第6話
文字数 2,316文字
柴の根城は、要は本拠地だ。
柴や玄慶、直属の隊やその家族が住む本拠地があり、その卯、酉、牛、子(現在の東西南北)の方角に「里 」と呼ばれる集落が。そのさらに外側に、紫苑が住んでいたような小規模集落があちこちに点在している。
里は、かつての三鬼神が根城の守護を目的として作った村のようなものだ。宴を催したり、兵らの訓練場所や有事の際の避難場所となる広場が中央にあり、その周りを小さな集落が囲んでいる。それぞれ管轄内にある小規模集落の管理、あるいは人間の動向の収集役も担う。また、管轄をさらに分け、各所常時六名から十名ほどの見回り役が周囲の警戒に当たっている。
あの日、上げた狼煙に初めに気付いたのは、子(北)の里の見回り役だったそうだ。普段なら、一名を里への伝達役とし、他の者は合流しつつ数名で狼煙の上がった集落へ、という形が多いのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。上がった狼煙は、一つではなかったのだ。
一番初めに上がったのが、集落の中でも里から最も距離があり、比較的大きく、幾度も野鬼たちの侵入を未然に阻止している紫苑の集落だった。それを皮切りに次々と援軍要請の狼煙が上がり、しかも全て里から離れた集落からだった。その時確認できただけでも八カ所。
とりあえず、里に知らせなければならない。各所で狼煙が上がるため伝達役が複数名重なり、途中で鉢合わせた一名に任せて引き返すといった、効率の悪さが浮き彫りとなった。さらに、これと同じ状況が、卯(東)の里でも起こっていた。
里へ戻った伝達役から里監 と呼ばれる隊のまとめ役へ、さらに本拠地へ報告が入れられるのだが、緊急を要する上に数が多い。だが今後また新たに狼煙が上がらないとも限らないため、全ての隊を出陣させるわけにはいかない。卯(東)と子(北)の里監は、本拠地からの指示を待たずに、各半数以上の隊を援軍として集落へ送り出した。
一方本拠地では、一歩遅れて見張り役が狼煙に気付き、集落や里を含めたすべての隊の最高責任者である玄慶へと報告。出陣の支度をしている間に里から知らせが入り、しかし幸いにも酉(西)と牛(南)の里からの要請はなかった。ただ、牛(南)の里からは耳を疑う報告が飛び込んできた。隗の縄張りで、多数の狼煙が上がっているのだという。
酉(西)と牛(南)の里の方角は隗の縄張りと隣接しており、しかもこちらと同じ状況。ということは、襲撃は隗によるものではなく、野鬼の仕業。里と本拠地を手薄にし、その間に攻め入るつもりではないかと推測した。つまり、夜襲は陽動だ。
結局、狼煙が上がった集落は計十五カ所にも及んだ。
多数の集落からの要請に加え、里と本拠地の警護もある。援軍の数はぎりぎりにならざるを得ず、しかし精鋭ばかりだ。戦力と兵の数、警護の範囲などを鑑みた結果、柴と玄慶自らも出陣。直属の隊の半数を援軍とし、残り半分を里と本拠地の護衛につかせた。
結果、里や本拠地への襲撃はなく、陽動とみられた夜襲の目的は謎のままで終わった。単に縄張りの奪取が目的かとも思えるが、それにしては戦力を分散してまで柴と隗の縄張りを同時に襲撃する意味が分からない。
そして集落の被害は、紫苑の集落以外では、被害は大きかったものの、かろうじて全滅を免れた。
全滅の原因は玄慶の采配ではなく、単純に敵の数の多さと距離の遠さだ。紫苑が暮らしていた集落が、幾度も野鬼の侵入を阻止していたことは餓虎も知るところだろう。ゆえに倍の数の兵が送り込まれ、里と本拠地から最も遠いこともあり、全滅を阻止できなかった。その証拠に、襲われた集落に送り込まれた餓虎の数は、集落に住む者たちの半分にも満たない数だったそうだ。
さらに、この夜襲は柴と隗の縄張りだけで終わらなかった。
その日の昼間に隗が訪れ、
「餓虎 らを一網打尽にする。断る理由はないな? よぅし、さっそく策を練ろうではないか」
と、柴と顔を合わすや否や心底不機嫌な顔で言い放ち、さらに少し遅れて皓がやってきて、
「ちょっと隗、根城で大人しく待ってなさいよ。あたしと柴が来ることくらい分かるでしょ。遠いのよ、ここ」
と美しい顔を歪めて苦言を飛ばした。ちなみに、互いの根城を訪れる時の従者は一名、という決まりがあり、その従者は里に留め置かれる。実質休戦状態ではあるが、本来敵対する関係なのだ。警戒するべきところは警戒しなければならない。とはいえ、態度や物言いから察するに、何やら想像以上に気安い関係のようだ。
それはさておき、皓もしてやられたとなると、さすがに動かないわけにはいかない。これが単独ならば傍観を決め込むところだが、要は三鬼神の全ての縄張りに手を出したのだ。
「隗と皓の腹心を、ここへ」
柴のそのひと言で、三鬼神による餓虎一網打尽が決定した。
野鬼の中でも最大勢力を誇る餓虎を壊滅できれば、他の野鬼もしばらくは大人しくなる、あるいは配下に入る者もいるだろう。同時に、三鬼神の名誉もかかっていた。
その後、中間地点である隗の根城で三鬼神、腹心、里監(あるいは軍師)たちによる協議が重ねられ、策が練られた。
夜襲の目的については宣戦布告と解釈され、それぞれの縄張りにて厳戒態勢が敷かれ、兵たちの訓練は厳しさを増した。だが、子供たちに詳細が伝えられることはなく、紫苑はただ忙しそうにする柴や玄慶たちを黙って見守るしかできなかった。
一つだけ小耳に挟んだのは、どうやら野鬼を捕らえて餓虎の情報を聞き出しているらしいということ。縄張りがはっきりしない野鬼をどうやって捕らえたのか。方法は分からなかったが、おそらく捕らえられた野鬼は殺されているだろうことだけは、分かった。
柴や玄慶、直属の隊やその家族が住む本拠地があり、その卯、酉、牛、子(現在の東西南北)の方角に「
里は、かつての三鬼神が根城の守護を目的として作った村のようなものだ。宴を催したり、兵らの訓練場所や有事の際の避難場所となる広場が中央にあり、その周りを小さな集落が囲んでいる。それぞれ管轄内にある小規模集落の管理、あるいは人間の動向の収集役も担う。また、管轄をさらに分け、各所常時六名から十名ほどの見回り役が周囲の警戒に当たっている。
あの日、上げた狼煙に初めに気付いたのは、子(北)の里の見回り役だったそうだ。普段なら、一名を里への伝達役とし、他の者は合流しつつ数名で狼煙の上がった集落へ、という形が多いのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。上がった狼煙は、一つではなかったのだ。
一番初めに上がったのが、集落の中でも里から最も距離があり、比較的大きく、幾度も野鬼たちの侵入を未然に阻止している紫苑の集落だった。それを皮切りに次々と援軍要請の狼煙が上がり、しかも全て里から離れた集落からだった。その時確認できただけでも八カ所。
とりあえず、里に知らせなければならない。各所で狼煙が上がるため伝達役が複数名重なり、途中で鉢合わせた一名に任せて引き返すといった、効率の悪さが浮き彫りとなった。さらに、これと同じ状況が、卯(東)の里でも起こっていた。
里へ戻った伝達役から
一方本拠地では、一歩遅れて見張り役が狼煙に気付き、集落や里を含めたすべての隊の最高責任者である玄慶へと報告。出陣の支度をしている間に里から知らせが入り、しかし幸いにも酉(西)と牛(南)の里からの要請はなかった。ただ、牛(南)の里からは耳を疑う報告が飛び込んできた。隗の縄張りで、多数の狼煙が上がっているのだという。
酉(西)と牛(南)の里の方角は隗の縄張りと隣接しており、しかもこちらと同じ状況。ということは、襲撃は隗によるものではなく、野鬼の仕業。里と本拠地を手薄にし、その間に攻め入るつもりではないかと推測した。つまり、夜襲は陽動だ。
結局、狼煙が上がった集落は計十五カ所にも及んだ。
多数の集落からの要請に加え、里と本拠地の警護もある。援軍の数はぎりぎりにならざるを得ず、しかし精鋭ばかりだ。戦力と兵の数、警護の範囲などを鑑みた結果、柴と玄慶自らも出陣。直属の隊の半数を援軍とし、残り半分を里と本拠地の護衛につかせた。
結果、里や本拠地への襲撃はなく、陽動とみられた夜襲の目的は謎のままで終わった。単に縄張りの奪取が目的かとも思えるが、それにしては戦力を分散してまで柴と隗の縄張りを同時に襲撃する意味が分からない。
そして集落の被害は、紫苑の集落以外では、被害は大きかったものの、かろうじて全滅を免れた。
全滅の原因は玄慶の采配ではなく、単純に敵の数の多さと距離の遠さだ。紫苑が暮らしていた集落が、幾度も野鬼の侵入を阻止していたことは餓虎も知るところだろう。ゆえに倍の数の兵が送り込まれ、里と本拠地から最も遠いこともあり、全滅を阻止できなかった。その証拠に、襲われた集落に送り込まれた餓虎の数は、集落に住む者たちの半分にも満たない数だったそうだ。
さらに、この夜襲は柴と隗の縄張りだけで終わらなかった。
その日の昼間に隗が訪れ、
「
と、柴と顔を合わすや否や心底不機嫌な顔で言い放ち、さらに少し遅れて皓がやってきて、
「ちょっと隗、根城で大人しく待ってなさいよ。あたしと柴が来ることくらい分かるでしょ。遠いのよ、ここ」
と美しい顔を歪めて苦言を飛ばした。ちなみに、互いの根城を訪れる時の従者は一名、という決まりがあり、その従者は里に留め置かれる。実質休戦状態ではあるが、本来敵対する関係なのだ。警戒するべきところは警戒しなければならない。とはいえ、態度や物言いから察するに、何やら想像以上に気安い関係のようだ。
それはさておき、皓もしてやられたとなると、さすがに動かないわけにはいかない。これが単独ならば傍観を決め込むところだが、要は三鬼神の全ての縄張りに手を出したのだ。
「隗と皓の腹心を、ここへ」
柴のそのひと言で、三鬼神による餓虎一網打尽が決定した。
野鬼の中でも最大勢力を誇る餓虎を壊滅できれば、他の野鬼もしばらくは大人しくなる、あるいは配下に入る者もいるだろう。同時に、三鬼神の名誉もかかっていた。
その後、中間地点である隗の根城で三鬼神、腹心、里監(あるいは軍師)たちによる協議が重ねられ、策が練られた。
夜襲の目的については宣戦布告と解釈され、それぞれの縄張りにて厳戒態勢が敷かれ、兵たちの訓練は厳しさを増した。だが、子供たちに詳細が伝えられることはなく、紫苑はただ忙しそうにする柴や玄慶たちを黙って見守るしかできなかった。
一つだけ小耳に挟んだのは、どうやら野鬼を捕らえて餓虎の情報を聞き出しているらしいということ。縄張りがはっきりしない野鬼をどうやって捕らえたのか。方法は分からなかったが、おそらく捕らえられた野鬼は殺されているだろうことだけは、分かった。