第2話

文字数 2,943文字

      *・・・*・・・*

 京都の元伊勢内宮皇大神社(もといせないぐうこうたいじんじゃ)、兵庫の伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)、和歌山の熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)、三重の伊勢神宮(いせじんぐう)、滋賀と岐阜にまたがる伊吹山(いぶきやま)。これらを五つの頂点とし線で結ぶと、奈良の平城京跡を中心とした、巨大な五芒星が現れる。
 近畿一円を守護する、巨大結界だ。
 一辺が百七十キロにも及び、一説によると二千年も前に形作られたとされるが、懐疑的な意見もある。しかし、実際に繋げてみると分かるが、こうも見事に美しいまでの五芒星が、偶然の産物で片付けられるものだろうかとも思う。それだけではない。元伊勢内宮皇大神社と伊勢神宮、伊弉諾神宮と伊吹山とを結んだ線が交差する部分には平安京があり、その平安京と奈良の平城京跡、飛鳥京跡、熊野本宮大社は縦一直線上に位置しているのだ。さらに、元伊勢内宮皇大神社と伊吹山を結んだ先は、東は霊峰・富士、西は出雲大社がある。
「これが偶然だったとしたら、そっちの方が驚きなんだけど。でも二千年前って、えーと、弥生時代だよね。百七十キロも測る技術があったのかなぁ。実際どうなの?」
 担当の元伊勢内宮皇大神社までは、二時間ほどの道のりだ。大河は携帯に目を落としたまま運転する宗史へ問いかけた。画面には、巨大結界が描かれた地図が表示されている。
「測量技術を日本に持ち帰ったのは、飛鳥時代の小野妹子だと言われている。だが、大阪の堺市にある仁徳天皇陵古墳は知っているだろう?」
「うん。前方後円墳の……あれ? あれって、古墳時代だよね」
「そうだ。あれほど整った形を作るためには、精密な測量技術が必ず必要になる」
「てことは、測れたかもしれないんだ。えー、でも、百七十キロだよ?」
 古墳は何百メートルくらいのはずだ。それはそれですごい気力と根性だと思うけれど、規模が違う。
「それと、お前は、陰陽師がいつから存在していると思う?」
 尋ね返されて、大河は顔を上げた。
「平安時代じゃないの?」
「飛鳥時代だ」
「えっ!?」
 目をまん丸に見開いた大河に、宗史が苦笑し、後部座席に鎮座する左近が静かに嘆息した。車外からの護衛ではなく同乗しているのは、襲撃の可能性が低いこともあるが、本人いわく体力温存のためらしい。しかし大河は、単に新車に乗ってみたかっただけだと睨んでいる。
「陰陽師と呼ばれ始めたのは平安時代だが、五行思想自体は飛鳥時代にすでに伝わっているんだ。聖徳太子も学んでいて、十七条の憲法や冠位十二階にも強く影響を与えているぞ。学校じゃ内容まで詳しく教えないから、調べてみると面白い」
 はー、と大河は目を見開いたまま驚きの息を吐いた。創作などでは平安時代ばかりに焦点が当てられるため、てっきり平安時代からだとばかり思っていた。まさか、誰もが知る聖徳太子も学んでいたとは。
「じゃあ、飛鳥京は飛鳥時代で、平城京は奈良時代だしおかしくない、のかな?」
 精密な測量技術があったと仮定すれば、時代的にはおかしくないのかもしれない。
「実は、そうとも言い切れない。伊吹山は、霊峰として古事記にもその名が載っている、古来からある山だ。で、それぞれの神社を創建順に並べると、神代の伊弉諾神宮、古墳時代の元伊勢内宮皇大神社、熊野本宮大社、伊勢神宮。最後が平城京だ」
「こふ……っ、え、神代って、神話の時代?」
「そうだ。その時代から、結界の基礎となる神社が創建されていたことになる」
「え――……?」
 大河は訝しげな声を漏らし、携帯に目を落とした。
 つまりだ。五行思想が伝わる飛鳥時代より前に、等間隔でそれぞれの神社が建てられていたわけだ。そのあとに、平城京へ遷都された。なるほど、懐疑的な意見が出るわけだ。
「んー」
 今度は悩ましい声を漏らしながら頭をひねり、携帯をいじる。
 平城京はどうしてこの地に作られたのか、という検索に対して出てきた答えは、「四神相応の地だったから」。確か平安京も同じ理由だったはずだ。奈良時代に五行思想はあったのだから、矛盾はない。だが、四神相応の地だからという理由で選んだはずの場所が、たまたま結界の中心だったなんて、出来過ぎではないのか。もしくは、初めから結界の中心だと分かっていた、とか。
 では、それぞれの神社の歴史はどうなのだろう。
「もといせ、ないぐう……」
 真剣な顔で由来を検索する大河を横目で一瞥した宗史が、頬を緩めた。
 元伊勢内宮皇大神社は、主祭神である天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)天照大御神(あまてらすおおみかみ))が、伊勢神宮に鎮まる前にいた場所だそうだ。
 次、伊弉諾神宮は想像通り、イザナギ・イザナミ伝説に由来している。国生みの際、初めに創造したのが兵庫の淡路島で、子の天照皇大神へ統治を委譲したあと、あの地で余生を過ごしたらしい。イザナミが黄泉の国へ行ったという伝説はいつの話なのだろう。
 では、熊野本宮大社。小難しくてよく分からなかったが、どうやら天照皇大神の弟・須佐之男命(すさのおのみこと)から直々に「社殿を作って祀れ」と言われたらしい。
 伊勢神宮は調べるまでもない。天照皇大神を祀る場所だ。
 そして飛鳥京についてだが、あの時代、平城京や藤原京など、都は奈良に置かれていた。その時に築かれた複数の宮の総称で、一つの都を指すわけではないらしい。だが、あの辺りがかつての首都だったことは間違いない。
 難しい顔のまま宗史を見やる。
「ねぇ、両家の文献に何か書かれてないの?」
「書かれていたらとうの昔に解明されている」
「ですよね……」
 一蹴され、大河はうーんと唸ってもう一度巨大結界のページを開いた。
 どうやって島を作ったんだろうという疑問はさておき、これといって結界を張る目的で創建された理由は見当たらない。平城京に遷都された理由も矛盾はない。それなのに、霊峰と神社が巨大な結界を作り、かつての首都がその中の一直線上にある。
 あえて言うなら、全ての神社に親とその子供が関わっている。親子会議でも行ってわざと造らせたのかと想像すれば面白いけれど、謎は謎だ。となると――。
 唐突に携帯を前へ突き出して掲げ、
「ロマンだ!」
 そう言い放つや否や、ぶはっと宗史が噴き出し、左近がくっと笑いを噛み殺して口を覆った。むっとして二人を交互に見やる。
「ここまで謎だらけだとそうとしか言えないじゃん」
「いやまあ……、そうだな」
 なんだ、そのしぶしぶとした同意は。苦笑いを浮かべたままの宗史をひと睨みし、次は左近を振り向く。
「左近は笑いすぎ」
 式神は陰陽師の鏡、という説を久々に思い出した。さすが宗一郎の式神だ。口を覆って俯き、小刻みに肩を震わせていた左近が、手のひらをこちらへ向けた。
「す、すまぬ……」
「誠意が見えません」
 膨れ面でふいと前を向き直った大河に、左近がさらに肩を震わせた。宗史が気を取り直すように咳払いをし、赤信号でブレーキを踏む。
「まあ、なんにせよ、この結界を破られるわけにはいかない」
「うん」
 大河は顔を引き締め、力強く頷いた。車窓を流れる風景の速度が落ち、ふと、道路脇の店先に貼ってある一枚のポスターが視界に映った。真っ赤な「大」の字を背景に、「京都・五山送(ござんのおく)()」と大きく印字され、開催日や五つの山の場所の地図が添えてある。世間では、お盆真っ只中だ。
 近畿一円を守護する巨大結界とお盆。この二つは、今回の戦いに深く関係している。
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