第11話

文字数 2,185文字

      *・・・*・・・*

 確認に行った柴たちによると、高さ的には十分飛び下りることが可能らしい。さすがの省吾も、山から飛び下りるとなると不安になって当然だ。慄いた顔は、なかなかの見ものだった。
 メンバーは、宗史、晴、大河、省吾、志季、柴、紫苑の七名。絶対に嫌だと晴と志季が駄々をこねたので、宗史と大河を志季が、省吾を紫苑が、晴を柴が抱えることになった。鈴は「畑の片付けがあるのでな」と言って残った。ちなみに、柴と紫苑の刀、影綱の独鈷杵は出番がないと思われるので置いてきた。その代わりに、大河のボディバッグの中には懐中電灯が一本入っている。
「もうすぐ到着する」
 先頭を行く紫苑の声で大河は上半身を起こし、首だけを回して進行方向へ目をやる。木漏れ日が差し込むとはいえ薄暗い森の中、道しるべのような白い光がぐんぐん近付いてくる。次第に光は強くなり、大河は目を細めた。そして、まるで光の中へ飛び込むように勢いよく森を抜けたとたん、強烈な光に目がくらんだ。
 ザッと地面を滑る草履の音が聞こえ、走る振動と体をすり抜ける風が止む。
「着いたぞ」
 何度か瞬きを繰り返してからゆっくりと瞼を持ち上げ、目の前に広がる光景に、息をのんだ。
 山の裏側は、当然手付かずだ。大河と省吾が当たりをつけたのは、頂上からなだらかに下った先でほぼ九十度の崖になっている場所だ。長い時間をかけて風化し、地震で崩れたりなどしたのだろうか。高さにするとどのくらいだろう。三階建ての学校の屋上より高いのは間違いない。
 晴れ渡った夏空の下、見渡す限りの大海原には、船一隻見当たらない。照りつける太陽の光を反射して、海は鮮やかに、そして眩しいほどに青く輝いている。波も風も穏やかで、雲は頭上をゆっくりと流れてゆく。濃い潮の香りに、寄せては返す波の音。風に揺れる木々の微かなざわめきが心地よい。真夏だということを忘れそうになるほど清々しく、開放的で爽やかな景色。
 大河は志季の肩から飛び下りるように着地し、崖っぷちに駆け寄って歓声を上げた。
「すげぇ、綺麗!」
「絶景だな」
「おー、見晴らしいいな」
「この高さなら余裕だな。着地するとしたら……あの辺りか」
 宗史と晴が隣に並んで気持ち良さそうに景色を眺め、志季が崖下を覗き込む。夜に来たらさらに綺麗だろうな、とはしゃぐ大河たちとは反対に、それどころではない者が一名。
「やめておくか?」
 引き攣った顔で崖下を覗き込む省吾に、紫苑が声をかけた。
「あ、いや、大丈夫」
「では、しっかり掴まっていろ」
「うん」
 いつもより覇気のない顔で紫苑の背中におぶさり、遠慮がちに腕を首に回して背中にへばりつく。ほら行くぞと促され、再び志季に担がれながらその様子を横目で眺めていた大河は、笑いを噛み殺した。
 紫苑を怖がっているのではなく、この年でおんぶされるとは、などと思っているのだ。その証拠に自宅を出る前、お姫様だっことおんぶどっちがいい? と聞くと面白いくらいの能面になり、俵担ぎじゃ駄目なのかと抵抗してきたので、安定がいい方が安全だよ、と言ってやった。担がれることに関しては、大河の方が慣れている。優越感に満面の笑みを浮かべる大河を、省吾が睨みつけたのは言うまでもない。
「そんじゃ、行きますか」
 のんきな志季の合図と共に、これっぽっちの躊躇も躊躇いもなく、人外組は一斉に崖から飛び下りた。ぐっと歯を噛み締め、さらに顔を引き攣らせた省吾に、大河はこっそりと肩を震わせた。
 目の前を、ところどころ草に覆われた灰色の岩肌が上へと流れていく。時間にしてほんの数秒。逆に担いでもらえば面白い景色が見られたかもしれないな、などと思っているうちに、流れていた景色が止まった。
「ほい、到着っと」
 相変わらず人外組の身体能力には驚かされる。衝撃の少なさは今さらだが、潮だまりがあって非常に足場が悪いにもかかわらず、狙ったように比較的平らな部分に着地する、この正確さ。
 分かってるけど、人間が勝てないはずだよ。大河は潔く白旗を上げて、腰を曲げた志季の肩から慎重に下りた。
「足元気を付けろよ」
「うん」
 半ば志季にしがみつくようにして、首を回して足元を見やる。久しぶりに来ると、本当に足場が悪い。
「つーかお前ら、よくこんな所に来てたな」
 柴の背中から下りた晴が、周囲を見渡しながら呆れ気味に言った。一帯に広がる岩場にはアオサが生息し、潮だまりがあちこちにできている。崖と海に挟まれ、当然人気はない。何かあれば、間違いなく命の危険に晒される場所だ。実際、一度晒されたことがある。
「改めて見ると、自分でもそう思う。怖いもの知らずだよね」
「自分で言ってりゃ世話ねぇな。で、あっちは大丈夫か?」
 視線を向けた先は、少し離れた場所でずるずると紫苑の背中から下りる省吾だ。
「省吾、大丈夫?」
 大河が声をかけると、省吾はきりっとした顔で振り向いた。
「大丈夫だ。さ、行くぞ」
 そう言って周囲をぐるりと見渡し、あっちかな、と呟いて島の表の方へ足を進める。
「……なんか、根性据わりましたみたいな顔してるけど、逆に大丈夫か?」
「完全に目が据わってるな」
 余計に心配そうな顔をした晴と宗史に、大河はうんともああとも言えない声を漏らす。柴と紫苑もちょっと心配顔だ。省吾のあんな顔は初めて見た。からかってムキにさせたのが悪かったのだろうか。
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