第4話
文字数 1,952文字
「大河ッ!」
宗史と晴の怒声と同時に大河は勢いよく振り向き、尻ポケットの独鈷杵を引っ張り出して霊刀を具現化する。
剣戟が響く中、姿を見せたのは菊池雅臣だ。
霊刀を握り、様子を窺うように視線を巡らせる。ただそうしているだけなのに、纏う気配は酷く禍々しい。下平も言っていた。まるで彼自身が悪鬼のようだったと。あの表現は、実に正確だ。写真で見た彼と同一人物とは思えない。間違いなく悪鬼を取り憑かせている。
せっかくおさまっていた吐き気に再び襲われる。大量の悪鬼を取り憑かせているわけではないだろうに。大河はごくりと喉を鳴らし、ゆっくり腰を上げた。
雅臣が、開けっぱなしの御扉で視線を止めた。
「そんなところに隠していたのか」
落ち着け。状況を整理しろ。階段を下りながら自分にそう言い聞かせて、静かに呼吸をする。
手前の板は開けてしまったけれど、床部分はまだだ。開け方までは知らないだろう。とはいえ、こんな所で戦うわけにはいかない。そもそも、この狭い空間で効果的に霊刀を振る技量はないし、悪鬼を取り憑かせているのなら、安易に近付けない。結界の影響を受けているとはいっても、この濃さだ。樹でさえ接近戦で咄嗟に対処するのは難しいと言い切ったのだ。自分なら一瞬で串刺しだろう。
雅臣が一歩、足を踏み入れた。
「そこをどけ」
「嫌だ」
一歩一歩、慎重に、警戒を放ちながら近付いてくる。張り詰めた空気と緊張感、気圧されるような悪鬼の気配に、全身から嫌な汗が噴き出す。
どうする。
最優先事項は独鈷杵の回収。ならば、一旦追い出して、もう一度社を結界で隔離するしかない。隙を作って自分だけ結界に飛び込めば、何とかなる。ただ、晴の中呪結界を破ったほどだ。どこまでもつか。それに、どうやって追い出す。雅臣からしてみれば外の方が不都合だろう。ここで独鈷杵を奪ってしまいたいはずだ。宗史たちは敵を食い止めてくれている。指示を出してくれる人はいない。
考えろ。自分の頭で考えて動け。
「大河!」
戸口の前へ宗史が滑り込んできた。襲いかかる霊刀を弾き飛ばしながらこちらを一瞥し、水天の略式を行使する。敵が下がったらしい、霊刀を横一線振り抜き、間髪置かずに地面を蹴る。
連続して水の弾かれる音を聞きながら、閃いた。社に出入り口は一つ、取り憑かせた悪鬼――これしかない。
大河は霊刀を消し、素早く独鈷杵をポケットに捻じ込んだ。雅臣が訝しげに眉を寄せて足を止める。そして、
「青龍 、白虎 、朱雀 ――」
印を結んで九字結界の真言を唱えた大河の思惑を察した。すぐさま霊刀を左脇に構え、床を蹴る。
「玄武 、勾陳 、帝台 、文王 、三台 、玉女 !」
九字結界は得意だ。雅臣が霊刀を振り上げたのと、大河が社いっぱいに結界を張ったのが同時だった。両者の間で豪快に火花を散らしながら、霊刀が結界の表面を滑る。
悪鬼を取り憑かせているのなら、確実に結界に弾かれる。さらに大河の霊力量を知っているのなら、容易に破れないことは知っているだろう。ならば、逃げるしか術がない。
思惑通り、舌打ちをかまし、身を翻して社を飛び出した雅臣を追う。結界を維持したまま、しかし戸口で縮小して社から駆け出した。
「大河、上だ!」
突如、社の右側からちらりと姿を見せた晴の声が響き、反射的に振り向いて結界を掲げた。結界の向こう側から、社の屋根に乗っていたらしい、霊刀を振り上げた雅臣が飛び下りてきた。険しい顔で霊刀を振り下ろし、のしかかるように結界にぶつける。派手に散る火花に、思わず顔が歪む。
「悪鬼が離れてるぞ、気を付けろ!」
再度飛んだ晴の警告を聞きながら、大河は歯を食いしばる。勢いも加わって体重以上の重さが腕全体にかかり、わずかに靴底が後ろへ下がって肘が曲がる。このままでは押し負ける。苦し紛れに右足を横から振り上げると、雅臣が霊刀を支えにして後ろへ大きく飛び退いた。
社の扉の前へ着地する雅臣の口元に、歪な笑みが浮かんだ。一方大河は結界を解かずに周囲に視線を走らせる。
離れたということは、悪鬼がどこかにいる。触手がどこから来るか分からない上に雅臣からの攻撃も防がなければならないのなら、結界の方が確実だ。霊刀での反撃はできないけれど、両方を相手にするほどの技量はない。
不意に、背後から気配を感じて勢いよく振り向いた。だが、いるはずの悪鬼の姿はない。森の中へいざなうように鳥居が口を開け、石段が下へ続いているだけだ。どこだ。と思った直後、右の足首に何かが絡み付いた。
「うわっ!」
ぐっと強く引っ張られ、尻もちをつく。驚いたせいで気が逸れ、結界が消えた。蛇のように地面を這い、影に紛れて近付いたらしい。触手が膝まで絡みついている。やはり護符が効かない。
そのまま上へと引っ張られ、地面が遠ざかった。
宗史と晴の怒声と同時に大河は勢いよく振り向き、尻ポケットの独鈷杵を引っ張り出して霊刀を具現化する。
剣戟が響く中、姿を見せたのは菊池雅臣だ。
霊刀を握り、様子を窺うように視線を巡らせる。ただそうしているだけなのに、纏う気配は酷く禍々しい。下平も言っていた。まるで彼自身が悪鬼のようだったと。あの表現は、実に正確だ。写真で見た彼と同一人物とは思えない。間違いなく悪鬼を取り憑かせている。
せっかくおさまっていた吐き気に再び襲われる。大量の悪鬼を取り憑かせているわけではないだろうに。大河はごくりと喉を鳴らし、ゆっくり腰を上げた。
雅臣が、開けっぱなしの御扉で視線を止めた。
「そんなところに隠していたのか」
落ち着け。状況を整理しろ。階段を下りながら自分にそう言い聞かせて、静かに呼吸をする。
手前の板は開けてしまったけれど、床部分はまだだ。開け方までは知らないだろう。とはいえ、こんな所で戦うわけにはいかない。そもそも、この狭い空間で効果的に霊刀を振る技量はないし、悪鬼を取り憑かせているのなら、安易に近付けない。結界の影響を受けているとはいっても、この濃さだ。樹でさえ接近戦で咄嗟に対処するのは難しいと言い切ったのだ。自分なら一瞬で串刺しだろう。
雅臣が一歩、足を踏み入れた。
「そこをどけ」
「嫌だ」
一歩一歩、慎重に、警戒を放ちながら近付いてくる。張り詰めた空気と緊張感、気圧されるような悪鬼の気配に、全身から嫌な汗が噴き出す。
どうする。
最優先事項は独鈷杵の回収。ならば、一旦追い出して、もう一度社を結界で隔離するしかない。隙を作って自分だけ結界に飛び込めば、何とかなる。ただ、晴の中呪結界を破ったほどだ。どこまでもつか。それに、どうやって追い出す。雅臣からしてみれば外の方が不都合だろう。ここで独鈷杵を奪ってしまいたいはずだ。宗史たちは敵を食い止めてくれている。指示を出してくれる人はいない。
考えろ。自分の頭で考えて動け。
「大河!」
戸口の前へ宗史が滑り込んできた。襲いかかる霊刀を弾き飛ばしながらこちらを一瞥し、水天の略式を行使する。敵が下がったらしい、霊刀を横一線振り抜き、間髪置かずに地面を蹴る。
連続して水の弾かれる音を聞きながら、閃いた。社に出入り口は一つ、取り憑かせた悪鬼――これしかない。
大河は霊刀を消し、素早く独鈷杵をポケットに捻じ込んだ。雅臣が訝しげに眉を寄せて足を止める。そして、
「
印を結んで九字結界の真言を唱えた大河の思惑を察した。すぐさま霊刀を左脇に構え、床を蹴る。
「
九字結界は得意だ。雅臣が霊刀を振り上げたのと、大河が社いっぱいに結界を張ったのが同時だった。両者の間で豪快に火花を散らしながら、霊刀が結界の表面を滑る。
悪鬼を取り憑かせているのなら、確実に結界に弾かれる。さらに大河の霊力量を知っているのなら、容易に破れないことは知っているだろう。ならば、逃げるしか術がない。
思惑通り、舌打ちをかまし、身を翻して社を飛び出した雅臣を追う。結界を維持したまま、しかし戸口で縮小して社から駆け出した。
「大河、上だ!」
突如、社の右側からちらりと姿を見せた晴の声が響き、反射的に振り向いて結界を掲げた。結界の向こう側から、社の屋根に乗っていたらしい、霊刀を振り上げた雅臣が飛び下りてきた。険しい顔で霊刀を振り下ろし、のしかかるように結界にぶつける。派手に散る火花に、思わず顔が歪む。
「悪鬼が離れてるぞ、気を付けろ!」
再度飛んだ晴の警告を聞きながら、大河は歯を食いしばる。勢いも加わって体重以上の重さが腕全体にかかり、わずかに靴底が後ろへ下がって肘が曲がる。このままでは押し負ける。苦し紛れに右足を横から振り上げると、雅臣が霊刀を支えにして後ろへ大きく飛び退いた。
社の扉の前へ着地する雅臣の口元に、歪な笑みが浮かんだ。一方大河は結界を解かずに周囲に視線を走らせる。
離れたということは、悪鬼がどこかにいる。触手がどこから来るか分からない上に雅臣からの攻撃も防がなければならないのなら、結界の方が確実だ。霊刀での反撃はできないけれど、両方を相手にするほどの技量はない。
不意に、背後から気配を感じて勢いよく振り向いた。だが、いるはずの悪鬼の姿はない。森の中へいざなうように鳥居が口を開け、石段が下へ続いているだけだ。どこだ。と思った直後、右の足首に何かが絡み付いた。
「うわっ!」
ぐっと強く引っ張られ、尻もちをつく。驚いたせいで気が逸れ、結界が消えた。蛇のように地面を這い、影に紛れて近付いたらしい。触手が膝まで絡みついている。やはり護符が効かない。
そのまま上へと引っ張られ、地面が遠ざかった。