酒吞童子の縄張りへと逃れる道中で、何度もその野鬼とも交戦した。
 最終的に都を巻き込んだ戦にまで発展した時、人は見分けがつかなかっただろうが、三鬼神の配下の他に、野鬼が紛れていることは一目で分かった。角が黒く染められていたのだ。おそらく数が多いため目印にしていたのだろう。鬼のことを知らない人からすれば、黒い角の鬼もいるのか、くらいにしか思わない。あるいは、気に止める余裕もなかっただろう。千代が都を襲ったと知り、酒吞童子の縄張り外の野鬼共が便乗したのだとばかり思っていたのだが。
「剛鬼が千代と手を組み、あの戦を企てたというのか」
「ええ」
 つまりあの戦は、三鬼神、人、千代と野鬼の連合軍による三つ巴だったと言った方が正しい。ということは――。
 紫苑は目を丸くし、それを口にした。
「馬鹿な……。三鬼神が野鬼に堕ちたというのか!」
「そうなるわね」
 当初は千代と剛鬼の連合軍だったところへ、のちに隗が加わった。隗は、父母が殺害され、のちに甚大な被害を出したあの戦を企てた首謀者と手を組んだことになる。
「有り得ぬ! 奴の配下の者たちも大勢殺された。だからこそ餓虎を一網打尽にしたのであろう。何より奴は三鬼神の座に誇りを持っていたのだぞ!」
「それを捨ててでも、人を根絶やしにしたかったってことでしょ」
 あくまでも冷静な皓に、紫苑は眉間に深いしわを刻んだ。柴に聞けば真偽が分かるような嘘を言うとは思えないが。
「真の話だろうな」
「真も真。ちゃんと隗からの情報よ。あたしだって、剛鬼の行方はずっと気になってたのよ。それにね紫苑。言っておくけど、あたしだってあの戦でたくさんの配下を失ってるのよ。嘘をつくために利用するなんて不謹慎な真似しないわ。大体、何でこんな嘘言わなきゃいけないのよ」
 失礼ね、と頬を膨らませた皓に、紫苑はふと思い出した。確かに皓は気まぐれで飄々とした部分があるけれど、それでも三鬼神として多くの配下を抱えていたのだ。それに、腹心をはじめ、都へ逃れた際に合流した大勢の配下は、皓をとても慕っていた。皓が、配下を大切にしていた証拠だ。
「そうだな。すまない」
 すんなり謝罪した紫苑に、皓は意外そうに目をしばたいて微笑んだ。
「素直なところは変わってないわね」
「無駄口はいい。して、何故今さらそんな話をするのだ」
 驚きはしたものの、要は、実は剛鬼が生きていて千代と手を組み、戦を仕掛けたというだけの話だ。今現在、剛鬼がいないということは、間違いなく討伐されている。
「気になってるんじゃないかと思って」
「何をだ」
「気にならなかった? あの夜襲から始まった一連の戦は、結局何だったのか」
「それは……」
 皓の言う通りだ。何故あの時だったのかという疑問は残ったものの、当時は、長年にわたって縄張りを奪取できずに業を煮やしたゆえと解釈され、皆もそれで納得していた。
 けれど、野鬼との戦を経験していく上で、違和感は徐々に膨らんでいった。
 あの戦は、どう考えても無謀なのだ。縄張りに手を出せば、三鬼神が黙っているわけがない。加えて、三鬼神の関係は野鬼も知っていたはず。手を組むことは容易に想像できた。いくら野鬼をかき集めたところで兵の数は比べものにならず、勝算は皆無に等しい。にもかかわらず、何故あんな大がかりな戦を仕掛けたのか。
 どうにも気になって、行毅に話したことがある。行毅は、
『まあ確かにそうだけど、でもあれ以来何の動きもないだろ。剛鬼も討ち取られたわけだし。仲間を集めて調子に乗ったんじゃないのか。三鬼神の力を見くびったってことだ』
 と言っていた。皆は先の解釈で納得していたし、考えすぎだろうと思った。だが、剛鬼の生死に疑問を抱いていたのなら話は別だ。自分が気付いた違和感を、柴や玄慶が気付かないはずがない。おそらく、訝しげに思い、さらに剛鬼の生死にも疑問を抱いたからこそ、行方を追ったのだろう。何か裏があるのではと。
 口を閉じた紫苑を見て、皓は言った。
「あれはね、布石だったそうよ。今は大戦って呼んでる、あの戦の」
 紫苑は目を丸くした。
「二つの戦が、繋がっているというのか」
「ええ」
 皓は頷いて口を閉じた。見据えてくる深紅の瞳が「聞く?」と尋ねてくる。
 気になっていたのは確かだが、今さら聞いてどうすると思わなくもない。剛鬼のことを柴や玄慶が話さなかったのは、話せば皆を不安にさせるからだ。隗が裏切った理由も、知ったところで事実は覆らない。そもそも、今はこんな話を聞いている場合ではない。けれど――。
 大河の気持ちを、改めて理解した。
 あの一連の戦は大戦の布石だった。それが事実なら、大戦を起こすために、父母や集落の仲間は殺されたことになる。どんな企てだったのか、剛鬼の本当の狙いは何だったのか。何故、父母や仲間はあのようなむごい殺され方をされなければならなかったのか、知りたいと思う。
 知っても、何も変わりはしないのに。
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