第5話

文字数 2,983文字

 佐々木が怪訝な顔で言った。
「でも、どうしてわざわざこんな所まで連れてきて、また京都に戻ったんでしょう。結界で監禁するなら、近くの山奥とかでもいいのに」
 言われてみれば。一様に難しい顔で唸る。栄明がふと顔を上げた。
「確か、拉致されて殺害されるまでかなり時間が開いていたんですよね」
 ええ、と下平が頷く。
「だとしたら、おそらくこれです」
 そう言って、栄明は足元に目を落とし、とんと軽く床を蹴った。
「我々陰陽師の結界は、霊符さえ破れれば一般人でも解くことができます。しかし式神の結界は、結界そのものを破る必要がある。ですが、どちらにせよ表面だけで、地中までは干渉しません」
「あ……!」
 全員が閃いた顔で声を揃えた。
「穴を掘って逃げられないためか」
「いきなり拉致監禁されりゃあ、誰でも逃げようとするからな。切羽詰まった状況なら、穴を掘るくらい道具がなくても素手で何とかしようとする。靴もスコップの代わりになるし。てことは、犯人たちは常に監視してたわけじゃねぇってことか」
 紺野と下平の見解に、栄明は頷いた。
「柴と紫苑が幽閉されていた場所も、洞窟だと聞いています。おそらく同じ理由かと」
 あの二人なら岩ごと破壊できなくもないだろうが、周囲の様子が分からない状況でそんなことをすれば、生き埋めになる危険があった。疲弊していたからこそ、二人は冷静な判断をしたのだ。なるほどな、と紺野は口の中で呟いた。戦の時代を生きていただけのことはある。
「他にあるかもしれませんが、理由の一つにはなります。それと、結界は声を遮断しません。大声を出されると人に知られる危険がある。周囲に民家がなく、かつ長時間人を監禁できて人通りがない物件はもちろんあるでしょうが、絶対に人が来ないという保証がない。私有地であり、何かあればすぐに対処できるここが一番安心です」
 確かに、と紺野たちは神妙に頷いた。
 つまり、長時間、かつ監視を離れる前提でこの場所まで連れてきた。道具がなければ傷一つ付けられないコンクリートの床。万が一を考えて、破られる危険のある陰陽師の結界ではなく、一般人には絶対に破られない式神の結界。そして他人が足を踏み入れない私有地。監禁時間は、長く見積もって田代が拉致された夕方から翌日の早朝まで。来るとすれば新聞配達くらいだろうが、新聞の束はどこにもなかったし、周到な奴らのことだ。解約したか、もともと取っていなかったのだろう。近所付き合いもなさそうだし、監禁するにはうってつけの場所。
 反対に、柴と紫苑が山奥だったのは、二人の性格を知っていたから。彼らは無駄に騒ぎ立てるような真似はしないと分かっていた。
「ですが、何故あの場所で殺害したのかという謎は残ります」
 そう簡単に全てを解明させてはくれないようだ。紺野は苛立った様子で嘆息した。保津川の川下り、ハイキングコース、請田神社(うけたじんじゃ)、嵯峨野トロッコ列車。デートや観光でおなじみの場所に、一体どんな理由があるのか。
「やっぱり何か理由がありそう、っと」
ひとまず頭を切り替えようと息をついた下平の襟首を朱雀がくわえ、つんと引っ張った。
「ん、何だ。どうした?」
 朱雀は紺野たちの視線を浴びながら襟首を離し、宙を滑って倉庫内を横切った。先には、左の壁際に積み上げられた段ボール箱と、その周囲を飛び回る水龍。朱雀がふわりと一番上の段ボール箱に止まった。
「そこならさっき調べたぞ。霊符が貼ってある箱は……」
「いえ」
 遮ったのは栄明だ。顎に手を添え、険しい顔で段ボールを見据えている。
「私も先程感じたのですが、もしかして、地下があるのではないかと」
「地下?」
 一様に問い返すと、栄明は確信したように顔を上げた。
「この事件が起こった際、式神に加古川一帯を調べさせましたが空振りでした。蘇生術を行っていたのなら、間違いなく鬼の気配や千代の邪気を感じるはずなんです。それが感じられなかった。しかし地下なら、そして結界で封印が施されていたのなら、不思議ではありません」
 そういえば、先日の会合で宗一郎がそんな話をしていた。紺野たちは顔を見合わせ、示し合わせたように段ボールの山に視線を投げた。
「じゃあ、あの下に――」
 蘇生術を行った形跡が残されている。悪鬼と共に。
「やはり、こちらの動きが全て読まれていますね」
 不意に、栄明が悔しげにぽつりと呟いた。
「我々が蘇生術を抹消、あるいは記録を回収すると踏んだ上で、あえて悪鬼も封印したとしか思えません」
 その栄明の言葉で、一気に緊張感が高まる。これまで存在しなかった術であり、この世の理を乱す術。紺野自身、研究材料として貴重なのではと思った。陰陽師でない人間でさえそう思うのなら、陰陽師である満流たちがその価値を分からないはずがない。陰陽師同士であるがゆえに、行動や思考が見透かされ、先手を打たれる。厄介だ。
「よし」
 下平が気合いの入った声を上げた。
「ひとまず確認するか」
「そうですね」
 紺野が同意し、熊田たちも頷く。
 まずは、段ボール箱の前を塞いでいるネコ車と扇風機を移動する。積まれている段ボール箱は三段だったり四段だったりとまちまちで、それらがいくつも並んでいる。念のために朱雀と水龍の反応を窺いつつ、下平と紺野が次々と下ろし、熊田と栄明が邪魔にならない場所に移動する。佐々木は懐中電灯係だ。
「つーかこれ、何が入ってんだ?」
 下平が栄明に箱を渡しながら言った。埃まみれなのは同じだが、箱によってやけに軽かったり、反対に重かったり。封がしてあるもの、されていないもの、ガチャガチャと金属音がするものもある。
「えーと……」
 佐々木がしゃがみ込み、封のされていない箱を開けた。
「おもちゃです」
「おもちゃ?」
「はい。あら、懐かしい。ルービックキューブにけん玉、アメリカンクラッカー、フラワーロック。あとはテーブルゲームや絵本」
 おお、と声を揃えたのは紺野以外の全員だ。ルービックキューブやけん玉はプロをテレビで見たことがあるので知っているし、フラワーロックは赤ん坊の頃の写真に一緒に映っていたが、アメリカンクラッカーって何だ。そしてこのメンツの平均年齢はいくつだろう。
「あ、これ、昭和のロボットアニメのおもちゃじゃないかしら。あたしが生まれる前だと思いますよ。合金?」
「あー」
 佐々木がよっこらせと腰を上げ、またしても紺野以外の男連中が声を揃えた。
「もしかして合金フィギアか」
「マニアの間ではかなり高額になるものもあるそうですねぇ」
「こういう古い家に掘り出し物が眠ってたりするんですよね」
 そうそう、と下平と栄明が熊田に同意した。お宝を発掘してるんじゃないですと突っ込みたいところだが、手はきちんと動いているので放っておこう。
 運びつつ移動しつつちらりと中を覗いた限りでは、皿などの食器や穴の開いた鍋、昔懐かし黒電話、壺やら謎の木箱やら、とにかく年代物ばかりだった。蓋の隙間から目が合った日本人形に悲鳴を上げそうになったが、かろうじて堪えた。呪われやしないだろうか。
 満流たちがいつからここに住んでいたのか知らないが、女児用のおもちゃや人形も出てきたので、以前住んでいた住人のものか、あるいは先代から戻っていたのかもしれない。そしてことあるごとに埃まみれになるのは、もうこの事件に関わっている以上仕方ないと思うことにした。
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