第17話

文字数 1,145文字

「ねぇお姉さん、どっか行くの? 暇ならお茶でもどう?」
 夜の繁華街。使い古された常套句で呼び止められ、彼女は振り向いた。
「うわっ。やっぱめっちゃ美人! 俺、あっちの方からお姉さん見かけてさぁ、超好みーとか思って声かけたんだよね。ついてるわー、お姉さんみたいな美人と出会えて。ね、ちょっとだけ、お茶するだけだからさ」
 あわよくばと思っている下心がダダ漏れだ。彼女は男の頭のてっぺんからつま先までを舐めるように視線を動かし、にっこりと微笑んだ。
「いいわよ」
「マジで!? 良かったぁ、お姉さんに断られたら寂しく一人で家呑みしようと思ってたんだよね。俺これでも寂しがり屋なのよ。こっち、いい店知ってんだ」
 促されるまま、彼女は男の後ろを歩く。
 ノースリーブのロングワンピースは、首元は鎖骨が覗く程度だが、豊満な胸が強調されるほどには体のラインに沿っている。背中側は半分ほどまで開いており、真っ直ぐな姿勢と滑らかな肌が彼女の色気を際立たせている。ヒールのサンダルに華奢なブレスレット、作り込んだ感のないナチュラルな化粧に赤い唇。手入れがされた艶のある漆黒の髪は、前髪が左から右へ大きめのカチューシャ風に編み込まれていて、後ろ髪はうなじで緩く一つにまとめられている。
 すれ違う男たちから注がれるあからさまな性的な視線の中、彼女は慣れた様子で歩みを進める。
「お姉さん、ナンパとか慣れてるでしょ」
 羨望の眼差しを受け、得意気な笑みを浮かべた男が彼女に尋ねた。
「あら、どうして?」
「だって即決だったもん。それに見られるの慣れてる感じするし。モデルかなんかしてる?」
「まさか。私がモデルなんてできないわよ。それに、即決だったのは貴方が好みだったからに決まってるじゃない」
 極上の笑みを浮かべながら男の顔を覗き込む。男の顔が赤く上気した。あら可愛い、彼女はからかうように言ってふふと笑い声を漏らした。
「あ……っあのさ……っ」
 不意に男が足を止めた。
「分かってる、と思いたいんだけど……」
 見るからに軽そうな男だと思ったが、意外と純情なのか。それとも彼女の美貌に囚われてしまったのか。男は俯いて路地裏の方を指差した。ピンクに光る看板がなければそれと分からないほどシンプルな建物には、ぴったりと寄り添った一組の男女が浮かれた様子で入って行く。
 彼女は男が指を差す方を一瞥し、困ったように眉を寄せた。
「我慢が利かないのね、貴方」
 そう言うと、彼女は路地裏へと足を進めた。男はえっと驚いたように声を上げ、呆然と彼女の背中を見やる。彼女が足を止め、振り向いた。
「来ないの? それとも、私の早とちりかしら?」
 赤い唇が誘うように綺麗な弧を描き、男は小走りに彼女を追いかけた。

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