第7話

文字数 2,029文字

      *・・・*・・・*

 想定外のことが起こった場合の判断は任せる。そう、満流から健人へ指示が出ていた。
 向島は、向小島と違い観光地になっている。集落の一番東側には波止場があり、時期的に「仲間と一緒に航海中で、観光に立ち寄った」などと言って船を停めても怪しまれることはない。以前来た時は、健人が船で待機していたため向小島の裏側に停泊していたが、今回はそうもいかない。船を無人にするかもしれないのなら、きちんと固定しておかないと波であらぬ所へ流され、最悪、岩や岩壁にぶつかり船が破損する。
 到着したのは夕方。釣り道具を持って船から下りる島民らと会った。事情を話し、
「こちらで一泊させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
 と交渉したのは、如才ない笑みを浮かべた健人だ。つい数か月前まで社会人として働いていただけのことはある。タオルを頭に巻き、爽やかで物腰の柔らかい雰囲気の健人と、無邪気な顔でうろちょろする満流に、島民らは笑顔で了承してくれた。
「こら満流、大人しくしてろ」
「だって見て、兄さん。海、すごく綺麗だよ」
 などと言って披露してみせた小芝居は、驚くくらい自然だった。
 その後、持参した食料で腹を満たし、陽が落ち始める前に山へ向かった。満流、杏、皓の三人は海賊の墓へ、昴、雅臣、弥生は地道に徒歩で山頂を目指した。そして健人と真緒は、悪鬼を封印した箱と共に船で待機。山頂でもよかったのだが、何が起こるか分からない。船を移動させる状況になった場合、悪鬼が使えるとはいえ一度戻る時間がもったいない。念のために全員が同時通話を繋ぎ、状況を把握しつつ、判断は健人に任された。
 結界が張られた時、昴がわざわざ「事前に霊符を仕込んでたみたいだね」と口にしたのは、健人と弥生へ状況を知らせるため。また、二人が悪鬼を二分させて弥生の元へ向かったのも、こちらの会話が届いていたからだ。少々時間はかかったが、二人は期待通りの働きをしてくれた。
 神社をあとにして携帯を確認したところ交戦中で、やはり鈴が来ていたようだ。携帯から状況が把握できるとはいえ、詳細までは分からない。こちらが捕まったと知って仕掛けたのだろうが、健人たちと悪鬼の援護もあるし、何より、互いに集落への被害は望んでいない。適当なところで引き上げてくる。
 向小島の一番東側にそびえる山の崖の上に、昴たちはいた。規則的に寄せては引く波が、海面から顔を出した岩々にぶつかっては白い水飛沫を上げる。
「大丈夫?」
 昴は、地面に座り込み、杏の手当てを受ける満流に声をかけた。ゆっくりと膝をついて、めくられたTシャツから見える腹を覗き込む。見事な青痣だ。
「ええ。と言いたいところですが、さすがに式神の蹴りを食らって大丈夫とは言えませんねぇ」
 のんびりした口調とは裏腹に、満流はいたたと顔を歪めた。
「骨折や内臓破裂じゃないだけマシだよ。志季は情に厚い分、敵には容赦しないタイプだ。裏切りにも厳しいだろうね。主と違って」
 自虐的に言って、昴は腰を上げた。
「その主ですが、いかがでした?」
「勝てるんじゃないかな。彼が、このままならね」
 さらりと告げられた条件付きの勝利宣言に、満流は肩を震わせた。
「名前が気になっていたのは確かですが、まさか本当にそうだとは思いませんでした。土御門家前当主は、ご存知だったんでしょうか」
「さあ。僕には分からない。君の方は?」
 問い返すと、満流は切り裂かれたパーカーをつまんで持ち上げた。そうですねぇと思案する素振りのわりには、口元に笑みが浮かんでいる。
「治癒したとはいえ、大怪我を負ったあとにあれほど動けるのはさすがです。ですが、万全だったとしても、勝てますね。彼がこのままなら、ですけど」
 同じ条件を付け加えた満流に、昴が苦笑する。
「ちょっと昴」
 不満顔をした皓が口を挟んだ。
「心配なのは満流だけなの? こっちは柴を相手にした上に足を貫かれたのよ。すっごく痛かったんだから」
 見ろと言わんばかりに上げた右足には、底に穴が開き、真っ赤に染まったアンクルストラップの低いサンダル。そして透け感のあるトップスは、袖が外れかけ、縫い目がほつれ、あちこち破れている。枝に引っかかったか何かしたのだろう、下に着ているキャミソールも胸元が裂けてしまっていて、下着がちらちらと覗く。戦闘開始前よりも目のやり場に困る有り様だ。唯一ジーンズが無事なことだけが救いだろうか。
「ごめん。別にそういうわけじゃないんだけど、つい、大丈夫かなって」
「大丈夫なわけないでしょ。この程度なら治るけど、あたしたちだって死ぬし、痛覚はあるのよ」
「そうだね、ごめん」
 足を貫かれるのは、彼らにとってはこの程度らしい。申し訳なさそうに苦笑いを漏らす。
「牙の奴、相変わらず容赦ないわね。サンダルも駄目になっちゃったし、覚えてなさいよ」
 ぶつぶつぼやきながらサンダルを脱いで放り投げる皓を見て、昴と満流は顔を見合わせて苦笑いした。
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