第17話

文字数 2,993文字

「さて、無事に順も決まったところで、何か質問は?」
 宗一郎が場を仕切り直すと、さっそく紺野が言った。
「昴の携帯はどうなっていますか」
 言われて気が付いた。そういえば、昴は携帯をどうしたのだろう。昨日、美琴のGPSの確認をした時は――あれ、どうだったかな。美琴の方ばかりに気を取られていて覚えていない。
 大河が記憶を手繰っている隙に、怜司が答えた。
「昨日、昴が去ったあとも寮の場所にありました」
「てことは、やっぱり連絡用にもう一つ携帯を持っていたと考えるべきか」
「ええ、おそらく」
 怜司が頷いた。支給された携帯で不用意に敵側と連絡を取れば、履歴から敵側の連絡先が割れ、位置情報を特定される。それに、常にサイレントモードにして、机の引き出しにでもしまっておけば分からない。
「草薙は携帯を持っていないって聞いていたようだが、そもそも良親は平良と連絡を取ってたわけだしな」
 下平の補足に、あっそうかと大河は口の中で呟いた。宗史が答えた。
「ええ。廃ホテルで確認したのは携帯の番号でした」
「平良だけ持ってるってことはねぇよなぁ」
「ないと思います。聞く限りでは、深町弥生と玖賀真緒の援護に入ったタイミングが良すぎます。携帯から会話が筒抜けだったんでしょう」
 寮でも同じことだ。昨日の状況から見て、いくら式神と皓の耳が良くても、さすがに限界がある。右近たちが外で警戒していたし、近くにいたら必ず気付く。携帯でこっちの会話を聞いていたとしか考えられない。
 宗史は貧血があって万全ではなかったのに。それでも報告を聞きながらきちんと考えていたのか。やっぱりすごいな。大河は頭が下がる思いがした。
 紺野が渋い顔で嘆息した。
「携帯から位置情報……は、無理だろうな」
「おそらく」
 大河はこてんと首を傾げて宗史を見やり、なんで? と言外に尋ねる。
「昴は越智さんのことを知っていたし、草薙さんから名前が割れることも承知の上だった。それでも草薙さんたちを殺さなかったということは、名前から突き止められないと確信があるからだ。草薙さんたちに携帯は持っていないと言ったのも、番号をこちらに知られないためだろう。それでなくても、龍之介さんがいるからな」
「ああ、しつこく聞かれたら鬱陶しいよね。んー、ていうことは、平良の場合は、番号がこっちにバレるって分かってたんだろうし、契約者は本人名義?」
「だろうな」
「通信履歴って保存されてないの? 相手の番号分からないかな?」
「解約後も、契約時の個人情報と一緒に一定期間保存されると聞いたことはあるが、多分無理だな。こちらに居場所を特定されないために解約したんだと思っていたが、初めから使い捨てる気だったんだろう」
「そうか、良親たちと連絡を取るためだけのものだったんだ」
「ああ。おそらく、もう一台持っている」
 そこまでするのか。大河は少し呆れた顔になった。
「じゃあ、契約者が違うってことだよね。やっぱり他にも仲間がいるってこと?」
 草薙は「自分が知る限りでは」と保険をかけていた。その危惧が正解だったのか。
「その可能性もあるが……」
 宗史は言葉を濁し、意見を窺うように宗一郎に視線を送った。宗一郎がうっすらと笑みを浮かべ、沈黙を破った。
「大河。現在我々が把握している者の中で、携帯の契約が可能、なおかつ身元が判明していない者は?」
「え、っと……」
 そろそろこの名指しも慣れてきた。大河はうーんと悩ましい声を漏らして頭を捻る。
 まず一つ目の条件。楠井道元、満流、平良、健人、雅臣、弥生、真緒、隗、皓、千代、式神の十一名。
 二つ目。この中で携帯の契約が可能な人物。携帯の契約は、未成年は親の承諾がいる。ということは、楠井親子、成人している平良、健人、弥生の五名。雅臣は未成年で、真緒は高校生くらいだったと志季が報告しているし、そもそもはっきりしない。
 三つ目。五名の中で、身元が分かっていない――いや、違う。
 不意に浮かんだ可能性に大河は勢いよく顔を上げ、ゆっくりとその名を告げた。
「隗と、皓……?」
「そうだ」
 あまりにも突拍子な可能性に、開いた口がふさがらない。そんなまさか。
 宗一郎は笑みを浮かべたまま、その可能性をはっきりと口にした。
「生贄になった体の持ち主も、共犯の可能性がある」
 ざわっと空気が揺れた。嘘だろ、まさか、ほんとに? でもそう考えないと、とそれぞれが口にする。それもそのはずだ。共犯とはつまり、協力したのだ。鬼に体を提供すると分かった上で、自ら生贄になった。
 携帯の契約がいつ行われたにせよ、生贄になる前はもちろん、それ以降も、外見は本人なのだから身分証明があれば問題なく契約はできる。酒吞童子に書状を書いたくらいだ、文字は問題ない。誰かが同行し、角も柴と紫苑のように帽子で隠してしまえばいい。
「ただし、脅されていたとも考えらえる。断定はできない」
 何らかの弱みを握られ、契約させられた。そしてそのあとに生贄となった、ということか。この場合はおそらく、体の持ち主は罪を犯していたのだろう。
 でも、もし本当に共犯だとしたら、体の持ち主もこの世を恨んでいたことになる。この世を混沌に陥れるためには鬼に体を提供してもいいと、思うくらい。
 どちらにせよ、いい気分はしない。
「身元を探る手は一つ。行方不明者リストや前歴、前科者リストから似た容姿の者を探すことだ。ただ、二人ともこちらに顔を晒している以上、前歴や前科はなく、捜索願の類は出されていないと見て間違いない。身元が分からなければ、携帯から奴らの居場所を特定することは不可能だ」
 つまり、椿に頼るしかない。
「携帯からは無理か……」
 紺野が悔しげに顔を歪ませて溜め息をついた。
 もし今居場所が特定できれば、すぐにでも椿を連れ戻しに行ける。けれど、敵側の内情を探ることが目的の一つなら、きっと止められる。宗史と椿の覚悟を無駄にするわけにはいかない。
 それでも、居場所が分かるだけでも心の持ちようが違ってくるのに。
「他に質問は?」
 問いかけられて、大河は頭を切り替えた。蘆屋道満の子孫の行方を知っていたことについては、何となく理由は分かる。警戒したのだ。因縁があったのなら当然だろう。あとは、直接事件と関係ないが、宗一郎と明に対して、宗史と晴がやけに疑心暗鬼になっていたことくらい――と、そうだ。
「そういえば、父さんから独鈷杵見つかったって連絡なかったのに……」
 見つかったのなら返事くらいくれればいいのに。思わずぼそりと呟いた大河のぼやきを聞きつけて、宗史が振り向いた。
「お前、影唯さんに聞いたのか?」
「え? うん。だって、事情知ってるからいいかなって」
「お前……」
 宗史だけならず、向こう側の晴も溜め息を吐き出す。
「影唯さんには、内通者がいると知らせてあったんだ。影唯さんからしてみれば、こちらの様子は分からないだろう。いつどんな状況でお前の携帯を見られるか分からない。返事がなくて当然だ」
「あ、そうか。ロックかけてるからと思ってたんだけど、父さんからは分かんないか」
「そうだ」
「てことは、何かあったわけじゃないんだ。そっか、良かった」
 安堵の顔で胸を撫で下ろした大河を見て、宗史は何か察したように「ああ……」と小さく吐き出した。
「何?」
「いや」
 ふいと視線を逸らされて、大河は首を傾げた。何かまずいことでも言っただろうか。
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