第10話
文字数 1,561文字
目を見開いたまま動かなくなった男の顔を覗き込み、白髪の男はおもむろにしゃがみ込んだ。そして右腕を振り上げると、左胸目がけて勢いよく振り下ろした。すぐに引き抜き、手の中にある肉の塊を満足そうに眺めて舌なめずりをする。空に掲げるように持ち上げ、滴る血を飲んでから大きく開けた口の中に落とした。
肉を捏ね回すような咀嚼音に、側で見ていた雅臣が渋面を浮かべた。
「やっぱりエグイな……」
雅臣は一度体を震わせて霊刀を消すと、息を吐き出した。足元に転がる男を一瞥してふんと鼻を鳴らす。
と、ごくりと喉を鳴らした白髪の男が不意に頭上を見上げた。倣うように少年と少女が顔を上げると、頭上を覆う枝葉の間から、葉を落としながら何かが降ってきた。それは軽い所作で地面に着地すると、雅臣の足元に転がる遺体を見やり、あら、と声を上げた。
「終わっちゃった? 残念」
「おかえりなさい、皓 。今日は早かったですねぇ」
遺体に近寄る皓に、少年が言った。少年の背後にいた小柄な少女が、ポケットから霊符を取り出して白髪の男に小走りに寄った。
「あたしだってたまにはちゃんとしたもの食べたいわよ。でもちょっと遅かったみたいね。一番美味しいところ、隗 に食べられちゃった」
「案ずるな、肉がまだ残っている」
少女は白髪の男――隗の側で霊符を発動させ、手元に霧雨を降らせた。隗は血まみれの手を洗い、口元の血を洗い流す。
皓はそうねぇと遺体の顔を覗き込みながら思案し、ふと小首を傾げた。
「この子、どこかで見たわね。どこかしら」
「あんたが誑かした男じゃないの?」
首を刎ねた女が冷たく言い放った。
「そうかもしれないわね。でも覚えてないわ」
けらけらと笑う皓に、女が忌々しげに眉を寄せた。
隗は少女から差し出されたタオルハンカチで手と口を拭き、そのまま少女を片腕に乗せて抱え上げた。すると少女はハンカチを握ったまま隗の胸に体を預けて、目を閉じた。ゆっくりと少年らの元へ歩み寄る隗に、雅臣と女が続く。
「おや、やっぱり眠かったようですねぇ。おうちで待っていていいですよって言ったんですが」
少女の寝顔を見つめ、少年は微笑ましげに笑った。
「なぁ、こいつ何でこんな隗に懐いてるわけ?」
怪訝そうに尋ねた平良に、少年は苦笑した。
「さあ、どうしてでしょう。それより平良さん、どうでした? 彼は」
遺体の側では、皓が「このお肉どうしようかしら」と一人ごちてしゃがみ込み、悪鬼が食わせろと言わんばかりに待ち構えている。
平良は目を爛々と輝かせて答えた。
「聞いてた以上の実力だぜ。悪鬼を霊刀一本で防ぎやがった」
「あの悪鬼の塊をですか?」
驚いた顔で問うたのは雅臣だ。
「ああ。だから言ったろ、全力で戦うことなんて普段ねぇんだから実力を計った方がいいって。さすがにしんどそうだったけど、すごかったぜぇ」
興奮した様子で浮かれる平良とは反対に、雅臣と女は神妙な面持ちになった。
「てことで、約束通り成田樹は俺が貰うぜ」
「ええ、構いませんよ」
「よっしゃ!」
両拳を握り締め、今にも踊り出しそうなほど喜ぶ平良を少年は嬉しげに眺めた。
「柴 と紫苑 はどうでした?」
「ああ、合流してたぜ」
「そうですか」
柴と紫苑より樹のことの方が気にかかるらしい。平良は、待ってろよ樹、と誰に言うともなく一人ごちた。
「整ったか」
不意に着物の少女が口を開いた。
「ええ」
ざっと強い風が吹き、枝葉が大きく揺れた。ざわざわと葉が擦り合う妖しい音が森を包み込む。
少年は口元に笑みを浮かべた。
「さて皆さん。これからが本番ですよ」
鳴り止まない葉音の中に、ゴキッと骨をへし折る音と、肉を引き裂く生々しい音が混じった。
肉を捏ね回すような咀嚼音に、側で見ていた雅臣が渋面を浮かべた。
「やっぱりエグイな……」
雅臣は一度体を震わせて霊刀を消すと、息を吐き出した。足元に転がる男を一瞥してふんと鼻を鳴らす。
と、ごくりと喉を鳴らした白髪の男が不意に頭上を見上げた。倣うように少年と少女が顔を上げると、頭上を覆う枝葉の間から、葉を落としながら何かが降ってきた。それは軽い所作で地面に着地すると、雅臣の足元に転がる遺体を見やり、あら、と声を上げた。
「終わっちゃった? 残念」
「おかえりなさい、
遺体に近寄る皓に、少年が言った。少年の背後にいた小柄な少女が、ポケットから霊符を取り出して白髪の男に小走りに寄った。
「あたしだってたまにはちゃんとしたもの食べたいわよ。でもちょっと遅かったみたいね。一番美味しいところ、
「案ずるな、肉がまだ残っている」
少女は白髪の男――隗の側で霊符を発動させ、手元に霧雨を降らせた。隗は血まみれの手を洗い、口元の血を洗い流す。
皓はそうねぇと遺体の顔を覗き込みながら思案し、ふと小首を傾げた。
「この子、どこかで見たわね。どこかしら」
「あんたが誑かした男じゃないの?」
首を刎ねた女が冷たく言い放った。
「そうかもしれないわね。でも覚えてないわ」
けらけらと笑う皓に、女が忌々しげに眉を寄せた。
隗は少女から差し出されたタオルハンカチで手と口を拭き、そのまま少女を片腕に乗せて抱え上げた。すると少女はハンカチを握ったまま隗の胸に体を預けて、目を閉じた。ゆっくりと少年らの元へ歩み寄る隗に、雅臣と女が続く。
「おや、やっぱり眠かったようですねぇ。おうちで待っていていいですよって言ったんですが」
少女の寝顔を見つめ、少年は微笑ましげに笑った。
「なぁ、こいつ何でこんな隗に懐いてるわけ?」
怪訝そうに尋ねた平良に、少年は苦笑した。
「さあ、どうしてでしょう。それより平良さん、どうでした? 彼は」
遺体の側では、皓が「このお肉どうしようかしら」と一人ごちてしゃがみ込み、悪鬼が食わせろと言わんばかりに待ち構えている。
平良は目を爛々と輝かせて答えた。
「聞いてた以上の実力だぜ。悪鬼を霊刀一本で防ぎやがった」
「あの悪鬼の塊をですか?」
驚いた顔で問うたのは雅臣だ。
「ああ。だから言ったろ、全力で戦うことなんて普段ねぇんだから実力を計った方がいいって。さすがにしんどそうだったけど、すごかったぜぇ」
興奮した様子で浮かれる平良とは反対に、雅臣と女は神妙な面持ちになった。
「てことで、約束通り成田樹は俺が貰うぜ」
「ええ、構いませんよ」
「よっしゃ!」
両拳を握り締め、今にも踊り出しそうなほど喜ぶ平良を少年は嬉しげに眺めた。
「
「ああ、合流してたぜ」
「そうですか」
柴と紫苑より樹のことの方が気にかかるらしい。平良は、待ってろよ樹、と誰に言うともなく一人ごちた。
「整ったか」
不意に着物の少女が口を開いた。
「ええ」
ざっと強い風が吹き、枝葉が大きく揺れた。ざわざわと葉が擦り合う妖しい音が森を包み込む。
少年は口元に笑みを浮かべた。
「さて皆さん。これからが本番ですよ」
鳴り止まない葉音の中に、ゴキッと骨をへし折る音と、肉を引き裂く生々しい音が混じった。